偽りのツバサ | ナノ
後日談、またいつか

「……もう次の国に行かなきゃなんねぇのか」
「はい」
「バトルだけじゃなく、あちこち案内してやりたかったんだけどな」

 がやがやと喧騒に包まれる、正義お勧めのお好み焼き屋・風月。
 その真ん中で、小狼は笙悟と握手を交わしていた。
 
「瑠依とももうちょい、デートしてやりたかったんだが」
「いやー、この数日間ですっごくイイ体験させてもらったから、俺文句ないよ」
「お前のセリフは全部意味深すぎんだよガキ」
「瑠依君、笙悟君に何したの?ちゃんとこの国の法律内に収まった行動にとどめておいたよね?」
「ファイの頭の中で、俺ってどういう存在になってんの?!ってかなんで俺が何かしたこと前提なの?!」

 大体プリメーラちゃんという女神がいるから俺ごときが笙悟に手出しできるわけが、とぶつぶつ呟きつつ、瑠依がお好み焼きの最後の1枚にかぶりつく。
 それを見、「ああ、てめっソレは俺の!」「知るもんかー美形だからってなんでも許されると思ったらゲフゥ」「黒鋼、ご飯食べてるときにそれはダメー!モコナからダメダメあたーっくぅ!」という茶番が繰り広げられたのは言うまでもない。

「……仲良いな、黒いのと瑠依」
「まあ、あそこ2人はお笑い要員っていうかー」
「俺にはあんな無防備な顔、なかなか見せてくれなかったけどな。瑠依のやつ」
「罵り合ってるだけっていうかー……ん?」

 唐突に笙悟に話しかけられ、ヘラッとファイは返答をする。
 が、一瞬遅れて笙悟の言葉に違和感を覚えた。無防備な顔?

「いいな。瑠依ってかわいいし強いし、羨ましいぜ」
「……そう、ですかー」

 なんとなく、なんとなく笙悟の顔に見てはいけないものを見てしまった気がして、ファイは棒読みで返事を返した。
 男の嫉妬は見苦しい。それも言葉にはっきり出さないタイプとなると、余計に。


 まあこの数日間で仲良くなったみたいで良かったねぇ、とファイは目だけを動かした。
 視線の先、黒鋼とぎゃあぎゃあ戯れる(殴り合っている)瑠依。それを正義が半泣きで止めに入り、小狼が困った顔で店員に追加注文を頼んでいる。


(……数日前のあの時の彼は、なんだかちょっと危なげだったしなぁ)


 記憶をたどりながら、ファイは瑠依の言動を目で追う。
 いーっと歯を見せる瑠依。子供っぽいその仕草のまま、もう半分ほどになったお好み焼きを、瑠依は黒鋼の箸から器用に奪い取る。と、そのまま勢いよく口の中に突っ込んだ。

「あーっ!!てっめぇ、今すぐ返せッ!!」
「やーらへ!ふほはっきひはいはへへははん!(※やーだね!黒さっき2枚食べてたじゃん!)」
「お前は3枚食ってただろーが!!」
「ふっ、2人とも落ち着いてください、さっき新しいのを注文しましたので……」
「瑠依も黒鋼も、2人して食べたかずちゃーんと数えてるだなんて、いじきたないぞー」
「んだとこのまんじゅうがッ!」

 もぐもぐ、ごくんと瞬時にお好み焼きを飲み込む瑠依に、周囲の3人(と1匹)が各々の反応を見せる。
 もっとも、正義はおろおろしているだけで、何の助けにもなっていないのだが。

 ファイは、じっと瑠依を見つめた。
 黒鋼達と騒ぐその姿に、あの日の余韻は欠片もない。
 今にも消えそうな存在感も、まるで泣いていたかのような暗い表情も、静かに紡がれた言葉の響きも。


(『……これは、俺の罪でもあるから』)



 唇を引き結ぶ。
 黒鋼に前髪を引っ張られ、涙目で睨む彼の顔は、見た目相応に幼く無邪気だ。
 光る紫の目のそのどこにも、憂いは無い。
 ましてや、罪、という言葉が連想させるような仄暗さなど、とても。


「……あーあ」
 なんでこんなに気になっちゃうのかな。
 オレ、他人の事気にしてる余裕なんて、ないのに。


 苦笑混じりに呟かれた言葉は、「?」と横で首をひねる笙悟の耳にも届かなかった。


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