偽りのツバサ | ナノ
似た2人

「……身を滅ぼす覚悟、かあ」
 
 ザアザア。ザアザアと。
 無心に雨は降りしきる。全ての風景を薄暗く変えていく。
 それは笙悟が鎮火のために阪神城で降らしたのとは全く違う、激しく容赦のない雨粒だった。

『……貴様は結局、我をあまり積極的に使わなかったな』
「……。」
『聞いているのか?』

 耳を打つ、水しぶきの音。
 体に冷たく浸み込む雨の中、拳1つ分の間を空け傍らに佇むのは、奇妙な姿をした白い獣だった。

「……なら、あまり使わなかったその力で、さあ」

 屋根の上、けぶる薄闇の景色の中で、瑠依はキュッと拳を握った。


「……最後に、俺の事消してくれないかな」


 ザアザア。ザアザアと。
 雨は降る。暗く、強く、無情にも。

『それが貴様の覚悟の源、か』
「……みなもと?」
『自身の身を滅ぼしてまでも、叶えたい願いがあるのだな』

 巧断の言葉に無言を貫き、瑠依は静かに顔を上げた。
 次々と雨粒の落ちる空は、灰色で遠い。吸い込まれそうだ。
 この空の下のどこかで、小狼は静かに泣いているのだろうか。

「……叶えないと」
 呟く。


「……これは、俺の罪でもあるから……」




 思い出すのは、揺らめく水槽。
 否、水槽と呼ぶのもためらわれるあの空間の奥底で、

 「彼」は、眠っていた。


『ここから、出たい?』
(……君は、誰)
『いつか必ず、出してあげる』
(……なぜ、ここに)
『必ず』
(……君の、名は)
『これは、俺の罪でもあるから』


 声なく投げかけられた問いに、しかし自分は1つも答えられなかった。言えなかった。
 答えてしまえば、自身の身を明かしてしまえば、


 君は、きっと俺を信じてくれなくなるから。




「……瑠依君?」
「え」

 控えめに投げかけられた声に、下を見る。
 開けた窓からひょっこり、頭をのぞかせて、ファイがこちらを見上げていた。

「……ファイ」
「……なーんで屋根の上にいるの。風邪ひいちゃうよ?」

 にこり。優しく微笑まれた顔に、ああ、と瑠依は冷めた頭で思う。


『……お前も、その仮面を1回、剥がしてみたらどうだ』

 お前「も」、ね。
 ねえつまり黒鋼、そういうことなんだろう?


「……ちょーっと、イケメンリサーチ」
 にっこり。
 瑠依も口角を上げ、綺麗な笑顔を返してみせる。
 巧断はいつの間に消えたのか、空いた隣はひどく空虚だった。

「こんな雨の中、見つかるわけないでしょー」
「何勝手に決めつけてんのさファイ、水も滴るいい男っていうし、こんな雨だからこそ無限の可能性ってものが――」
「あーもーハイハイ」

 ビシッと人差し指を立て、ずぶ濡れになりながらも熱弁を振るい出す瑠依の姿に、ファイは困ったように苦笑した。
 それからひらり、軽く振った片手を上へと伸ばす。

「へ?」
「イケメンリサーチはいいから、もう降りておいで、って」

 手、貸してあげるから。
 言葉とともに差し伸べられた手に、瑠依は一瞬キョトンとする。
 数秒の、間があった。


「……こーんな美形に言われたら、そりゃ言う事聞くしかないよなー」
「瑠依君って時々、本当に頭湧いてるんじゃないかと心配させるよね」
「毒舌!すごい笑顔でファイが毒舌!!」


 土砂降りの雨の中、握られた手と手はしっかり繋がれたまま。
 屋根上から器用に窓の中へと滑り込む瑠依を、ファイの腕は最後まで支えていた。


***




「……小狼は?」
「まだ、外にいるよ。……しばらくは、」
「あーうん、わかってるって。どんなイケメンにだって苦難の時はあるもんな」
「瑠依君、」

 何か言いたげな顔をしたファイは、瑠依の目を見て口をつぐんだ。
 窓を閉めた部屋の中、響くのはガラスを叩く雨粒の音だけ。

「……瑠依君」
「?何、ファイ」
「……オレ、瑠依君もけっこう美形だと思うよー」
「……エッ?!何これファイから突然のお誘い?!口説き?!」
「あははー、本当に瑠依君ってどんなシリアスも吹き飛ばす天才だねぇ」
「怒ってる!!やばいファイがめっちゃ怒ってる!」
「だからさあ」

 ぐいっ、とファイが瑠依の肩を引いた。


「……瑠依君も苦難の時は、オレを頼っていいんだよー?」



 呆然と、青い瞳を見つめ返す。
 抱かれた腕の中、雨に濡れた体は温もりに包まれてじんわりと暖かく、そして、優しく。

「……ファイ」
「……ん?」
「……俺、基本美人なら誰でも大好きだけど、」
「うん」
「今、初めてファイはその顔がなくても愛せると思った……!!」


 数秒後、
 硬直から立ち直ったファイは、笑顔のまま全力で瑠依の髪を引っこ抜いた。


***




「痛い……!普通に痛い……!」
「瑠依君ってほーんと、人に殺意を抱かせる天才だと思うよー」
「やばいファイがこれ以上なく怒ってる!……あ、でもさ、ファイ」
「ん?」
「ファイも苦難の時は、俺の事頼ってもいいよ?」

 ファイが、一瞬驚いた顔でこちらを見下ろす。
 未だその両腕に抱かれたまま、瑠依は小さく笑ってその金色の髪を撫でた。




(……だってさ、ファイ)


 ねえ、知ってるんだよ。ファイ。
 ファイもそろそろ、気付いているんだろう?



(……俺達、似た者同士だし。ねぇ)


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