偽りのツバサ | ナノ
見えてきたエンドコースは

「あーあ、そもそも俺ならあの巧断、綺麗に消せたっていうのに。こんな怪我して」
「すみません、瑠依さん。ありがとうございます」
「でも凄いねぇ。瑠依君の巧断、怪我も『消す』ことができるなんてー」
「あーあ、こんな綺麗な顔にまでやけどの傷負って……」
「あのガキ何も聞いちゃいねぇぞ」
 
 降り注ぐまばらな雨。黒く沈む阪神城。
 無事戻って来た小狼の手には、静かに輝く羽根があった。

「……本当にありがとうございます、瑠依さん」
「いや全然だけど、って、え?小狼?」
「すみません、怪我の手当てありがとうございました。でも、行かなきゃいけないので」
「いや待て待て待てって、怪我、」

 まだ全ての治療が終わっていないというのに、小狼は立ち上がり、自身の横をすり抜けてしまう。
 慌てて瑠依もその後を追い掛けようとして、

「うわ、っ」

 きれいにグラついた。


 パシッ。


「……ファイ。黒」
「危ないなー、瑠依君は」
「何フラついてやがる」

 両脇、腕を掴む2人を見上げ、瑠依は目をぱちくりさせる。
 立ち上がろうとしてバランスを崩し、それを支えたのは両サイドで真反対な表情を見せる2人組。

「……さっすがイケメン、やることもイケメンだなんてそんな、」
「さーて小狼君を追っかけますかー」
「このアホは置いてな」
「えっちょっせめて最後まで言わせ」

 て、というより早く、両脇から引っ張られ、瑠依は強制的に走らされる事となった。


***




 正義と阪神城のアレコレについては笙悟に全投げし(「あとでお前とたっぷり戦わせてくれんならいーぜ、瑠依」と言われた)、何とか小狼を追っかける。
 なんせ異常な速度なのだ。巧断が何かしているのではないかと疑うような走りっぷりに、瑠依達はその背中を見失わないよう全力で目を凝らし走り続ける。

「小狼、すんごい速度ー」
「必死だねぇ」
「これであの姫は目覚めるのか」
「んー……」

 周囲の通行人にぎょっとした目を向けられながらも、3人は大通りを駆け続ける。
 なかなか奇異な光景だろう。それは3人が最も自覚済みである。

「どうした、ガキ」
「……や、」

 一瞬、確かに表情を曇らせた瑠依に、黒鋼が不審の目を向ける。

「……あんな可愛いお姫様が目覚めたら、俺ほんとにハッピーライフだなあって、おっとッ!」
「お前は1回人生をやり直せ」
「そこまで?!」

 後半、真顔で続けた瑠依に、黒鋼の容赦ない発言が突き刺さる。
 わざとらしく口をとがらせながら、しかし瑠依は内心後ろ暗さを感じていた。

(……小狼が渡した対価は、「記憶」……)
 チラリ、前へと視線を送る。

 遠ざかる、必死の背中。
 人の波へと消えゆくその焦茶の髪に、瑠依は嫌な予感を抱いていた。


「……侑子さん、どうか…」



 あなたが俺が思っている以上に、甘い人でありますように。


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