仮面と黒鋼
ファイが言い終えるか言い終えないかのうちに、ふわり、その背に大きな翼が広がった。
「うっわ何それファイ!やっぱ天使?!いや神様?!」
「お前は何を言ってやがる!どっからどう見ても巧断だろうが!!」
顔を輝かせ何やら危ないことを叫ぶ瑠依の後ろ、目を三角にした黒鋼がその頭をバシッとはたき落とす。
「むっ!飛べるだなんてずるいー!あたしだってできないのにー!」
「俺も激しく同意するー!あんなにカッコいいなんてずるすぎるねー!!」
「だからてめえは黙ってろ!!」
黒鋼の咆哮が響き渡る中、
「あたしの巧断の攻撃ーーっ、」
チャキッ、構えられたメガホンの先が、
ふわりと舞うファイに向けられ、
「……――受けてみなさーいっ!!」
――次の瞬間、巨大な文字が怒涛の勢いで発射された。
***
「ファイさんっ!!」
「うわお!何アレ超凄い!」
真っ青になり叫ぶ小狼、その真横で真逆の反応を見せる瑠依。
空中で爆破した文字の残滓と煙の中、ファイの姿は全く見えない。
各々の反応を見せる2人の前で、ただ黒鋼だけがいつもと変わらぬ真顔で顎を上げた。
「良く見ろ」
「えっ?!」
バッと小狼が振り仰いだ先、
煙の中から徐々に浮かび上がるのは――
「……びっくりしたー。あれも巧断かー、本当にすごいねぇこの国はー」
何事もなかったかのように空に浮かぶ、ファイの姿。
「すっごいすっごーい!」
「プリメーラちゃんの巧断は特級です、気を付けてー!!」
「ファイまじイケメン超絶美形ー!!」
屋根の上、縛り上げられたモコナと正義の叫びに混じり、瑠依の余計な野次も入り込む。
呆れて言葉も出ずにこめかみを押さえた黒鋼の遥か頭上、むっと唇を尖らせたプリメーラが、再びメガホンを口元にかざした。
「くやしーい……でも、」
《負けないわよーう!!》
《飛んじゃだめー!》
《よけちゃだめー!》
《逃げちゃだめー!!》
次々と文字の波が迫る中、ファイは器用に避けていく。
その様子を見ていた瑠依は、ひとり微かに口角を上げた。
――やっぱ、タダ者じゃないってか。ファイ。
「……上に登って、モコナ達を下ろさないと……!それに、ファイさんも……」
「「ファイ(あいつ)は放っておいても大丈夫でしょ(だろ)」」
辺りを見渡し、焦った表情で言う小狼に、瑠依と黒鋼の声が折よく被る。
え……と一瞬2人は顔を見合せ停止したが、瞬時に瑠依がにやりと笑った。
「こんなにキレイに被るとか、さすが俺と黒の仲、これはもう奇跡を超えて一心どうたゲフッ?!」
「俺も巧断で闘ったからわかる。巧断で飛べるようになったっつっても、体は元のまんまだ」
「瑠依さん、だ、大丈夫ですか……?」
「うう……小狼、黒の愛が激しすぎて死ぬ……」
「死んでろ。……へにゃへにゃしてやがるが、あいつ……戦い慣れてる」
「う……2発目は無いでしょ、黒ー……。ファイに関しては同意するけどさ……」
「……そうですね」
黒鋼の足元、鉄拳をもろに受け地に倒れ込んだ瑠依が、恨めしげに呻く。
心配そうな顔をしていた小狼も、黒鋼と瑠依の言葉に表情を引き締めた。
「驚かねぇな」
「ファイさんの何気ない身のこなしとか、あと……目とか見ててなんとなくそうかなって」
真剣な瞳で空を見上げる小狼に、横目で見やった黒鋼はぼそりと呟く。
「……バカじゃあねぇらしいな」
「でも、」
黒鋼が何を言ったかも知らぬまま、不安げな顔つきに変わった小狼が空を見上げて口を開いた。
「手助けできるならしたいです」
「……けど、甘くてガキなのは間違いねぇ、と」
「そりゃ、俺のマジかわ部門最優勝だからね」
付け加えた黒鋼が目を落とせば、よっこらしょ、と掛け声付きで地面から立ち上がる、瑠依の姿。
「……てめぇもおんなじだろうが」
「ん?俺が甘くて可愛いガキだって?」
「誰がだ。……お前のその目、」
明らかに、戦闘慣れしてやがるだろ。
喧騒が間近で響く中、
瑠依は鋭くこちらを射る黒い瞳に、うっすら笑う。
「……だったらなんだってのさ」
「……お前も、喰えない奴だな」
「ソレ褒め言葉?……あ、もしかして黒なりの口説き文句?!」
「ふざけんな!誰が口説き文句だ!!」
反射で噛み付いた黒鋼の目が、一瞬で真剣味を帯びる。
「……お前も、その被ってる薄っぺらな仮面を、」
1回、剥がしてみたらどうだ。
しばらく、瑠依は何も言わなかった。
ただ、どこか空虚な光を宿した瞳でこちらを見つめ――口を僅かに開けたまま。
「……あー……」
爆発に空気と地面が震える中、頭上で閃光が走る度にその姿が白く発光する。
「あのさ、黒。俺、――」
いつになく感情の無い瑠依の声音に、
黒鋼が思わず息を呑んだ、その時――。
「――危ない!!」
ひときわ鋭い小狼の叫びと、爆破音が――何の前触れなく、響いた。