夢の世界に溺れる | ナノ
さよなら、
 ――その瞬間、全身を雷に打たれたような衝撃が走った。

「ッ、シー?!」
「止めんな、ギンタ!!」
 叫んだのは無意識だ。伸ばされた手を意図せず魔力で勢いよく弾く。
 わからない。ヤバい。止められない。
 巨大な魔力のうねりを感じた。これ、は――。

「――スノウ姫!!」

 気付けば足場を蹴っていた。空を飛び、目を見開く黒髪の姫の元へ一直線に手を伸ばす。
 わからない。ダメだ。スノウ。逃げろ。すぐに。
 言葉の断片だけが頭を駆け巡る。「シー?!」と混乱した目をする彼女の真上、空を切る指先を必死に伸ばす。
 ダメだ、ガーディアンの使用、術者は動けない、そこを――。



『シー』


 ーーその瞬間、聞こえた。


『おいで』


 あの悪魔の、囁きが。




「――ッ?!!」
「「「?!」」」

 叫ぶ。叫んだ、つもりだった。
 だが喉からは何もでなかった。息すら、吐けない。
「あっ……、ああ、あああ……?!!」
 目を開いているはずなのに何も見えない。わからない。痛い。
 痛い。いたい。眩む。白い。何も、何が、一体――。

「……私の本当の目的は、あなた様を倒す事ではなく……」

 皮膚が切り裂かれる感触。侵されていく気配。
 とっさに頭を抱え込んだ。嫌だ。嫌だ、嫌だ痛い嫌だ痛い痛い嫌い痛い――、

 ゾンビタトゥが、廻り切る。

 激痛と悪寒に全てが苛まれていく世界で、俺が感じたのは紛れもない恐怖だった。
 怖い、何が、俺は、一体、どうして、

「――シー!!」

 顔を上げる。
 涙で何もかもぼやけた視界で、それでも確かにあの青が見えた。
 俺を呼ぶ声。必死の形相。

「……ア、ル、」
 そうだ、謝らなくちゃ。
 手、振り払ってごめんって、実はちょっと理由があって。
 ねぇお前を傷付けたいわけじゃなかったんだ、そう、ただ――。


「――スノウ姫様とシティレイアを、レスターヴァ城に連れていく!!」


 届かせようと伸ばした指先は、冷たいガラスにコツリ、ぶつかる。
 瞬間、全てが白く塗り潰されていく中で、俺はひとつの事実を知った。



 ――アルヴィスに謝る機会は、永遠に、無い。


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