くるしむしょうねん
『……あなた、本当に嫌よ、あの子の魔力……。もう私達を超えているだなんて』
『ああ、本当だな。まったく気味の悪い……』
『そのうち、私達に危害を加えてくるんじゃないかしら』
『なぜこんな事になってしまったんだろうな。ああ、頭が痛い……』
『そんなの、私が知る訳ないでしょう……あなたがアームの錬金に失敗して、ただでさえうちは肩身が狭いのに……』
『……落ちぶれた事まで俺のせいか?元はと言えばお前が、あんな子を産むから、』
『私だって、』
「……『産みたくて産んだわけじゃないのよ』」
呟くと同時、目を開ける。最悪な目覚めだ。
ずきずき痛む頭を押さえ、なんとか体を起こす。過去の夢を見る時はいつもそうだった。寝起きに必ず頭痛がする。
クラリ、一瞬揺れた視界に唇を結んで堪え、俺はゆっくり周囲を見渡した。
冷たい赤絨毯の床、暗い空間、そびえる王の座。
そして、
「やあ。お目覚めかな、シー?」
ジャラリ。持ち上げた手首に、光る鉄の輪。
……最悪だ。最高に鬱な光景だ。
「おはよう」
にっこり笑うファントムがいた。
「今すぐ戻せ」
「駄目だよ」
しょっぱなから戦闘モードだ。手加減せずに魔力を上げる。
理性で抑えられるギリギリまで魔力を放出する俺を眺め、悠々と腰を据える相手はいい気なもんだ。何なんだこのふざけた構図は。キミとなら立つ必要もありませんってかこの白髪。今すぐハゲろていうか爆破しろ。死ね。
「あとこの趣味悪い鉄の塊はなにお前の趣味なの?」
「ふだん奔放自在な存在の自由を制御するって、なかなか楽しいよね」
「物凄くどうでもいい性癖暴露をありがとう」
こんなくだらないことを言いながら俺の内心はかなり殺伐としていた。
状況がもうちょっとよくわかっていたら、多分速攻で目の前の男の首をはねてるレベルだ。どうせ死なないんだから結局どうにもなんないんだが。
「君を、レスターヴァ城にご招待、ってトコかな」
「せっかくの招待ありがとうございます、でもシーちゃん丁重に願い下げ」
「それは無理かな」
ファントムの目が妖しく細まる。
俺はチッと舌打ちをして両足に力を入れた。せっかく立ち上がったところだ、ひざまずくとか勘弁したい。俺のプライド的にも。
「……ッ、くっ……!」
「相変わらずの魔力の量だ」
喉元を押さえ背中を丸める。吐きそうだ。とっさに舌を噛む。一定を超えた痛みが吐き気につながるのは実体験済みだ。
無理やり放出した魔力の壁の向こう、惚れ惚れしているような声が聞こえたがあいにく答えてやれるほど俺は元気じゃない。炎のごとく熱いチョーカーを必死で握り潰し、俺は苦し紛れに引っかいた。それでどうにかなるなら苦労はしてない。
カツン、と微かに足音が耳に届く。「!」と顔を上げた俺の頭上、もう嫌と言うほど見慣れた白髪が見下ろしているのが目に飛び込んだ。
ああ全く、大問題だ。さっきプライドどうこう言っといて、俺はいつの間にやらあっさり床に倒れこんでいるんだから。ほんと腹立だしくて吐けそうだ。
ごほっと咳き込んだと同時に口元を押さえ込む。額を床が擦った。
どうかしてる。いよいよ五感が狂ってきたらしい、こんなに苦しくて死にたいのに、額に触れる絨毯の感触と顎を掬う冷たい指の温度だけは、こうもハッキリ感じ取れるのだから。
「……そろそろ、限界だね」
「ひっ、……ぐっ、」
しね、と言いかけ目の前が歪む。ぐにゃり、一瞬で水底でも覗いたかのようにねじれた世界にこの上ないほど寒気がして、俺は唇に強く歯を立てた。
誰か――誰でもいい。この苦痛から、この拷問から救ってくれるなら、誰でも。
「魔力だけでタトゥの進行を遅らせようとしている、キミのその足掻きには目を見張るところがあるけれど、――でも、もうやめときなよ」
「ぃ、ぁ、……、はッ、」
視界が霞む。元々明るくもない空間がさらに不明瞭さを帯びる。
顎を掬う指先から感じる、体をいっそう苛む魔力の波――タトゥが暴れ出す、感覚。
ダメだ、息が、息が、いき、できな、――
「じきに、廻り切る」
体裁も何もなく悲鳴をあげかけ無意識に手の甲を噛んだ。冗談じゃない。
呼吸困難と吐き気が相まって、2、3秒本当に何もかもがわからなくなった。
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ痛い痛い辛い痛い嫌だ嫌だ嫌だ怖い――。
「受け入れなよ。ボクを」
ボクだけを。
――アル。
音にならない声で吐き出して、俺は強く目をつぶった。