猫とアレルギーと、距離と
俺は普段から豪語している通り、おっさんことアランがあんまり、ていうか全然好きじゃない。
その強さは認める。し、魔力のコントロールだとか正義感だとか、そういうのもまあ一応一目は置いている。一応、だけど。
でもあの葉巻厨なところはドン引くし、髪も無駄に長いし、うんつまりあんま好きじゃない。
が、だからといって、
こんな場面が見たいかって聞かれれば、ちょっとさすがにそれは無かった。
△▼
「……アランさんが、猫アレルギー?」
アルヴィスが訝しげに、というより当惑気味に言葉を発する。
今ちょっと俺との仲が気まずいからといって、これがカッコよさに影響するかと言ったらそうでもない。困った事に。
「エドワードの中に入っていたからか?」
と、続けてアルヴィス。
「あるある!一理ある!」「しかしカッコ悪い!」
「それな!最強にカッコ悪い!!」
と、それ以外の外野。
「だーっうるせぇ!!特にシー、おいてめぇ!」という叫びが聞こえてきたが、俺は完全に無視をした。
「まてよ。でもおかしいぞ!」
と、ここで目を見開くギンタ。
「オッサン、アームでメリロさん持ってるぜ!」
「?何そのメリロって」
と、ここで俺。
「おっさんのガーディアンアームなんだよ、猫耳の!」
「ああ、あの娘も猫耳だな」
「変よね」
「……そりゃアレだ、あのおっさん猫アレルギーでもロリならオッケーだとか――」
「シー!!てめぇ後で燃やす!!」
「あれはアームだから平気なんだよ!!」とかなんとか叫ぶおっさんはまたも無視し、俺達はなんともいえない気分で顔を寄せ合った。何がなんともいえないかって、
「……俺の軽率な『おっさんいっぺん負けたら面白い』発言が、リアルな敗北を呼び寄せたような気がしてならない」
「落ち込む必要はないわよ、シー。猫耳お茶目系ガールに負けるなら、あのおっさんもまだ心の傷が浅いだろうし」
「そうそう、もしかしたら良い思い出になるかもしれねーし。な、シー」
「ふざけんなよオイ魔女!んでもってギンタ、てめーなあ!!」
何が良い思い出だ!!と吠えるおっさんの前、ニッコリ無邪気に笑う半猫(?)少女が、何やら新手のアームを発動させる。
珍しくあのおっさんが手も足も出ないという摩訶不思議な状況を眺めながら、俺は膝を折ってその上に肘を付いた。ぼうっと、顎を手に乗せて眼下を眺める。
「……シー」
「!ギンタ、」
突然声を掛けられて、俺はびくっと身を竦ませた。
顔を上げれば、よっこらせっと隣に座る金髪少年。
不覚だ。ちょっと気持ちが不安定とはいえ、この俺が気配を見逃すだなんて。
「何、どしたの急に、」「アルヴィスとなんかあったのか?」
ぽかん。1秒、ギンタの顔を見つめ返して、
それから、真っ直ぐこちらを見据える金色に、俺はふっと頬を緩めた。
「……鈍い方だと思ってたのになー、ギンタは」
「それバカにしてんのか?シー」
途端に、むむっとギンタが眉を寄せる。俺は「そのとーり」と笑って、前へ向き直った。
「おい」
「うおっ」
「何これでこの話は終わり、みたいな顔してんだよ」
ぐい、と頭を引き寄せられて、不機嫌なギンタに見下ろされる。
なんかちょっと不服だ。年下に頭を抱えられて、上から見下ろされるだなんて。
「いや終わりにしとこーって。おっさんがまさかのジ・エンドっていう、超面白い試合見逃す」「シー」
ぐぐぐ。ギンタの腕の締め付けが強くなる。
うえっと俺が思わず顔をしかめたところで、ギンタの声が近くなった。
「……シー、オレあんまりお前の事知らねぇし、……っていうかアルヴィスが知ってるほどは知らねーと思う、てだけだけど」
瞬きをする。
どこか機嫌の悪そうな金の瞳が、すぐ目の前にあった。
「……今のシーが元気ねぇの、アルヴィスのせいだっていうことくらいは、わかる」
鼻先、今にも触れ合いそうな距離で、ギンタが俺の頭を抱え込んで口をつぐむ。
ぽっかーん、と俺は距離感も忘れて、その顔をただ見つめ返した。
逸らされたギンタの瞳の中に、間抜けな俺の思案顔が映り込んでいる。
「……あ、その。えーと、さ」
「……なんだよ」
「……これはつまり、その……心配してくれたってこと、だよな?」
「他に何がどうっていうんだよ!!鈍感なのはお前だってのシー!!」
⇔
「……いーのー?アルヴィス」
「ドロシー」
つんつん。わざとらしく肩をつつかれ、アルヴィスはやや眉をひそめた。
「……何がだ」
「あそこ。っていうより、シーのこと、かな」
指などさされなくてもわかる。嫌というほど視界に入ってくる、片隅の2人。
観戦用キノコの端、並んで座り込む2人の少年。おもむろにシーの頭を抱え込むギンタ。
「何があったの?」
「……そんなにわかりやすいか?」
「そりゃね、大体シーっていっつもアルヴィスにべったりだし――」
言いかけ、うーんとドロシーが首をひねった。にやり、おもむろに笑みを見せる。
その腹黒い笑い方に、アルヴィスはなんとなく嫌な予感を覚えた。
「……ううん、それはちょっと違うわね。シーはむしろ、本心は隠し通すって感じだし」
「……は?」
「だからどっちかっていうと、わかりやすいのはあんたの方よ。アルヴィス」
ポン、と肩に手を乗せられ、アルヴィスの眉がさらに寄る。
「……何の話かわからなくなってきたんだが」
「なーに言ってるんだか」
くすり。ドロシーは笑みを零すと、ぐっと親指を立てた。
「早いトコ、仲直りすんのよ?」
△▼
(……とは言われたものの)
自身の右手を見つめ、アルヴィスはチラリ、目を向ける。
やや離れた地点、帰ってきた疲労困憊のアランの横で、爆笑するシーの姿。
(……別に喧嘩をしたわけでは、ないんだが)
ただ、手を振り払われただけだ。
怒られたわけではない。鬱陶しいと言われたわけでもない。
ただ、この手を払われた。それだけで。
「……全く」
馬鹿だと思った。6年前から、やはり何も変わっていない。
動けたのは、前回の5thバトル、暴走するシーの前に立ちはだかったあの時くらいなものか。
「次は誰が出る?」
ギンタの言葉に、顔を上げる。
心中の葛藤を吹っ切るように、アルヴィスはギュッと右手を握りしめた。
「――次は、オレが出る。」