夢の世界に溺れる | ナノ
無意識の呼び方
「……ここまで最高に気の合わないチェス初めて見た」
「そう、良かったわね、シー」
 隣から生温かい視線が来る。
 いや俺は気にしない。なんせ今アルヴィスの試合なんだから。


 6thバトル第2試合。アルヴィスとその相手、コウガとかいうごっつい男。
 なんていうか、しょっぱなから色々ビックリだった。だってあのアルヴィスをまず「チビ」呼ばわりだ、なんでいきなりソコ突っ込むんだ。

「その目、そのツラ……気に入らねェって言ってんだろ!!」
「あの青い目、完璧な顔……一体どこに惚れない要素が?!」
「シー、アルヴィスと喧嘩してんじゃねーの?」

 横からまたも困惑気味の問いが来るが、これまた気にしない。
 いいんだ、そもそも喧嘩はしてないし。俺がちょっと気まずいだけで。

「……その辺で止めといてやるぜ。全部もぐらせちまったら楽しみが少なくなっちまう」
 なんとも言えないゲスさの漂うセリフとともに、ゴツ男がニヤリとあくどく笑う。言葉のチョイスにキャンディスに通じるSさを感じるなんて気のせいだ。多分深く考えてはいけない。

「ウェポンアーム!!百足!!」
 「そりゃあ!!」という何のひねりもない掛け声と共に、動けないアルヴィスへ武器が迫る。俺は思わず息を呑んだ。
 アルヴィスはあっさり攻撃を受け入れている。え、いやちょっと待てよアルヴィス、俺お前に黙って嬲られるような趣味があるなんて聞いてねぇぞ。

「……俺はあんま気が乗らないけど、他でもないアルヴィスが望むんなら……」
「シー?何ブツブツ言ってんだ?」
「や、俺アルヴィスのこと殴れるかなって……」
「ハ?」

 ギンタの目が点になった。その後ろ、なぜかドロシーが顔に手を当て空を仰いでいる。

「オレ様はなぁ、お前みたいに美少年ぶってる奴が大っ嫌いなんだよ!」
「美少年が美少年ぶってて何が悪いんだよ?!」
「虫唾が走る!!」
「いやそこ走るの鳥肌だろ!!」
「頼むから落ち着けってシー!!」

 あと鳥肌は走るって言わねぇから!と付け加え俺を背後からギンタが羽交い絞めにする。だけどこれが落ち着いていられるわけがない。なんたってアルヴィスがいいように罵倒されてるんだ、一体何をどう落ち着けと?
 「アルヴィスの魅力がわかんねぇとか人生ほぼ溝に捨ててんぞ」と叫んだ俺の前で(手を下ろしたドロシーが絶妙に呆れた顔をしてるのが視界に入った)、それまで静かに佇んでいたアルヴィスが、ゆっくりと顔を上げた。


「――確かに醜いね。心も顔も……万死に値する。」


△▼



「勝ってきた」
「全然……平気だね……」
「うん……」

 あっさり帰って来たアルヴィスの前、スノウ姫とギンタが何とも言えない表情を浮かべる。カルデアでもらった新アームは、ドロシー曰く「魔力を相当消耗するはず」らしいが、今のアルヴィスにそんな様子は微塵も見られない。むしろ元気だ。

 さすがだなぁ。すたすた歩くアルヴィスを遠目に俺は微笑む。あんな化け物じみたガーディアン使っといて、進みゆく彼の魔力に乱れはない。

「……惚れ直しちゃうなあシーちゃん」
「本人に言ってやれ」
「あれえおっさん」

 なんだもう生き返ったの?俺がわざと半笑いで振り返れば、真後ろに安定の葉巻と紫煙があった。腕を組んでこちらを見下ろすアランの、その表情はいつも通りだ。

「今度とっときのネコ呼んであげるよ。レギンレイヴに何匹かいるんだ」
「燃やすぞテメー」

 一瞬、本気でイラッとした顔になり、それからおっさんは真顔になった。
 一歩、とっさに身を引く。ほぼ反射だ。どうにも俺には妙な癖があるらしい。
 自分の懐に入られそうになると、何であれ身を引く癖が。

「……早いとこ元に戻りゃあいい。何を足踏みしてんだが知らねーが」
「別に、」
 もとにって、そもそも何も。
 言いかけ、俺は言葉を切った。ふっと笑って、アランを見上げる。

「……俺が一方的に距離取ってるだけだよ。アルは何も悪くない」

 葉巻の上で、黒い双眸が微妙に開いた。
「……珍しいな。お前が妙な意地張らずに本音吐くのは」
「俺もオトナだからねぇ」
「何言ってやがるこのガキが」
「にゃあ?」
「殺すぞてめー」

 おちょくってんじゃねえぞ、とアランの頬が盛大に引き攣る。俺は思わずくくっと笑って、それから前へと向き直った。
 目線の先、進み出るドロシー。何やら不穏な目付きをして、そのまま勢いよくフィールドへと足元を蹴って飛び降りる。一体何が決め手だったが知らないが、フィールドに乗る(……スタンバイしてる?)人形(……にしか見えない)を相手にやる気満々、って感じだ。

「ありゃ、これはいいトコ見逃した感じかなー」
「……お前は、無意味に大人になりすぎだ」
「は?」

 肩越しに呟かれた言葉ははっきり聞き取れた。ただ、意味がわからない。
 首だけで振り返れば、奇妙な顔付きをしたアランがいた。煙を先から吐き出す葉巻が、アームだらけの指に抜き取られていく。
 何も咥えていない唇が、動いた。

「"アル"」
「……え」
「不安定な時、てめーはいつもそう呼ぶんだよ。シー」

 まるで6年前に戻ったみたいにな。
 あっさり付け加えたアランが葉巻を咥え直す。俺は、呆然とその動作を見つめ、
 それからとっさに口に手を当てた。

「やっぱ無意識か」
「……え、マジ、か」
「そういうとこだけだな。お前が年相応に可愛いところは」

 投げられる言葉に思考が追い付かない。は、まじで?
 かつてないほど動揺する。もこもこした足場に目を落としていれば、頭の上からやや呆れたような……否、宥めるような声音で言葉が降ってきた。

「……早く口きいてやれ」
 ああ見えて、アイツはお前より不器用だからな。

 ぽん、と頭に手をのせられる。
 俺がそれに反応できないでいる間に、アランは横をすり抜けて、ドロシーの観戦へ行ってしまった。


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