あとのこと
「やめろ、シーっ!!」
黒い刃が、空を切った。
「……あ…」
カタカタと、少女が震える。
その真横、彼女の肩を掠めて砂地に突き刺さった刃は、荒れた魔力を放出させながら、静かに動きを止めた。
「きみ、は……」
「……シー」
はあはあと、アルヴィスは肩で息をする。
荒い呼吸を繰り返しながら、アルヴィスの両腕が取り押さえる相手――無表情な、シーの姿。
何の感情も浮かんでいないシーの肩を、アルヴィスは後ろから羽交い絞めにし抑え込んでいた。
「……シー!目を覚ませ!」
「……。」
砂漠の真ん中、呆然と座り込む少女と刃。叫ぶ青い髪の少年。
だが、その中央で取り押さえられた、黒い魔力をまとう人影は、ただ気怠げに首を回しただけだった。
「シー、バカな真似は、」
「誰」
背後、自身を押さえるアルヴィスを見つめ、少年は短く呟く。
「……は?」
「誰」
なんで、死んでないの。
感情の無い、否、やや面倒くさそうにそう呟いて、
「ッ!」
「デリッド」
――瞬間、黒い光がアルヴィスを掠める。
とっさに距離を取り、アルヴィスは歯噛みした。
自分の前、アームを嵌めた右手をゆらり、上げたままのシーの瞳に、やはり生気はない。まるで人形のような空虚な目をし、こちらに一歩、足を進める。
その足に、手に、首に、無数の傷痕が散っているというのに。
その後ろに、砂地に、肌に、幾重もの血痕を残しているというのに。
――彼は、まるで全て無い物かのように、ただこちらへと突き進んでくる。
「シー……!!」
「……。」
再三のアルヴィスの呼びかけにも、少年は僅かも反応しなかった。
その身体を覆うは、無限の魔力。禍々しい黒い渦。
アルヴィスは、拳を握りしめた。もう一度、唇を噛む。
「これ」と全く似た状況を、アルヴィスは見たことがあった。
――シー!!
――へえ……キミ、その魔力は……。
叫ぶ自分。歪む赤の目。グラリ、滲む視界。
小さな背中は自分を庇うかのように前を塞いだまま、しかし平坦な声音で淡々と言った。
――しねよ。
「……シー、目を覚ませ」
「……。」
「6年前、お前は……オレのために、暴走したお前は、タトゥを受けると同時、気を失った」
「……クレイモア」
シーが呟く。その声音は、やはり6年前と同じ、無機質だった。
フワリ、未だへたり込んだままのリテューの傍ら、砂地に突き刺さっていた剣が浮く。
「……シー!!」
「刃よ」
アルヴィスが顔を歪める。シーは腕の中で、黒く染まる刃を回転させた。
彼の腕の中、光る長剣。渦を巻く魔力。
アルヴィスの頬を、一筋の汗がつたった。
この距離でも尚、肌を震わすような魔力の量。寒気がする。
だが、その源にいるのは自分のよく知る少年だった。
「……言っていなかったな、シー」
「刃よ……さらに、力を」
「……6年前、タトゥを受け、倒れたお前を見て……オレは、後悔してきた。ずっと」
「変化を」
シーが一歩、さらに詰め寄る。アルヴィスは動かない。
両者の間には、もう間が無い。踏み込めば、黒く異様な剣の間合いには事足りる。
「……6年前と同じ後悔を、……悔いを重ねるのは、ゴメンだ」
「……クレイモア」
対するアルヴィスは、何の武器も手に持たない。魔力を練ることすらしなかった。
その足元に、シーが振り上げる剣の影が落ちる。
「シー、変わったと言ったのは……お前だろう」
「……。」
「目を覚ませ、シー。……もし、正気に戻らないのなら、お前がただ、人を殺すだけの、殺戮兵器となるのなら……」
シーを取り囲む魔力が、ぐにゃりと歪む。ひとつに、剣へと集束する。
最大威力を放とうとしているのだ。空気が張り詰め、ビリリと痺れる。
「……それならまず、オレを殺せ」