ここで全てを終わりにしよう
「シー……」
赤子みたいに泣きじゃくる俺の頭上、遠慮がちにそっと指先が乗せられる。それがアルヴィスのものだとわかって、俺は余計に涙の抑えが効かなくなった。
口内に浸み込む、涙の味にきゅっと目を閉じる。
しょっぱい。塩辛くって仕方ない。
「……シー、オレは、お前に……」
「悪いがの、少年」
不意に、聞き覚えのある声が降りた。
アルヴィスが息を呑み振り返る。俺も目を乱雑にこすり顔を上げた。
アルヴィスの背後、静かに佇むローブ姿の長老。
「シティレイアはこのまま地下へと連れてゆく。……そこを、退いてもらおう」
「……! シーを、地下へ……?!」
アルヴィスの肩がわななくのが見えた。
俺は音を立てないように息を吐き、地を見つめる。
予想済み、だ。
カルデアに戻ると決めた瞬間からー俺が、覚悟を決めた、わかりきっていた――その、結末。
「掟の通り。このカルデアを去った以上、見逃しておったが……帰ってきたのなら話は別じゃ」
「そ、そんなんねーだろジジイ!」
「ソイツは聞き捨てならへんな。シーちゃんをどないするつもりや」
「……カルデアの掟よ。永久に、地下牢へ繋がれる」
「! ドロシー、それ、本当なの?」
「そ、そんなのないっスよ!!」
次々とあがる批難の声に、俺はうつむいたまま唇を噛み締めた。
心から俺の事を思ってくれている、それが仲間の声からハッキリわかって痛みが増す。
おかしな事だ。少し前まで、彼らのことを気にかける必要なんてない、そう思っていたはずだったのに。
「残念だったなジジイ。コイツはウォーゲームで活躍中の貴重な人材だ。カルデアでなんであれ、ンな事知ったことじゃねぇな」
「そうだ! おっさんの言う通りだって! シーが昔何してようと、今は今だろ!! 関係ねぇよ!!」
「ギンタ」
俺はやっと口を開いた。
正しく言うと、やっと開くことが出来た、だった。
それまでは、口を開けばみっともない震え声しか出ない気がして。
「! シー、」
「いいんだ、ギンタ……俺のために、ありがとう」
「え……待てよ、いいって、お前……それでいいのかよ、シー!」
我ながらびっくりするくらい優しい声で、俺はギンタに感謝の言葉を告げていた。
本心だった。カルデアに戻れば掟からは逃れられない、そんなことはわかっていたんだ。
それに。俺は、信じられないという顔をしたギンタを見つめて、少し微笑む。
それにな、ギンタ。
俺は過去に、お前が望まない人殺しをし、憎悪すべき対象のファントムに、どこか惹かれている部分がある、それをとっくに自覚済みの人間なんだ。
こんな人間が、お前みたいなどこまでも真っ直ぐな奴の隣に、いつまでもいるべきじゃあないんだよ。
「な……なんでだよ、シー! だって、お前何も悪くねーだろ!! 入っちゃいけない部屋に入ったぐらいでそんな、」
「ギンタ」
叫ぶギンタに、俺は宥めるように名を呼んだ。
俺の顔を見て口をつぐみ、ぐっと拳を握りしめたギンタへ向けて、俺はできる限りの笑みを浮かべてみせる。
そう、だからな、ギンタ。
そんな、今にも泣き出しそうな顔するなよ。
「……オレは認めない、シー」
「アルヴィス……」
すぐ側から、感情を押し殺したような低い声。
視線を横に向ければ、怒りとも悲しみともつかない色を顔に浮かべて、アルヴィスが俺の頬へ指先を滑らせた。
その手つきがあんまりなほどに優しくて、俺は唇を噛み視線を逸らした。
どうして、と思う。
どうして――皆、こんなにも俺に必死で呼びかけてくれるのだろう。
「シーちゃん、」
どこか苦々しい口調でナナシが俺の名を呼んだ、その時だった。
――ズズン!!
遠くで何かが爆破するような音とともに、グラグラと床が揺れる。
はっと顔を上げた俺の頭上、もっと上で――覚えのある、魔力の気配。
「嘘でしょ……カルデアが、チェスの兵隊に襲撃されている……?!」
俺が嫌い、憎み、そして俺自身の影を見つけては引き寄せられている、――あの、白髪司令塔の気配。