致命的なためらい
そのアームを使ったのは、本当に久しぶりだった。
久しぶり――おそらく、6年前が最後。
「ガーディアンアーム……スレイプニル!!」
ちなみに通称スーちゃんです、と、俺は傍らの幻獣に手を掛け微笑んだ。
スレイプニル、通称スーはまあ、ひとことで言うなら化け物だ。ギンタのガーゴイルと同じようなものだと言えば話が早い。うん、ぴったり。
一見普通の……いや、普通と言うには勿体ないくらい綺麗な白馬、馬は馬なんだが。
ただちょっと違うのは――その背中に翼があることと、足が8本ってことだけで。
そう、8本。つまり、両側に4本ずつ。
「ほう……上等なガーディアンだな」
「アリガトー。俺の1番のお気に入り」
「なら……これはどうだ?」
うっすら笑ったペタが、手を上げる。
――ブラッド・スィリンジ!
その声が聞こえるより早く――傍らにいたスレイプニルが、風を切り駆け出した。
△▼
「愚かな……そのままブラッド・スィリンジの餌食になるがいい!」
嘲るように笑ったペタが、腕を薙ぐ。
途端、空中停止していた球体がいっせいにスーめがけふっ飛んできた。うわ何アレ。ちょっと欲しいかも。
「スー、弾け」
避けるにはちょっと難があるだろう。俺が短く告げると、まっすぐペタへ向かっていたスーが高い咆哮をあげた。うんうんいい子。
純白の翼が大きくはためく。瞬間、フィールドをさらに凍てつかせるような辻風が空気を切り裂いた。さすがにバランス崩すような間の抜けたことはしないけど、俺は両腕で顔だけかばう。
「のわああああー?!」
「バカやろっシー!! こっちに風来させんじゃねーよ!!」
「ハーイ頑張って避けてねぇー」
遠くから抗議の声が聞こえたが無視無視。どうせアルヴィスやドロシーは涼しいカオして立ってんだろうし。
顔をかばっていた両腕を下ろせば、風で巻き起こった砂と氷の破片の向こう、笑いを含んだペタの声。うっわ視界悪。自分でやったんだけど。
「ブラッド・スィリンジを全て破壊するとは……なかなかのものだな」
「いやあそれほどでも」
言い捨て、俺は言葉を重ねた。
風を巻き起こしている間――俺の可愛いスレイプニルが、当然おとなしく待っている、なんてはずがない。
「スー、……デッド・アイスリア」
雄叫びとともに、青い炎がペタのいた地点を包み込んだ。
△▼
それに気が付いたのは、多分、運が良かったからとしか言いようがない。
けぶる視界に爆風、全部自分でやったんだけど視界を奪うそれらにさえぎられて、
こちらへ駆け戻って来るスーの背後――白煙の向こうから、青い光が瞬いたのに気が付いたのは――
そう、きっと。
「っち、スー戻れ!」
とっさにガーディアンをバングルに戻した、と、ほぼ同時に遠くから低い笑声。
――ダークリフレクター!!
はね返された、迫る炎を視覚が捉える前にそう判断する。
反射的に魔力の層を高めて防御壁代わりにしようとして――うわ、と口角が上がった。
ただはね返されただけじゃない。威力が増している。
こりゃ、止めるには並の量じゃ不可能だな。
たぶんコンマ数秒でそこまで考えて、何も思わず魔力を練り上げて――もうひとつ、気が付いた。
これ以上、魔力上げたら――ぶっ飛ぶ。
いやでも、上げなきゃ直撃だ。俺防御系のアーム1個も持ってないし。
いやいや待て待て、後ろにいる人間を忘れたのか。
そうだ、後ろには誰がいる?誰が見てる?
振り返った俺を見て、たぶんメルの全員が驚いた顔をした。
そりゃそうだろう。目の前には迫る炎、俺は丸腰。
俺の視界に映ったアルヴィスの目が、大きく開かれて――
シー、とその唇が動いたのが見えた時、五感が全部吹っ飛んだ。