夢の世界に溺れる | ナノ
慰めのキスは盗賊に
 予想は、していた。
 だけど、まさかそう来るとは――


「ひゃはははははは!!」


 品のない笑声が響き渡る。
 だがその声をあげているのはラプンツェルではなく、

 その弟、だった。

△▼


「てめぇーーーーっ!!!」
「ひゃはははははーっ!! やっぱり女を殺すのは楽しいぜーっ!!」

 ……なるほど。
 姉がああなら、弟もそうと言う訳か。
 ふと振り返れば、一様に暗い顔をしたメルと目が合った。

 ジャックは今にも吐きそうだし、ドロシーは眉をぎゅっと寄せている。ギンタがフィールドに突っ込んでいかなければ、多分それなりに毒を吐きまくっていたんだろう。彼女らしい。
 ちなみにアルヴィスはいつも通りの真顔で、その青い目を冷ややかに光らせていた。うわあ怒ってる。

 そして――その前、ゆらりと手を伸ばしたまま、ナナシは凍り付いていた。
 その手が差し伸べられたその先、受け取る相手はもういない。

 その時、俺を動かした感覚は、何と呼べばいいのか言い難い。
 ただひとつハッキリしていたのは――それが利己的なものでは一切ない、らしくなく胸のあたりが痛むような衝動だった、
 という、それだけ。

「……ナナシ」
「シーちゃん……」

 ふらり、ナナシがこちらを見る。
 虚空を掴んでいた手のひらが、ぱたりと落ちた。

「……シーちゃん、どないして、」
「ナナシ」

 俺は精一杯体を伸ばした。つま先立ちとかプライドも何もないけれど、今だけは捨ててやってもいいと思った。
 この――いつもヘラヘラしている女好きが、今にも泣きそうな目をしている、今だけは。

 頬を引き寄せ、唇を寄せる。
 一瞬だけ――その頬に、口付けた。

「……シーちゃん?」
「大丈夫」
 顔を離し、俺はできる限りきっぱり言う。


「アクアは、……後で、葬ってあげよう」


 ナナシが、目を見開いた。


 ……本当は、彼女はきっとナナシのおかげで多少は救われていたと思うよ、って伝えたかったんだけどな。ほんの僅かな間だけでも、彼女は絶対に死ぬ運命だっていう恐怖から逃れられたんだから。
 でもきっと、このアホはそんなこと言っても何も通じないだろうし、それに。

「おーい、ギロム。」

 遠くで魔力を静かに高める、金髪の少年へ首を回す。


「許してくださいって言ってみろよ。……許さねーけどな。」


 ――きっと、彼が仇は取ってくれるだろう。


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