夢の世界に溺れる | ナノ
似た者同士はごめんなんで
『君――いい目をしている』

 あれ、ココはどこだっけ。

『こんなところにいるのは勿体無いよ。……いっしょに、来ないかい?』

 ゆらり、立ち並ぶ鉄格子の向こうで誰かが言う。
 やっとのことで動かした手は、ひどく重たく、きしむように痛んだ。

『……だ、れ』

 なんとか吐き出した声は、掠れて低く、自分でも聞き取りにくいほど小さく響く。
 だが相手には伝わったようだ。ぐらり、俺の反応を喜ぶように魔力が波を打ったから。
 ゆっくり伸ばした手の甲に、べたりと何かが貼りついている。
 ……呪符だ。アームを媒介にして俺の身を蝕んでいる。
 吐き気がした。この国は、人間は、俺をどこまで痛めつければ気が済むのだろう。

『可哀想に。醜い人間の思惑に操られて、こんなにも力があるのに封じられて』

 顔を上げる。ずきずきと鈍い痛みが首に走った。
 これでもかと呪符の貼られた鉄格子のすぐ側、膝を折り俺を見つめる「だれか」。


『……君は、何も悪くないのに』


 その言葉を聞いた瞬間、生暖かい物が頬を伝っていた。

『……っ、く……』
『ああ、泣くと余計に痛むんだね。痛い思いをさせてごめんよ』

 じわじわと身体に浸み込む優しい声に、俺は出来る限り首を横に振った。
 鉄格子の隙間、少しずつ伸ばされる白い指先。

『ねえ……ボクといっしょに、この愚かな世界を浄化しないかい?』

 ちらり。見えた赤い瞳に、俺は答えようと口を開き、そして――。

△▼


「シー!!」

 突如耳に届いた名前に、はっとして顔を上げる。

「ジャック勝ったぜ! 見てなかったのかよ?」
「そうッス! オイラ勝ったっすよ!」
「あー……ゴメン、全く見てなかった」

 駆け寄る2人にあは、と笑えば、途端にわっかりやすくジャックががくんと肩を落とす。

「絶体絶命の大ピンチをくつがえしたってのに……」
「え、まじ?俺全然知らな、」
「シーちゃん」

 ふいに、視界が黒く覆われた。

「……え」

 あれ、俺最近ヤバくね。気配にこんだけ鈍感だとか。
 背後取られるの何回目だよ。
 とっさに浮かんだのは、殺意でも焦りでもなくかなり間の抜けた感想だった。
 ……最近、やっぱボケてんのかもしれない。以後気を付けようそうしよう。

「ナナシ、どーしたんだよ」
「……。」
「ナナシ?ちょ、答えろよ、なんでいきなり目隠しなんか――」

 そういえばお子サマ2人の声もいつの間にか聞こえない。黙り込んでいるのだろうか。
 わけがわからず、そこでやっと焦り始めた俺は、両目を柔らかく覆うナナシの手のひらをどけようとして、

 ――ゴトッ。

 脳に直接届いた重い音に、ああ俺やっぱボケてるわ、とどこか白けた頭でそう思った。

△▼


「あいつまた仲間を!! もう許せね……」
「ギーンタン」

 最上級に品の無いラプンツェルの哄笑を背景に、ギンタの怒声とドロシーの声が聞こえた。
 そのまま、頭に血が上りすぎだよ、と可愛らしい言葉で宥めるドロシーの声を遮るように、ナナシが俺の耳元で囁く。未だ俺の視界を塞いだままで。

「……シーちゃん、大丈夫?」
「ああ、うん。大丈夫だよナナシ、俺もう勝手なことしないから、こんなことしなくても」
「ほんまに?」
「うん。ホンマ」
「……そか」

 少しだけナナシの声が優しくなって、視界が明るくなる。
 透明な氷原にきらきらと反射する薄い日の光が眩しくて、俺は思わず顔の前に手をかざした。

「ああ、すまんのぉ。眩しかったんか」
「いや。こちらこそお気遣いありがと、ナナシ」

 振り返り、俺はいくぶんか高い相手を仰ぎ見る。
 視界の端に赤く塗れた塊が映るけれど、もう平気だ。
 当然、心の内はドス黒くゆらゆらと波打っているけれど。

「……あの感じやと、次はドロシーちゃんかいな?」
「え?」

 振り返った俺のずいぶん向こう、確かにドロシーが歩み出ている。
 あ、先越されたなあ。次くらいにしようかと思ってたのに、第一戦。
 あーあ、と形ばかりのため息をついた俺の後ろで、ふとナナシが口を開くのを感じた。

「でも、さっきはビックリしたわ」
「……? 何が?」

 なぜか安堵したように頬を緩めるナナシに、俺はきょとんと小首をかしげた。

「シーちゃん、敵さんが仲間の首切り落とすの見て怒っとったやろ? こんなん言うのもアレやけど、シーちゃんにも年相応なところがちゃーんとあったんやな、って」

 おどけたようにぱちんとウインクをする、ナナシの顔を見つめる。
 呆けたような脳内の片隅が、ゆっくり、ゆっくり冷えていった。
 ありがとう、ナナシ。
 そんなふうに俺のこと、解釈してくれていただなんて。

 でも、ごめんね?

「……残念だけど、それは違うよ、ナナシ」

 その温かく優しい思い込みを、粉々にするような真似をして。


「……俺はただ、同族嫌悪が激しいだけ」


 固まったナナシに背を向けて、俺は振り向かずに歩き出した。


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