夢の世界に溺れる | ナノ
いつまでも泥濘の底で
 ゆらり、殺気混じりの魔力を全身から放ちながら、俺とラプンツェルが対峙した、その時――。


「……シー!」


 ガシッ、と肩を掴まれた。

 正直、驚いた。
 背後の気配に気付かないほど、目の前の相手に気がいっていたなんて。
 振り向けば見慣れた青色の瞳が、なぜか、妙に新鮮な輝きをもって俺の目に映った。

「……何、アルヴィス」
「落ち着けシー……お前、どこかおかしい」

 そう言い、アルヴィスが顔を歪める。
 え?

「……どこが?別にどこも……」

 いつもと変わりないけど。
 言いかけた俺の腕を、アルヴィスがぐっと握る。

「いや、妙だ。……頼むから、落ち着け」

 俺は言葉もなく、腕を握るアルヴィスを見つめた。
 あのアルヴィスが、顔を歪め懇願するような目付きをして、俺を見ている。

 血が冷える。
 そんな感覚がした、気がした。

「……ごめん、アルヴィス」
 へらり、できる限りの表情で笑う。
「ちょーっと頭に血が上ってたみたい。……悪いな、手間かけさせて」

 アルヴィスの表情は読めない。
 お願いだ。お願いだから、上手く笑えていますように。

「……シー」
「なんだぃィイイイ?!!」

 じっとこちらを見つめるアルヴィスが口を開いた途端、目の前で突如、ラプンツェルが絶叫をかました。

「なんだぃガキィイイ?! 人をその気にさせといて何やってんだい?! 早くやるよぉォオオオオ!!」

 ゆらり、俺の中でまた何かドス黒い物が波打つけど、もう平気だ。
 力強く腕を掴む、アルヴィスの手のひらを感じるから。

「……悪いねー、オネーサン」

 俺はニッコリ笑って、ひらりと手を振った。

「やっぱルールは守んなきゃ、ね?ってワケで俺退散しまーす、また後でどうぞよろしく」

 最後にオマケとばかりにハートマーク、うんやっぱり俺ってピエロが上手い。
 目の前で唖然としたままこめかみあたりをピクピクさせる、その顔はわりかし面白かったが俺はとっとと踵を返して歩き出した。相手が我に返る前に戻りたい。

 予想通り、数秒したところで背後から絶叫とも咆哮ともつかないドスのきいた声が追っかけてきたが、俺は綺麗に無視した。それは隣のアルヴィスも同様だった。
 未だ俺の腕を掴んだまま、で。

「……なー、アルヴィス」
「……なんだ」
「さんくす」
「……何の話だ」

 俺は隣を見る。アルヴィスはこちらを見ない。
 俺の腕を掴んだまままっすぐに前だけを見て歩く、その顔は人形めいていて美麗だ。その内心は、未だに読めない。
 思わず歪みかけた口元を、なんとかとどめる。メルの元に近づきつつある今、メンバーに俺の表情はまるわかりだろうから。
 現にこっちからギンタの驚き顔やらナナシの険しい顔やらドロシーの真顔から色々見えるし。え、待てナナシなんで怒ってんの?え?

「……シー」

 首を回す。
 真横、同じ歩幅で歩くアルヴィスが、その青い目をこちらに向けていた。
 視線が交錯する。
 青い、真っ直ぐな瞳。


「……オレは、お前に、いつまでもお前のままでいて欲しい」


△▼



 どうやってメルの元に帰ったのか、そこからいまいち記憶が無い。
 声を掛けてきたギンタやジャックをなだめたような気はするのだけれど、果たしてその記憶が正しいのかどうかも覚えがない。多分そうだと思うんだけど。
 俺の頭を占めていたのは、ただひとつだけ。


『……オレは、お前に、いつまでもお前のままでいて欲しい』


 ねえ、やめてよ、アルヴィス。
 だって俺は、こんなにも。

 そう、こんなにも今の自分から、それこそ死ぬほど変わりたいと思っているんだから。
 ねえ。


- ナノ -