指切りしよう、約束のために
「あらら。あのババァのってこないや。つまんないの!」
「へえ、そりゃ俺としては幸運かな。おかげで俺が相手できる」
「あら、シー」
くるり、肩に顎をのせた俺を振り返って、ドロシーがにこりと笑う。
「何なら私が2回出てもいーんだよ?」
「じょーだん。こんなチャンスめったにな――」
「シー、ドロシー」
ドロシーの肩に顎をのっけたまま(身長差的にこれが意外と辛い)喋っていれば、ギンタが後ろから近づいてきた。
その顔の真剣さに、俺は自然と体に力が入るのを感じる。
なにか。なんだろうか、良くない予感がした。
すごく、なんというか――自分の根本をえぐられる、ような。そんな。
同じようなことを思っているのかいないのか、一瞬顔をこわばらせたドロシーは、だが次の瞬間にはニッコリ笑った。「なあに?ギンタン」と可愛く小首を傾けるオプション付きで。
ギンタは、緊張したような面持ちで、けれど、はっきり言葉を発した。
「2人とも……チェスでも、殺しちゃダメだ!」
その時、俺の足元がふらついたのは、多分、気の所為ではなかった。
△▼
「オレ、2人が人殺しするところなんて、見たくねぇ」
懇願するように、でもきっぱりと言い放つギンタは、紛れもなく真剣だった。
あんなに、宴会やら修業やら、普段はネジ取れてるんじゃないかと思うくらいバカやったり抜けてたり、底抜けに明るく騒いでいるのに――今、その金色の目に浮かぶのは射るような光だった。
光――鋭く、真っ直ぐな瞳だ。俺にはない。
胸を押さえなかっただけ上等だった。
肺が痛い。息が吸えない。
だって――だって、その言葉は、あまりにも。
「よし!」
ドロシーが、勢いのある掛け声とともに、隣で一歩前に出た。
「約束する!」
俺は、まだ喉が塞いでいた。
2人が――黒と金の瞳が、俺を見る。
「……シーは?」
ギンタがためらいがちに口を開いた。その横で、ドロシーが複雑そうな表情をしている。
見なくてもわかった。
アルヴィス、そしておそらくナナシとジャックも、俺のことを見つめている。
俺が、何と答えるかを。
『……ボクといっしょに、この愚かな世界を浄化しないかい?』
手のひらに、視線を落とす。
あの日誘われた右手を――鉄格子の向こうから伸ばされた手を、俺は確かに振り切った。
けれどそれは決して、俺の中に純粋な感情があったから、なわけではない。
同族嫌悪。
多分、ソレだ。
シー。
耳に届かなくても、そう呼ばれたのがわかった気がした。
6年前に出会い、そして、全てを変えた青い瞳。
青い髪の少年が、呼んでいる。
多分、アルヴィスとおっさんと、あともしかしたらナナシとドロシーも、俺の気質に気が付いている。
人として確実にどこか間違っている――言うなら、残忍なチェスに似た己の欲望と性質に。
殺したい。
手にかけたい。
血と悲鳴を、聞きたい。
ぎゅっと、目をつぶった。
握った手のひらに食い込む爪の感触に、息を吸い込む。
戻れるだろうか。
俺はまだ、こちら側に、このメルという居場所に――残れるだろうか。
「……ギンタ」
困ったような、というより心配そうな表情を浮かべた彼に、俺は意識して口角をつり上げた。
いつもの――いつもの、笑みを。普段となんら変わりない、顔を。
「俺は見てのとーり適当だし、わりと雑だから絶対とは言えないけど……でも、善処するよ」
「それ、って……」
「にっぶいなあ」
俺は、にこりと笑う。
足を踏み出しながら、立てた小指を差し出した。
「――約束、するよ。ギンタ」
途端、ギンタは、花が咲いたようにぱっと笑った。
この時、気付いていれば良かったんだ。
戻る戻らないなんて話ではなく、俺には、残される権利すらとっくにないこと、なんて。