お願いだから離さないで
「相手はあの男か……スノウの仇でも取らせてもらうか」
ふ、と笑うアルヴィスは誰がどう見てもイケメンだ。
だが次の瞬間、その表情を見事に真顔へと変えて、美少年はピースを作ると俺らに振った。非情なまでにはっきりと。
「じゃんけんにも勝ったことだしな」
「なんで一発で決まるんだよっ!」
「お前ら全員『パー』だからだ」
「俺はグーだよ?」
「幻覚でいまさら取り繕うのはやめろ、シー」
怒られましたシティレイアくんです。今更気付いたけどここくっそ寒いな。なんなんだこれ。
「では……某が1番手を任されるぞよ」
出てきたのは以前スノウ姫を沈めたあのフック(名前忘れた)。
「残念だなあ」
「へ、何がだ?シー」
「ん、あー、いや」
またもうっかり口に出ていたらしい。俺はにっこり笑ってギンタの不思議そうな視線をやり過ごした。
多分あいつ、一瞬で終わるよ。
俺は今度こそ呟きを内心にとどめ、フィールドに向き直った。
△▼
ここで驚いた事がひとつ、どうやら相手の名前はMr.フックだったらしい。俺の適当なアダ名はあながちまちがってなかったわけだ。
まあそんなことどうでもいい。それより大事なのは、今目の前でアルヴィスがめちゃくちゃ良い笑顔してるってことだ。
「じゃあ……俺と同じだな。いっしょにチェスを倒すぞ!」
メルヘヴンが好きか、という問いに一切の躊躇いなく答えたギンタに、アルヴィスはそう言って笑った。すごく、すごく良い表情で。
ああ、綺麗だな。男の俺でもそう思うよ。
とても、とてもきれいな青の瞳。
「シーちゃん?」
「ん、何ナナシ」
「や、大丈夫? フラついとるけど」
「……ええ?」
わけがわからず足元を見れば、確かに俺の体は後ろに傾いていた。ナナシが背中を支えてくれなければ、たぶんよろめいていただろう。
「あー、アルヴィスがかっこよすぎる所為だな」
「お前は何を言っている」
ジト目が帰ってきた。ツライデス。
そのままこちらに背を向けるクロスガードのエンブレムを、俺は意味もなくただぼんやりと眺めた。
「……シーちゃん」
「んー?」
「ほんまに大丈夫?」
ぽす、と頭が硬いものに当たった。
あれ?と顔を上げれば、頭上を覆うのはナナシの顔。
「……ん?」
「力、抜けとるで」
バンダナの下、金色の目が心配そうに見つめている。え、誰を。
俺を?
「あ、れ……」
やっぱりわけがわからず首をかしげた俺の背後、体を支える、というよりもはや抱きしめているに近いナナシがなぜか表情を曇らせる。
一方の俺は、なぜか足に力が入らない。妙におぼつかない足元を俺はきょとんとしながら見下ろした。
まるで自分の身体が自分の物じゃないみたいだ。なんだそれ。自分で思っときながら意味不明すぎる。
「……シーちゃん、」
「ん、あ、ごめナナシ、なんか俺、」
「無理しんでええんやよ」
ぎゅう、と肩を包む、優しいぬくもり。
驚きに硬直した俺の真横、耳元に顔を近づけささやくナナシの気配を直に感じた。
「シーちゃんは、シーちゃんのまんまでええんや」
凍りつく俺の耳元、ナナシの低い声が響く。
「……どんなシーちゃんでも、自分が支えたるから」
ふ、と耳をくすぐる吐息に、俺は無意識に震えていた。
△▼
「……あかんな、そろそろアルちゃんに怒られるわ」
ふわり。苦笑とともに、遠ざかる温度。
「! まっ、」
「え?」
とっさに手を伸ばした先で、ナナシが目を丸くする。
動いておきながら俺にもわけがわからない。わからなかった。さっきからわからないことだらけだ。
違う、さっきからだけじゃない。もうずっとだ。このウォーゲームが始まって以来、そう、ずっと。ただ思うのは、
この温もりに、もう少しだけ縋れたなら。
胸の奥、そして喉元へとこみ上げる熱を感じながら、俺がナナシの首元に手をかけた、その時――。
胃の底に響く、鈍い音がした。
「……運が無いねぇ、Mr.フック!! ギャハハハハ!!!」