夢の世界に溺れる | ナノ
さよなら2ndバトル
「俺は、オルコ! おまえを、ぶっ倒すっ!」
「わー頭わるそう」

 バッサリ切り捨てるシーに、あきらかに怒りを募らせるチェスの男。遠目で見ていたナナシ達一同は、そろって苦笑した。
 ちなみに球体越しに観戦していたアルヴィスが「お前が言えることじゃないだろう」と呟いていたのは、ベルしか知らない。

「なんだとぉ! お前、ぶっ殺す!」
「やだなー、俺肉弾戦きらいなんだよねぇ」
「えっ、そうなん?」

 にこにこしながら紡がれたシーの言葉に、ナナシは思わずバンダナの下で目を見開いた。

「……それ、あかんくない?」
「たしかにシーって体細いよね、あの相手の人、めっちゃ大きいよ……」
「てゆーか、あのチェス自分が殺したはずなんやけどなあ……」
「え?」
「や、なんでも」

 ヴェストリの地底湖で葬ったはずだったのだが、運が良いのか生きていたらしい。
 しまったなあ、とナナシはため息をつき、怪訝そうな目でこちらを見上げるスノウには笑ってごまかした。

「ファントム様に、助けてもらった命!! 絶対お前を殺す! メル全員ぶっ殺す!」
「いやあ怖いなー」

 ポズンの宣言があってからも一向に動かないシーにしびれを切らしたのか、次の瞬間、オルコが先に動きを見せた。

「殺す!!!」

 ドン、と砂漠にも関わらず勢いよく地を蹴り、一気にシーの目前まで飛び出したオルコに、見ていたナナシ達は息を呑んだ。

「早いでえ! ヴェストリの時より動きが上がってる!」
「シー!!」

 球体に浮かんだ光景に、レギンレイヴで観戦していた民衆も騒ぎ出した。

「おいおいやべえぞ!」
「あんな馬鹿でかい腕で殴られたら……!」
「アル……」

 焦燥に満ちた声が飛び交う中、小さな妖精は傍らの少年を心配そうに見上げる。
 この6年間、ずっと一緒にいた。アルヴィスが彼のことを密かに気に掛けていたのなんて、ずっと前からよく知っている。
 だが、アルヴィスはその青い瞳で、ただまっすぐに球体を見つめていた。

「大丈夫だ、ベル」

 呟き、アルヴィスは肩に乗るベルを撫でる。

「……シーの奴、笑っていた」

△▼


「さあて」

 城の奥。足を組み、映像を眺めるファントムは静かに微笑む。

「いったい、何を見せてくれるのかな?シー」


「うおおぉおお!!」
 雄叫びと共に、オルコの棍棒のような腕がシーのもとに迫る。
 だが対峙するシーは、前髪を揺らしながらその場に立ち尽くしたまま、で。

「シー!!」

 なんで避けんのや、とナナシが思わず叫んだ瞬間、オルコの拳がめり込み、シーがいた地点に大きな砂煙が舞い上がった。

△▼


「……シー……」
「う、そ……」
「さすがにアレを喰らったら……まともな状態ではいられないでしょうね」

 呆然とするナナシの横で、ドロシーが無表情のまま淡々と告げる。
 スノウは信じられないという顔で、ぱっと口に手をあてた。

 砂煙がおさまり、ゆっくりともやが晴れてゆく。
 その中、満足げに笑ったオルコは、無残な姿に成り果てているであろうシーのもとへと歩み出し、
 そして、


「……あ、あれ?」

 ぽかん、と口を開いた。

「……あ、れ?」
 スノウも驚きの声をあげる。

「……誰も、いない……」

 驚愕に固まる面々を前に、


「さーて、ホントの俺はどこでしょーか?」


 突如響き渡る、楽しげな声。

「!お、おまえっ、」
「ざんねーん、そっちはニセモノでしたーっ。……てね」

 首を回したオルコの頭上、背中に翼を生やし浮かび上がるは、1人の少年。

「シー!!」
「あ、アーム?!嘘でしょ、いつの間に発動を……」
「よかった!無事だったんだ!」

 三者三様の反応を示すメルににっこりと笑顔を向け、シーは背中の翼をはためかすと再びオルコへ向き直った。

「さーてでくのぼう、俺にその拳がとどくかな?」
「なっ……」

 明らかな挑発に、オルコの顔色が一気に変わる。

「ころす!!!」

 叫んだオルコは振り上げた右腕を、その足元にドスッ、と叩きつけた。

 途端、噴き上がる砂の塊。
 オルコの強力な一撃により砂の壁と化したそれは、いとも容易く空中に停止するシーへ直撃した。

「シー!!」

 再び叫び出すナナシ達に、

「だからそっちもニセモノだって」

 再度、響き渡る軽やかな声。
 唖然とする一同を前に、離れた地点に現れたシーは、おかしそうに笑うと手を振った。

「「「さて、どの俺が本物でしょーか?」」」
「なあっ……」

 あたりを見渡し、呆然とするオルコ。砂の晴れたその周りには、

 浮かび上がる、いく人もの少年の姿。


「俺、肉弾戦は嫌いって言ったっしょー?」
「だからアーム使って目くらましするんだあ」
「これなら俺は体張らなくていいしい」
「覚えておいてね、俺は幻覚使うの大好きな……」

 ふわふわと浮かび上がる無数の同じ少年に、オルコはただ呆然と見上げるしかない。


「「「シティレイア、つうしょーシーちゃんでーす」」」」


 次の瞬間、一陣の赤が砂漠を染めた。

△▼


「あっはー」
 呟き、シーは姿を現す。今の今まで、幻覚で姿はくらましていた。
 空を飛んでいたのも全て幻覚だ。翼の生えるアームは持っていない。できたら欲しいが。

「ごめんねえ、でも痛くないようにしたからさ」

 口角を上げ、シーは優しく微笑む。
 その足元には、胸元を貫かれ即死したオルコの死体。
 鮮血に染まった刃先をぺろりと舐め上げ、シーは愉快そうに小さく笑った。

「……ダメだなー、俺」

 喉を上る鉄の香り、どくどくと溢れ出す血液、手を染める鮮やかな赤色。

「……やーっぱり、好きなんだよなあ」

 殺しに快楽を覚えるとか。これじゃあ、チェスと変わんない、よなあ。


「……幻覚、ね」

 一部始終を見ていたファントムはくすり、笑った。身を乗り出し、その顔を眺める。
 黒い瞳孔にわずかながら狂気の片鱗を覗かせる、彼の輝くその瞳を。

「ペタ」
「なんでしょうか」
「ボク、シーと戦いたいなあ」
「……今、ですか?」
「うん、できれば近いうちに♪」

 自由奔放な上司の言葉に、ペタは天井を仰ぎ、はあ、とため息をついた。


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