藍色、けぶる銃声
「クローム髑髏」
端的な呼び声に、凪は黒髪を揺らすと振り返った。目に映るのは、藍色の目を細めて笑う、見慣れた黒髪の青年。
「……夜無月」
「よ」
ずいぶん簡潔に挨拶を済ませると、彼はこちらに右手を伸ばした。
「今から空いてる?」
ひょい、と何の気なしに凪の頭に触れる右手。
凪は無表情に彼を見返し、何、と小さく訪ねた。
「髪の毛。ちょっと跳ねてたから」
ほら直った、と彼はまた無邪気に笑い手を放す。
「で、空いてる?」
「空いてる……けど」
「ちょっと付き合ってくれない?」
「……え」
「ツナに買い物頼まれたんだけどさ、俺料理しないから食材とかよくわかんないし。クロームが手伝ってくれるとありがたいんだけど」
にっ、と笑う夜無月の顔のどこにも他意はない。純粋に、手を貸してくれると有難いな、という伺いの色。
彼らしいといえば彼らしいそれに、凪は喜び半分がっかり半分で頷いた。もちろん表面にはおくびにも出さない。
「……うん、いいよ」
「やった、んじゃよろしく」
なんならこっそりアイスでも買おうぜ、そう言う彼の目は小さな秘密作りに子供のように輝いていて。
どこまでも無邪気な夜無月の姿に、後ろをついていく凪が密かにため息をついたことなど、彼は知らない。
***「……思えば、こんなにゆっくりすんの久しぶりかも」
向かいの席、目を細めて猫みたいにのびをする、彼の姿はやっぱり幼い。これで自分より年上ってどういうことだろう、と凪は内心で考えた。
やわらかな日光の射し込む、窓ぎわの席で2人。
ほどよいざわめきに包まれている小さなカフェで、凪と夜無月は買い物後のゆったりとした休息を過ごしていた。
「……最近、そんな忙しかったの」
ストローから口を放し、凪は静かにたずねた。
「ん、まーなー」
んんー、と緊張感の欠片も無い態度で彼は体をぐぐっと伸ばす。
「あのくそ教師がなかなかゴケッコウな任務任せてくるからさあ」
「……え、教師?」
「ああ、リボーンのことだよ」
まあ今はツナのかてきょーだけど、と彼は伸ばしていた体を席に戻す。
「夜無月の、家庭教師だったの……?」
「そうだよ。遠い昔だけどね」
夜無月は懐かしそうな目をすると、ぱくっとストローの先をくわえた。
ずるずる、と安いシェイクをすする夜無月の顔を眺めながら、凪はそっと息を吐く。
夜無月の素性は、誰も知らない。
ボンゴレ主要メンバーのほとんどがボスと中学以来の縁者なのに対し、彼は数年前、ふらりとアジトに現れた。
突如現れた彼は当然警戒の対象。常日頃から闘争の火種をくすぶらせている雲の守護者などにとっては、それはもう格好の餌食であった。
が、
『こいつは俺がスカウトしたんだ』
トンファーと匣の数々、それから数多の武器の全てを弾き飛ばし、平然とそう言ったリボーン。
彼の一言も決め手であったが、夜無月の登場に狼狽していたボスが突然、「彼をボンゴレに入れよう」と宣言したことから、夜無月はボンゴレファミリーの一員となった。
肩書きの無い、しかし守護者並みの権威とそれに見合うだけの実力を持って。
「……夜無月」
「ん、なにクローム」
そっと上目に凪は夜無月を見て、名前を控えめに呼んだ。
そんな凪の雰囲気に気が付いているのかいないのか、のんびりした様子で夜無月は窓の外に視線をやりながらあいもかわらずシェイクをすする。
その横顔は年相応に鋭く艶があり、凪はごくん、と息を呑み込んだ。
凪は夜無月がすきだ。
ひとことでまとめるなら、その言葉になる。もっとも、
すき、
という感情は凪にとって未知の物であり、掴みにくい単語であったが。
だから、凪にはいまいちわからない。
これが好き、なのか、
それとも違う、のか。
けれどいつからか夜無月の事を骸とは違った意味で気にかける自分がいて、彼とこうして出かけられることを嬉しく思い、
その反面、おそらく彼がなんとも思っていないであろうことに多少寂しく思う、
たぶん、これは、
「凪ッ!!」
え。
突然の叫び声に、凪は凍り付いた。
途端、ひしひしと全身に感じる、
殺気。
うそ。
弾かれたように顔を上げ気配の出どころを探ろうとした凪の視界に、
目を大きく見開きこちらに手を伸ばす、夜無月の姿が鮮明に映った。
え。
肩を勢いよく突き飛ばされ、椅子から転がり落ちながら。
呆然とする凪の目に最後までハッキリと焼き付いたのは、
諦めたように笑う、夜無月の瞳の藍色だった。
きれいな色。
骸様に似ているけど異なるあの色が、多分自分が惹かれてしまう理由なんだろうな。
どこか遠くで、鈍い重音が聞こえた。