Hello,again.My hero,here.
 絶体絶命って、体も命も絶えるからああいう漢字書くんだっけ。確か。
 恭弥の国に行った時に学んだ。あいつを育て上げたあの国は、本当に面白くて不可思議で、自分にはちょっと理解しかねる。
 まあ、そんな恭弥ソックリなとこも好きなんだけど。

「だとしたら、」
 ペッ、と傍らに血を吐いて、夜無月はくっと口角を上げる。

「まだ、絶えてはない、よなッ!」

 右肩掠めて刃が飛ぶ。おっと危ない、普通に死ぬかと。
 チッと舌打ち混じりに身をかがめる。途端に頭上を赤い炎が飛んでいった。

 危なかったと切実に思う。今のは内心冷や汗モノだった。
 やめろまだ分解されたくはない、と夜無月は真剣に思う。死に方なんて山ほどあるが、ミクロ単位で細切れにされるなんてゴメンだ。嵐の炎を真っ向から受けた事なんて無いから、本当にそうなるのかは知らないが。

「こらこら、殺してはダメだよ。彼が死んでしまえば今までの全てが水の泡だ」

 ぐいっと口元を拭い、夜無月は声の聞こえる方へと目を向けた。周囲を囲む群れ、群れ、群れ、その向こう――胸糞悪い笑みを浮かべた顔が、その切れ目にチラッと見える。
 最悪だ。これは頂けない。非常に不味い。

「――まあ、致命傷にならない程度なら、いくらでもかまわないが」

 ひやり。細めた目のそこに、確かな本性を垣間見た。
 夜無月はもう一度舌打ちをする。ただし音は出なかった。

 ――コイツ、本気だ。

 ポタリ、音がした気がした。はっと下を向く。
 ぽたん。血だ。血が、足元で夥しく広がっていく。浸していく。
 まるで自分を呑み込むように。流れ出る生命力を具現化するかのように。

『――夜無月、お前は察し良いから多分自分で気付いてるとは思うが、そのバカみたいな回復力は別に無限じゃねぇ。ただの前借りだ』
『前借り?おや、シャマルにしちゃ例えが適格だねぇ』
『喧嘩売ってんのかクソボーズ』

 はっ、と浅い息を吐く。目を閉じ、そのまま右足を引いた。コンマ何秒かの動き。

『検査結果が良い例だ。多分次の任務あたりでガタがくる』
『大丈夫。リボーンとも「そこまで」だっていう契約は交わし済み』
『……その「そこまで」っつー限界を無理やり引き延ばしてんのはどこの誰だ?あぁ?』

 途端、足元を掠める圧力を感じた。眼裏に緑の光が走る。
 口元が歪む。馬鹿め。同じ雷で勝てると思ってんのか。
 ほんのコンマ何秒か前、避けてなければ直撃だった。だった、が、生憎自分はそこまで勘も頭もやられちゃいない。

『ヤダなー、何の話かオレ、全然皆目見当つかない』
『……カワイこぶんのはやめろ。それ許されるのは美人のねーちゃんだけだ』
『残念だったな、にーちゃんで』
『……別に残念じゃねぇが』
『うん?』

 地を蹴る。目は開けない。
 肩から流れる血も痛む傷口も、切れない痛覚も全て遠くに追いやる。
 思考は放棄する。考えてはだめだ。間に合わない。
 「そこまで」が近い自分の体で、この人数を相手にしていたらほぼ確実に堕ちる。

 だから。

『……次が、最後だ』
『……へぇ』
『その馬鹿みてぇな前借りが通用する、本気で本当に最後の期限』

 閉じた世界に、次々と光だけが入り乱れる。敵の武器と炎の光、瞼の裏で弾けるそれらをギリでかわしてかいくぐって、ただ狙う1人の元へと床を蹴る。
 神なんて信じない。生まれついた時から自分は全てに見放されていた。だから。

『――制限時間<タイムリミット>だ。夜無月』

 ――最後に信じるのは、己のみ。


「9代目!」「コイツっ、」「お逃げくだ」
 叫ぶ声すら遠い。口端をつり上げる。
 遅い。もう手遅れだ。獣は手負いの方が手強い。知らなかったか?
 右手を伸ばす。手の甲で緑の光が弾ける感覚。皮膚が熱くなる。

 閉じた世界で尚、夜無月にはわかっていた。あと一歩。
 踏み込んだ先に「奴」はいる。全ての元凶、ディーノを嵌めて捕らえ、ボンゴレをその手にかけようとしている悪魔の手先。ルモーレファミリー9代目。
 だが、

「さよなら、」

 これで。
 伸ばした指先が、肌を捉える。男の首、人間の急所。その1つ。

「――終わりだ!!」

 藍色の目を、開けた。






 全てが凍ったのだと、半ば本気でそう思った。思い込んだ。
 思い込むレベルには――そう、

「……理解が出来ない、という顔だね」

 息を呑む。
 ヒュッ、と喉で音が鳴った。足先から力が抜ける。

「しかし、驚いたよ。一瞬本気で殺られると思った。君にそこまでの余力があったとはね」

 右手は男の首を捉えていた。正確に、1ミリの狂いもなく。
 だがその手の甲は発光していない。血の滴るその皮膚に、緑の光は宿っていない。
 は、と自分の口から乾いた声が漏れた。まるで自分のものではないかのような、声が。

「だが残念だった……実に惜しい。君は自身の制限時間を見誤った」

 ニタリ。笑んだ口先が自分の伸ばした手の上にあった。無意識に体が震える。
 くらり、目まいがした。痛い。
 痛いほどに、目が眩む。視界が歪んだ。

「元々君は超人的な回復力と、痛覚諸々の感覚を操ることで自分の限界を超えてきた。……しかし、君も人間だ。そこは本質的に変わらない」

 なにを、言っている?
 カタカタと全身が震え出した。止めようとしても抑えがきかない。ずるり、男の首を掴む手から力が抜けていく。

 にんげん。
 散々化け物扱いされておいて、今更。ここで。まさか。

『制限時間<タイムリミット>だ。――夜無月』

 この、悪魔を追い詰める寸前で、――自分は。

「取り引きと言ったね、……夜無月君」

 うっすら、男が笑う。崩れ落ちていく夜無月を見下ろし、高圧的に。
 完全な――勝者の瞳で。

「しかしハナから、ここには一方的な提示しかない」
「っ……」

 唇を噛む。目をキツく閉じ、夜無月は痙攣する指先をぎゅっと握り込んだ。
 耳鳴りがする。頭が、いや全身が痛んだ。強烈な血の匂い。

 ――死の気配。

「さて、」
 グイッ、と襟元を引き上げられる。鋭く走った痛みに、夜無月は小さく咳込んだ。
 何とか、目を開ける。霞んだ視界に、薄く笑んだあの冷ややかな目が映った気がした。

「改めまして、――こんにちは、夜無月君。そして、」

 安心してくれて大丈夫。
 耳元で、男が囁く。

「君の優秀な守護者達は、私の娘が相手をしてくれているし、……ディーノ氏には苦痛なき最期を約束しよう。間違いなく」

 水に沈んでいくようだった意識が、その瞬間にカッと覚醒した。
 コイツ。何を。
 とっさに片手を上げる。もう動かないと思っていた右手が、確かに上がった。

「!9代目、」
 ふざけんな。ふざけんな、ふざけんな、
 一瞬で全身が冷えた。煮えたぎるような脳内とは真逆に、体だけが冷静に、そして瞬時に動く。
 こいつは、必ず、



「あっれ」



 ドスッ。



 襟元が、急に解放された。
 グラリ、体が重力に従って、後ろに落ちる。

 落ちながら、見た。
 傾いていく視界で、でも確かに、



「正義のヒーロー、登場?」



 苦笑気味に鞭をかまえる、あの金髪を。


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