その鍵はまだ開かぬまま
「通行禁止……?!」
「扉に南京錠が掛かっていましてねえ」
「ハ?……南京錠?!」

 舐めてんのかテメェ、と凄む獄寺へ肩をすくめ、骸は珍しく苛立ちの混じる口調で言葉を紡いだ。

「なら君がどうにかすればいいでしょう。常に攻撃の核となる、怒涛の嵐」
「あぁ?!」
「待って、嵐の人……違う、壊れないの、何しても……」

 暗に挑発を含んだ骸の言葉に、殺気立った獄寺が前へ出る。
 だが2人がぶつかるその寸前に、ぱっと割り込んだ小柄な体が止めにかかった。

「……んだと?」
「そこの彼女の言う通りだよ。この南京錠、ただの錠じゃない」
「どういうことだ?」

 殺気立つ骸と獄寺を止めもせず、ただ傍観していた雲雀が口を開く。
 眉をひそめ問う山本に、雲雀はすっと指をさした。
 暗闇に浮かび上がる、両開きの扉の中央。
 ――黒い錆を浮かせて鎮座する、南京錠を。

「試してみたらいい、山本武」
「……ただの南京錠に見えっけど」
「ダメ、壊れないの……どうしてか、わからない」

 平然としているように見せかけて、実は雲雀も相当苛立ちを募らせているようだ。淡々とした口調とは裏腹に、皮肉っぽい響きがそこにはある。

「……どけ」

 唸るように獄寺が言い、骸を押し退け前に出る。
 おや、と薄ら笑いを浮かべた骸に構うことなく、獄寺はそのままダイナマイトを取り出した。
 だがその導火線が燃えるより早く、ぱしっと雲雀がその腕を掴む。

「……んだよヒバリ。止める気か?」
「当然。君、何考えてるの?こんな場所でソレ爆破させるつもりかい?」
「他にどうすんだよ」

 獄寺が乱雑に掴まれた腕を振り払う。雲雀はよろめきもしなかったが、手を振り払われ不快そうに眉を寄せた。良くない兆候だ。

「僕とそこの南国頭でも壊れなかったんだ。君のそれごときでどうにかなるとでも?」
「ああ?それごときってなんだよ!」
「ちょっ、待てって2人とも」

 今いがみ合ってる場合じゃねえだろ、と慌てて山本が仲裁に入るが、血の気の多い2人が聞くはずもない。
 その場の空気をぴりっと痺れさせるような圧力に、クロームは青ざめた。一方、骸は平然とした顔で腕を組む。どうやら完全に部外者のつもりらしい。

「ヒバリ、てめぇ文句があんなら、」
「黙れ」
「ああ?!」
「獄寺!」「雲の人っ、」
「「違う」」

 掴みかからんばかりの獄寺に、雲雀が鋭い目付きで冷たく端的に言い放つ。
慌てて山本が獄寺を抑え、クロームが蒼白な顔で雲雀を見た。いくらなんでもあんまりすぎる。予想を超える雲雀の暴言に、彼女の目がそう言いたげに瞬いた。
 だが、それに答えた言葉は更に短く予想外であり、

「……六道骸。僕の言葉に声被せないでくれる」
「おやおや、君こそ僕のセリフを取らないで頂きたい」

 ぎろり、剣呑に雲雀が睨む。その先、腕を組んだままの骸は、薄ら笑いを浮かべ肩をすくめた。

「……"違う"?」

 2人が同時に言い放った言葉に、山本がクエスチョンマークを浮かべて問う。

「そう」
 骸が下がったのをちらりと見やり、雲雀は鼻でも鳴らしそうな顔付きで吐き捨てた。
 その斜め後ろ――守護者5人の背後にわだかまる、何もない暗闇に向けて。


「気付いてないとでも思ったの?……出ておいでよ」



一瞬、空気が凍った。



「……あらあら。ボンゴレ最強の名は伊達じゃなかったようね」

 な、と山本が小さく漏らす。ダイナマイトをかざしたままの獄寺の腕が、ピクリと痙攣した。

「失敬な。僕も気付いていたんですがね」
「上手く気配は隠してたつもりだったのだけれど」

 ぼやいた骸に綺麗に被せ、コツリ、薄闇にヒールが光る。

「……テメェ」
「あなたは、……ボスの写真で見た、」
「あら、自己紹介は不要かしら」

 くすり。微笑み、「女」は言う。
 ゆらりと揺れる黒い長髪、体のラインを強調するようなピタリとしたドレスワンピ、すらりとした手足に黒のハイヒール――。

 そして。


「このルモーレファミリー、9代目の嫡出子……そして、キャッバローネファミリー10代目の婚約相手、とでも名乗らせてもらいましょうか」


 薄く笑ったその腕の中、ピクリともしないディーノを抱え込んで。


- ナノ -