See you,again! 次会えるまで
足を引きずる。舌打ちをして、扉に掛かった南京錠を握り込んだ。
「……このご時世に南京錠かよ」
吐き捨てた口元から、ぽとり、またも血が糸を引く。
チッともう一度舌打ちをして、夜無月は手のひらに力を込めた。
その手の甲に刻まれた術印が妖しく光り、無残な音とともに南京錠が砕け散る。
ほぼ全ての部屋を通った。1階から最上階へ、そして地下階段を駆け降りこの最下層まで。
全ての部屋を通った――つまり、全ての部屋を破壊した。
唇をうっすらつり上げる。自嘲。
もう何年も前から変わらないことだ。ボンゴレに来る前は、頼まれたファミリーの壊滅に協力することで生計を立てていたのだから。あるいは、自分ひとりで乗り込み侵入、そしてやっぱり、壊滅。
どこにも所属するつもりはなかったし、受け入れてくれる場所があるとも思えなかった。
『……久しぶりだな、夜無。相変わらず暴れてるみてぇじゃねえか』
『あっれー……痕跡残したつもりは、今のところないんだけどなあ』
『俺を甘く見んなよ。ところでお前、』
ボンゴレに、来る気はねーか?
そう誘われ、あそこへ出向くまでは。
「……やっだなー」
呟き、鉄屑と化した南京錠を手から放す。パラパラと音を立て、破片は床に落ちていった。
「……終わりが近いと感傷的になる、ってのは本当かなあ」
嫌だ嫌だ。
わざとらしく体を震わせて、夜無月は扉に手を掛ける。
一夜漬けの情報収集で、手に入れられた内部の地図は数年前の物――それが現在も同じかどうかは上階の様子からして微妙なところであったが、その紙面によればこの向こうは小部屋の集まりだった。
小部屋、つまるところ、監禁部屋。ざっくり言えば地下牢。現代的に改装されているだけで、マフィアの実態などそんなものだ。
「……ディーノ」
呟き、夜無月は薄暗い中へ一歩踏み込む。
その後ろ――延々と続く線上の血液だけが、彼の怪我の様子を物語っていた。
***「……凄いね。これは」
「感心している場合ですか?雲雀恭弥」
部屋の中央で足を止め、あたりを眺める雲雀を振り仰ぎ、骸は小さく息を吐いた。
元は客間か何かであったのだろうそこは、いまやガラス片と血液、壁を窪ませる打撲痕に折り重なる肢体、とそれは悲惨な状態にあった。
客間だと判断できたのは、雲雀が手にしていた内部構造の資料があったからだ。でなければどこの部屋も違いなど欠片もわからなかっただろう。今まで通ってきた部屋と通路が、全てこんな具合だったのだから。
「彼が強いことはよく知っていたけれどね。まさかここまでとは」
「確かに夜無は強いですよ。しかし危うい」
「そこについては同感かな。ちょっと危うげなぐらいが可愛げがあって好みだけどね」
「ほう……珍しく意見が一致しましたね」
「骸様!雲の人!これ……」
状況を完全に忘れたかのようなやり取りが交わされる前、一足早く客間を通り抜けていたクロームが悲鳴に近い声をあげる。
何事かと駆け寄った2人の前で、彼女は大きく目を開き、廊下の真ん中を指さした。
「これ、って……」
「……なるほど」
「猶予は無いようだね」
広々とした廊下の真ん中、跳ね上げられた床板の下――延々と続く地下階段を眺め、雲雀は懐から匣を取り出す。
それは骸も同じであり、また横に並ぶクロームも同様だった。
3人の間に、一瞬無言の緊迫感が流れる。
それは隠されていたのであろう、薄気味悪い暗さを漂わせる地下階段の様子にではなく――
その上に細く長く垂れ続いている、赤く不吉な血液の痕に、だった。
「……夜無は怪我をしているようですねえ」
「彼は人間離れした回復力を持ってるんじゃないの」
「その能力はおそらくほぼ効力を失っているのでしょう。この間お会いした時、彼の身体は回復しきっていませんでした」
「……へえ。なら、なおさら問題だね」
「夜無月……」
息を呑むクロームの前で、雲雀がチャキリとトンファーを握り直した。
「行くよ。足手まといは容赦なく置いていくからね」
「クハッ、それはこちらのセリフです」
「……助ける。絶対に」
三者三様、それぞれが思い思いの言葉を口にし、
全員が一斉に階段を駆け下りた。
*** 踏み込んだ瞬間――嫌な悪寒が全身をかけ巡った。
なんだ。
ただでさえ出血多量で傾く体を両腕で押さえる。鋭い痛みは目を閉じて意識の外に追いやって、夜無月は大きく息を吸った。
ゾクゾクする――嫌な予感だ。
まずい。
頭の中で警鐘が鳴り響く。同時に、やられた、と絶望的な感覚が告げた。
この、扉――ここが、おそらく、
「……やあ。よく来たね、夜無月君」
目を開ける。息を吐く。
断続的な呼吸を、繰り返す。
「待っていたよ。……君を」
この扉、その向こう――そうだ。間違えた。
ここは、ディーノを助け出す慶祝の場などではなく――
「……そして、お休み」
おそらく、牢の底だったのだ。