もう少しだけ祈らせて
もう少し、
あともう少しだけ、保ってくれたら。
「……あとはなーんにもいらない、っつったら神様叶えてくれないかなあ」
血の滴る前髪を無造作にかきわけ、夜無月は意味もないのに苦笑した。
自分の後ろに並ぶ、死屍累々――何人殺ったかとか考えたくない。手加減して終わる段階はとっくにすぎた。最奥へ向かえば向かうほど、加減など許してくれないそれなりの連中が立ちはだかるのだから。
もうウンザリだ。身体中に響いた鈍痛にため息をつき、夜無月は軽く目を閉じる。それだけで疼いた痛みは感じなくなった。
『……なるほどな、確かに奇妙な体だ。だがそれがどーした?お前はお前だ、関係あんのか?』
小さく、笑声。
この、到底人間とは呼べない自分の身体に――しかし、あの家庭教師だけが、初対面でそう断言した。
家族から、ファミリーから見放され、気味悪がられ逃げ惑い、その果ての果てに出逢ったのだ。
あの時リボーンに出逢わなかったとしたら――多分、今ここに自分はいない。
「……だから、もう少し保ってくれないかなあ、なんて」
天井を仰ぐ。
半分以上吹っ飛んだシャンデリア。無残だ。
あの男が、自分と同じくスパルタで鍛えあげたのだというボンゴレボスに、そして同じくキャッバローネボスに、それはそれは多大な関心を抱いた。
そうして会ってみて、驚くほど2人が純で根が素直なことに――唖然とすると同時に、羨ましく思った。
まだ、穢れていない。
本人達は汚れていると思っているようだが――それは違う。
まだ、堕ちていない。堕ちるということを、知らない。
おそらく彼らはしないのだ。
自分のファミリーから異常体質を持つ子供が現れても、人間離れした能力を得ていても――追放などは。ましてや、抹消など。
何も恐れはしないのだろう。慈しみ愛しみ育て上げ、その卓越した力が自分のファミリーをひっくり返すのではないかなどと、そんなバカげた考えは、きっと、微塵も。
「……だから、すきだよ。綱吉、ディーノ」
2人だけでなく、2人を取り巻く、数多の人間も。
恩人の家庭教師が手をかけた、彼ら全ての存在が。
だから。
だから、どうか。
「ディーノ助け出すまで、どうか保たせて下さいカミサマ」
困った時のカミダノミ。いつか聞いた言葉を思い出す。
信じもしなかった神に、今初めて、縋るように呟いていた。
ぽたり、足元に雫が落ちる。
真っ赤なそれは、次々床に落ちては猟奇的な水たまりを作り上げる。
まるで、自らを嘲笑うように。せせら笑うように。
「……くっそ」
ズキズキ痛み出した全身に、夜無月はぐっと歯を噛みしめる。
ヤバい――痛覚が切れない。痛い。
痛いのは、まずい。感覚が、鈍る。
どうか、もう少し――。
これが最後でいいからと、
呟いた声は血の染み込んだ床へと沈んでいった。