それぞれがそれぞれの道を
「オイオイ、その身体で行くのか隼人?」
「別に大して何ともねぇよ」
「嘘つけ、オレが処方してやったとはいえ、まだそこまで薬効いちゃいねぇだろ」
「オレは行く。あのバカ追っかけなきゃ行けねーからな」

 上着をはおり煙草に火を点け、流れるように扉へと手をかけた相手の背中に、シャマルはただ呆れて肩をすくめた。
 何時間か前に、夜無月へ皮肉混じりに言った言葉が蘇る。

 ――……最近のボンゴレは平和の塊だな。

 そんなわけがない。全くもって見当外れだ。
 彼は、1人気付いていたのだから。
 ボンゴレの転覆を狙う、影の輩に。

「……オレも準備しとくかね」

 小さくため息とともに呟けば、扉を開けた獄寺が首だけで振り返った。
 夜明けの鈍い朝日に照らされて、その姿はやたら眩しく目に悪い。

「……シャマル」
「あ?なんだよ」
「……礼を言う。……世話に、なったな」

 あっけに取られたシャマルの前で、少々乱暴に閉められたドアが、思いの外大きく軋んだ。


「……礼はいーからな……」
 あの獄寺がつっかえつっかえながらも述べた、精いっぱいのお礼の言葉に苦笑し、シャマルは扉の鍵を掛け直す。
 ガチャン、硬質な音が手狭な住処に響いた。

「……間に合えよ、隼人」

 呟いたシャマルの顔は、真剣そのものだった。


***




 ガシャンッ!!

「、っとー」
 投げ込んだ先が問題だった。
 食器棚に男を吹っ飛ばした、その衝撃で戸棚のガラスがきれいに砕け散った。そこらに散乱するガラスの破片に、夜無月は最低限の防御壁を展開させて一時をしのぐ。

 しまったな。小さく呟く。

 雨のように舞い散る透明な破片の向こう、なにも気にとめていないかのように、黒いスーツの人間達がまとめて一斉に飛びかかってくる。
 ひとつ軽やかな舌打ちをして、夜無月は防御壁を張ったまま上着の内へと手を差し込んだ。

「ほんとーは使いたくなかったんだけどなあ」

 呟き、素早く手を閃かせる。
 手の平に転がるのは、緑色をした小さな匣。

 顔を上げれば、いくつもの凶器が防御壁を削り、のめりこみ貫こうとしている。
 こめかみを汗が一筋落ちた。あまり長いことは展開させていられない。開匣するレベルで体力も気力も消耗させられるのだ、この術式は。

 いつもより防御壁の持ちが良くない、そこには気がつかないフリで通す。やっぱりあまり直視したいものではない――自身の終わりが近づいているという事実は。

「――まあ残念だけどさあ、」

 周囲で猛攻を繰り広げる、ルモーレ達にうっすら笑う。


「俺、そんな簡単に死ぬつもりないんだ」


 カチリ、小さな音とともに、
 夜無月の匣から馬鹿でかい猫が飛び出した。


***



「凪」
 囁くように骸が呼ぶ。
 その張り詰めた、しかしどこか喜悦の滲む声音は、クロームにとってずいぶん久しいものだった。
「はい、骸様」
「やるべきことは、わかっていますね?」

 静かな2つの影が落ちる前、陥没し無残な姿に成り果てた、扉の残骸。

「……ここに、夜無が」
「ええ」

 うっすら笑い、隣に立つ骸は長い髪を風に揺らした。

「思った通り、他のボンゴレより早く着けたようだ……時間を無駄にはできません、今すぐ突入しましょう、」
「誰が早く着けたって?」

 2人が振り返った先には、不機嫌顔で足を進める1人の青年。

「……おや、これはこれは」
「雲の人……」
「この僕が、君達に遅れを取るとは不覚だね」

 至極ご機嫌斜めに鼻を鳴らし、雲雀恭弥は素早くトンファーを取り出した。

「ここで一戦、ですか?……この状況で、それは少しばかり、 無謀というものかと」
「何言ってんの?無謀なのは君の髪型でしょ。乗り込むんだよ、このルモーレの寝ぐらに」

 雲雀の言葉を聞き、骸はなんともいえない顔をした。しいていうなら、雲雀にお茶でも誘われたかのような、そんな気の抜けた表情を。

「……共闘、ですか?」
「はあ?僕に君達がついてくるんでしょ」
「……相変わらず自分本位な」
「文句あるなら来なくていいよ」
「残念ながら、夜無を救うと決めたもので」
「は?夜無に手を出す権利があるのは僕だけだ」
「2人とも……」

 敵陣のど真ん前で火花を散らし出す青年2人に、クロームが困りきった顔で声を掛けた。

 夜無は、私が助ける、から。

 口には出さず、そう心の内で呟いて。


***



「……キャッバローネから連絡があったよ。ディーノさんの消息が途絶えたって」
「ダメだな、あのへなちょこは。女相手だと油断したな」
「……こっちからは獄寺くんと山本、雲雀さんが行ったし、先輩は出張、ランボはここの守り。骸とクロームがいないのは、夜無月君を追っかけたと見て間違いないし……」
「……。」

 遠く離れた、ボンゴレアジトで。


「……なあ、リボーン」

 きらり、目を力強く光らせた10代目ボスが、傍らの家庭教師へ声を掛けた。

「なんだダメツナ」
「……そろそろ教えてくれてもいいだろ」
「何をだ」



「……夜無月君の、正体を」


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