副委員長、絶対絶命(下)▼ ▼ ▼
待ってください、
意味がわかりません。
わかりません、本当に意味がー
「抵抗とかしないの?」
ガシャン、
頭上の手錠が硬質に鳴る。
手錠を愉快そうに押さえ付けながら、頭上を覆った相手はひどく愉快そうに笑った。
「何?そういうの好みなの?」
「……叩き潰す」
「あはは、ごめん。もしかしてはじめて?」
繰り出した膝蹴りはあっさりと止められました。
横に目をやります、
目の前で笑う男と同じ制服が見えます、
反対に目を向けます、やはり制服が塞いでいます。
まずい、
そう判断した瞬間、吐き気がこみ上げてきました。
最悪です。
これまでも何度か、絶体絶命シーンに遭遇したことはありました。
ですが、これほど危機を感じたことはありません。
拘束された両手両足もそうですが、
何よりも、きっと、目の前で嗤う男たちの魂胆がー。
「…じゃ、まずはこのリボン、外してみよっかー」
暴力ではなく、もっと醜くゲスい、ものだから。
「…うんうん、いいよー」
吐き気。
気持ち悪さ。
「俺、唯斗ちゃんみたいな子泣かすの、最高にワクワクするんだよねー」
視界の端に転がるリボン、
ただ冷たい音を響かせる頭上の拘束具。
「でも、できれば声聞かせてくれるともっと嬉しーかなあ」
ぐいっと手荒に顎をつかまれ、顔を上へと戻されました。ベストの剥ぎとられた首元が、ひどく心もとなく感じます。
もはや頬をつたう涙は隠しようがないのはわかっていましたから、せめてもの抵抗に思いっきり睨み上げました。
「あは、いーよーその顔」
ぐ、と体の上にのる男は唇をつり顔を近づけ。
「どこまでも強気なその感じ、やっぱ俺好み」
「…し、ね」
「口が悪いよー?」
それはそれは楽しげに、シャツの胸元に手をかけました。
すでに第2ボタンまで外されたそれは、そのまま引っ張られればいともたやすく引きちぎられるでしょう。
「…今、びくってしたねー。怖いー?」
見上げる。
襟元に指を引っかけ笑う相手に、
グラリ、
目まいと、喉元をこみ上げる嗚咽。
唇を強く噛み締めます。
『良い声で啼いてねー?』
誰が、
絶対に。
「…おい、もう…」
「どこまで焦らす気だよ会長」
「ん?ああゴメンねー」
周囲、ただ佇んでいた男たちがざわめき出す。
唯斗ちゃんの反応が可愛くてつい、と笑う相手に、
どうしようもなく体が震え、私はただ目をぎゅっとつぶりました。
「……、ちょう」
「んんー?」
真っ暗な世界の中、すぐ側で響く声。
相手がさらに顔を近づけたのでしょう。
吐き気。
「え、何?もしかして助け呼んでんの?」
それも委員長、ってさあ、
紡がれる言葉は、ただただ鼓膜を不快に震わし。
「さっきあんだけ違うって言ってたわりに、やっぱそういう関係なんじゃん」
暗い中に、眼裏よりさらに黒い学ランが見えた気がしました。
あの、むすっとした不機嫌顔も。
そうです、違います。
私と委員長はそんな仲ではありません。
あんなわがままで自己中でやりたい放題で大暴君で、
おまけにやたら強くていつまでたっても叩き潰せない、これ以上なく厄介で面倒な人。
ですが、そんな彼は委員長で私は副委員長で、
だから何かと側にいなくてはならなくて、ただそれだけで。
だから、
熱を出せばなんだかんだと看病してくれて、
危うくナイフを振るわれれば助けてくれて、
意地悪く笑うこともあれば不意打ちのように楽しげに笑う、
そんな、
雲雀恭弥、
という人間の様々な一面を間近で見て知って感じて、
いつの間にか、その隣にいるという居場所に心地良さを覚えていた、だなんて。
気が付けば、
ただ叩き潰すという対象から変わっていた、
という、
つまり、これは。
この、感情は。
…ああ。
今更、わかったような気がしただなんて、私は。
「あれ?なんかよけーに泣き出しちゃったけど、どうしたのー?」
まあいっか、と。
ひどく冷たい、最終宣告のような言葉が降る。
「雲雀恭弥の女に手ぇ出せて、」
委員長、
「おまけに傷付けることできちゃうとかー」
どうか。
「さいこー、だなあ」
たすけて。
ーガシャンッ!!!
「…は?」
「え…」
「な、」
突如、鳴り響いた、
鼓膜をつんざく轟音とともに。
「…ちょ、待てよ…アイツ、シャッター破壊、したのか…?」
「…見張りは?オイ、どうなってんだよ?!」
周囲を囲む男達が一気にざわめき狼狽する、その前で。
「……天原唯斗」
ひどく見慣れた、あの黒い姿が、
確かに。
「いいんちょう……」
「…まったく、世話がかかる」
そう言って息を吐いた彼は、
次の瞬間、表情を消し殺気を解き放った。
「…ちょ、嘘だろ、なんで、全員…!」
「弱いがゆえに群れを成すだけの草食動物なんて、僕の前には無意味に等しい」
冷然と告げ壁際に追い詰めれば、
焦燥に満ちた表情をしていた相手が、なぜか突如ニヤリと笑った。
「はっ、でもさ、もー唯斗ちゃんは、君の物にはなんないしー?」
は?
雲雀が声を出さずにただ目を細めれば、
相手はだらだらとみっともなく汗を流しながら叫ぶ。
「お前が来たせいで本番までいけなかったけどさ、でもかなりトラウマっちゃったぽいよ?お前手出さなすぎてマジウケるっての、唯斗ちゃんちょっと脱がせただけでも震えちゃってさあ、ほんグヘェッ」
「殺す」
べらべらと耳障りな言葉を発する口を潰す。
何か思うより前に、体が先に動いていた。
絶対に、殺す。
全身を焼き焦がす衝動のまま、
雲雀はトンファーを振り下ろした。
「唯斗」
名前を呼ばれ、思わず顔を背けました。
無駄なことなんてわかっています、手錠と縄に拘束されたこの状態では隠れることなどできません。
それでも、見られたくありませんでした。
リボンは引きちぎられベストも剥がされ、襟の伸びきったシャツと縛られた両手足で横たわる、
そんなーこんな、どうしようもない、羞恥と惨めさだけが募る恰好を。
カチャン。
小さな音とともに、手首が急に解放されました。
驚いて顔を反らせば、感情の読めない顔で手錠の鍵を外す委員長。
「…いい、」
「喋るな」
言いかけたところで遮られ、私は中途半端に口を開けたまま凍り付きました。
そのまま足元に移動してしまった、彼の顔を見ることはできません。
無言で足の拘束をほどくと、委員長はおもむろに立ち上がりました。
「…え、」
何を。
喋るなと言われたことも忘れ、私が息を呑むと。
ふわり。
「……え」
呆然とする私の体の上、静かに広がる黒いソレ、は。
「…これ、」
思わず顔を上げた瞬間、
思いっきり、抱きしめられました。
「…え…」
「馬鹿」
耳元で、そう聞こえました。
痛いくらいにぎりぎりと強く肩を抱く、その腕。
「……電話繋がらないし家にもいないし、」
「……。」
「そしたらのびてる奴らを見つけて、」
「……。」
「叩き起こして聞いたら、君をさらうのが目的とか言い出すし」
「……。」
「…ねえ」
離される、温かい腕。
こちらをまっすぐ覗き込む、黒い瞳。
…ああ。
見慣れた、この瞳は、
「…ちょっ、なんで泣くの…」
珍しくうろたえ気味の声を頭上で聞きながら、私はその胸元に縋りつきました。
委員長が息を詰める気配、
ですが知ったこっちゃありませんよ。知りません、だってこんなの、
「…ふっ、うぐ、う」
「無理に喋るな、馬鹿……」
そっと頭を引き寄せるその手の優しさも、
体を覆う学ランのぬくもりも、
良かった、と小さく呟かれた安堵の声にも、
どうして、こんなにも気が緩んでしまうのか、なんて。
私ばかりどきどきして、気にかけて、
おまけに少し自分の気持ちに気付いてしまった、だなんて、
そんなの。
こんなの、フェアじゃありません、よ。