副委員長、絶対絶命(中)▼ ▼ ▼
目が覚めた瞬間、
何かとてつもなくヤバイことになっているのは察しました。
「あ、目ぇ覚めたんだー」
へえ、と動物園の檻でも覗き込むようにこちらを見下ろすのは、見たこともない長身の男。
…見たことのない、というのは語弊があります。正しく言うと着ている制服には見覚えがありました。確か、隣町の。
「…青、中」
「あ、やっぱ知ってんだ」
そうそう、俺青中のせいとかいちょーなんです、と笑いながら膝を曲げ目の前に座る男。
駄目です、こういうタイプ私苦手です。顔は笑っているけれど何考えてるかわからない系、おまけに人の良さそうな好青年チックな顔。
骸が似たとこありますが、彼はけっこう欲望が表に出るのでまだ良いです。目の前の男の方が得体の知れなさを感じます、これならもろ不機嫌です、と言わんばかりのむすっと顔の委員長の方がまだマシですね。
そんなどうでもいいことに頭を巡らせていた時、ふと気が付きました。
セイトカイチョウ、つまり…生徒会長?
「…は、あなた生徒会長なんです?」
「そうだよ、青中のねー」
毎日一生懸命やってます、とにっこり笑う彼の顔を、私は信じられない思いで見つめ返しました。
だって、生徒会長でしょう?学校のため身を尽くし苦労しながらもトップとしてまとめていく、それが生徒会長というものでしょう。
うちの風紀委員長はまあちょっとぶっ飛んでますが、あんな暴君でもそれなりに仕事をやってます。学校にも頭おかしいんじゃないかというレベルで尽くしています。あくまであの人のペースでの尽くし方(咬み殺し・流血沙汰・多々生じる救急車呼び)ですが。
「…その生徒会長さんが、他校の生徒を殴り気絶させ拘束ですか?良い趣味してますね」
「噂通りだねー、君も良い性格してると思うよ、天原唯斗ちゃん」
チャラ、と私が手首を拘束する手錠を持ち上げると、相手は何が面白いのか愉快そうに笑いました。最上級にうっとうしいです、叩き潰したい。
ですが当然のごとく、懐のハンマーの感触はありません。とられたんでしょう間違いなく。
どちらにせよ足首もロープで纏められている今、大した抵抗ができるとは思いません。
「…ところでココ、どこなんです?」
「んー、どこだと思うー?」
ふざけた相手の言葉を無視して首をひねれば、やたら薄暗く広い空間。
隅っこにドラム缶やら鉄パイプが転がっているのを見、まあ少なくとも誰かの家では無いことは判断しました。和やかにパーティへ招待されたとか、そんな訳ではとうてい無さそうです。
…そんなくだらない冗談言ってる場合ではありませんね、確実にここはどこかの廃工場か倉庫かといったところでしょう。こんな漫画みたいな事が自分の身に起きるとは思いませんでしたが、
「何がお望みです、報復ですか?」
顔を上げ、微笑みを浮かべるうさんくさい顔を睨みます。
青中の生徒なら、過去に何人か叩き潰した思い出があります。まあ青中の生徒に限ったことではありませんが。
ついでに言うと、委員長が嬉々としてトンファー振り回してた気がします。青中の生徒、荒んでる人が多いんですよね、なぜか。
ああ、生徒会長がこれですからね、そりゃ荒みますよねみなさん。
「…まー、ホントはそうしようと思ってたんだけどさ。前、雲雀恭弥に病院送りにされたからー」
相変わらず笑いながら、しかし相手の目がすっと細まります。ああよくわかりました、この人かなりヤバいです。
そして委員長への恨みなんですね、どうして私へ矛先が向いた。アレですか、この際並中風紀委員なら誰でもいいとか?運悪すぎじゃないですか私。
己の運の無さに内心嘆いていると、ぐいっと顎を掴まれました。
驚愕です、何してくれるんですかこの人。
「…ふーん、確かに雲雀恭弥が大事にすんのもわかるね。なかなか美人じゃん」
…わぉ、今日イチのぶっ飛び発言が来ました有難うございます。
とりあえず委員長についての部分は全面カットでお願いします、それ完全に何かの間違いですから。
「何か勘違いされてます、私と委員長はそんな仲ではありません」
勢いよく首を横に向け、顎に掛けられた手を振り払いました。とりあえず掴まれていることに嫌悪感、そしてあと距離が近い。
ああなんで本当にこんな事になったんでしょう、委員長への恨みなのにどうして私が被害被ってるんですか意味不明。まあ殴られようと足蹴にされようとも隙を突いて逃げられれば、大したことにはならないでしょう。ハンマーを取り返せたら言うことなしですね、最高です。
「…へーえ。いいねえ」
背筋がぞくりとしました。
隙を突いて、と思っていた心が急速に冷えていく感覚。
「出てきていーよ」
端的に告げられた生徒会長の声に、
隅から次々と現れる、幾人もの男。
その全員が、青中の制服を身にまとっている。
「…俺、唯斗ちゃんみたいな強気な子、すっごく好み」
こんな可愛い子なら尚更、
にこやかに言い顔を近づける相手に、
今更ながら血の気が引くのを感じました。
「目いっぱい泣かしてあげるから、良い声で啼いてねー」
暴力なら、慣れてます。
殴打、切り傷、骨折、擦過傷。
日々咬み殺しに耐えてる身ですし、私だってよく叩き潰しますし。
ですが、
ですが、たぶん、これは。
「あ、先に言っとくけど周り空き家だから、叫んでも無駄だよ」
とん、と軽く突かれる胸。
それだけで、手足を拘束された身体はあっけなく仰向けに倒れました。
見えるのは、灰色の天井。
そして覆い被さる、笑みを浮かべた好青年の仮面。
「…たっぷり可愛がってあげるね」
その仮面の下で両目が危なく光ったのを見、
初めて私は恐怖を覚えました。