貴方と私の風紀な日々 | ナノ
パーティ会場にて

▼ ▼ ▼


・10年後





シャンデリア、ドレス、スーツにグラス。
うんざりする人混みにため息をつき、雲雀は手にしたグラスを意味もなく揺らした。
沢田に言われて出たけれど、やっぱり断るべきだったかもしれない。
どこを見ても、群れ、群れ、群れ。
無駄に豪華な装飾のパーティテーブルも数々の料理も、そしてやっぱりムダにきらびやかに着飾る女達も、皆々いらいらする。
ばっくれてしまおうか。
脳裏に眉尻を下げて困り顔をする茶髪の顔が浮かんだが、きれいに無視して人波にきびすを返した、
その時。


「……唯斗」
「ああ、恭弥」


貴方も来てたんですね、と息を吐く彼女の顔はげんなりしている。
広間の壁にもたれ、1人グラスを片手にあおっていたらしい唯斗の様子に、雲雀は柄にもなく安堵を覚えた。

「…どうして君がここにいるの」
「知りませんよ。綱吉が行けと言ったんです」

恭弥がいるなら私来た意味完全にゼロですよね、さらりと唯斗が言い放つ。すらりとした背に、飾り気のない黒のスレンダーなドレスがよく似合っていた。
マーメイドライン、という奴か。

「帰ったら咬み殺そう」
「またそんな物騒な。ぜひ私も混ぜてくださいよ」
「言葉の前半と後半が一致してないけど」

真顔の唯斗に頬を緩め、雲雀は軽く手のグラスを揺らす。

「喉が渇いた。飲み物とってくるよ」
「ワインはほどほどにしておいてくださいよ」
「なんで」
「……貴方が飲みすぎると、後々いろいろと面倒なんです」

わずかに顔を赤くし、横を向く唯斗。
全く、相変わらずのはね返りっぷり。
雲雀はきびすを返し足早にテーブルへ向かったが、その口元は笑っていた。




「あなたボンゴレの人ね?」
やけに砕けたイタリア語に、若干眉をひそめながらも振り返る。
雲雀が振り返った先には、チカチカと目に眩しいカラフルなアクセサリーを身に付けた女が1人。
にっこりと微笑んだその顔を、雲雀は興味無さげに見返した。

「…そうでしたら、何か」

ギリキリ体裁を保てる素っ気なさで言葉を返す。
だが相手は何を勘違いしたのか、まあ、と笑みを深くしさらに近寄ってきた。

「噂に違わず素敵な方。今夜のダンスのお相手をお願いしたくなりそう」

それは光栄なこと。
呟きを内心に止められるようになっただけ、マシになったと唯斗に思ってもらいたい。

「…お気持ちは有難いですが、相手ならもういるので」
「あら」

女が目を丸くした。わざとらしく手を口に当てるその仕草に、雲雀はうんざりして目を逸らす。
少なくとも彼女はこんな事をしない。こんな、バカバカしいくらい浅はかな演技は。

「誰かしら?嫉妬してしまうわ」
「あそこにいる、」

彼女、と振り返り指を差したところで、


ひく、と頬が引き攣った。


「…あら?彼女?」

今度は頬に手を当て、女は驚き顔をする。

「でも、もうお相手がいるようじゃない?」
「……六道骸…」
「えっ?」

突如無表情で殺気をまとい出した雲雀に、女がぎょっと目を開く。


「…咬み殺す」
「あっ、ちょっと?!」


後ろでうるさい女の声が聞こえたが、当然無視して雲雀は広間の隅へ向かった。





「…ですから、僕と今夜は踊って欲しいんですよ」
「私の言う事、全然聞いてませんよね?私はなぜあなたまでここにいるのか訪ねたんですが」
「ドレスがとてもよくお似合いですよ、唯斗」
「あなたは耳がおかしいんですか?」
違いますねきっと頭がおかしいんでしょう、と唯斗が真顔で骸の耳を引っ張る。
痛いです、と声をあげながらもどこか楽しげな笑みを浮かべる骸に、雲雀の沸点が急上昇した。


「……六道骸。なぜ君がここにいるの」
「もちろん、唯斗とダンスを踊るためです」


にこり、優雅に微笑んだ骸がすっと唯斗の腰に手を回す。

「?!」
「もちろんその後も僕のお相手をしてくださっても、」
「殺す」

目を白黒させる唯斗の横、最高に鬱陶しい男にトンファーを振り下ろす。
だが手応えは無く、少し離れた所で骸は飄々と笑っていた。

「相変わらずですねえ雲雀君。ですが君がすぐ目を離すからですよ」
「やっぱり君は咬み殺す。ほっとくと唯斗に何しでかすかわからない」
「恭弥ちょっとストップで、ここでトンファーはさすがにまずいです」
「唯斗は黙ってて」
「だから私のナイフをどうぞ」
「ああ、ありがとう」
「……ちょっと待ってください、そこでさらりと唯斗は何をしてるんですかね。あと雲雀君、ナイフでもダメなものはダメだと思いますよ」
「…そうだね、なら」


こうするしかないね。


雲雀はトンファーをおさめると、
ひょい、と唯斗を抱き上げた。



「?!!」
「おや」
「じゃあね、六道骸。次は必ず咬み殺す」


おかしそうな笑い声を背に、どんどん扉へ足を進める。
ドレス姿の何人かが振り返ったが、雲雀は見向きもしなかった。

「きょ、恭弥!」
「何」

腕の中から叫ぶ唯斗。
ちらりと見下ろせば、横抱きにした彼女の顔は真っ赤で。
…へえ、可愛い。

「お、下ろしてください。そしてなぜ姫…ひめ…」
「ひめ?」
「ひ、姫抱っこなんですか…ッ」

姫抱っこ、という単語を口にすることが恥らしく、唯斗はそう言ってぱっと顔を背ける。
ああやっぱり、全てが素な彼女はとても可愛い。
声をかけてきた、あんな女とは違って。


「嫌なの?」
「嫌です」
「へえ、で?」
「…だろうと思いました!」


どうせそんなとこだろうと、とかなんとかぶつぶつ呟く彼女を抱いたまま、扉を足で蹴り上げる。
体裁?そんな面倒なもの、
目を離す隙もない彼女の前では必要ない。



扉が閉まれば、そこは静寂。
頭上に広がる星空に、雲雀は唯斗を抱き上げたまま目を細めた。
綺麗な、綺麗な藍色の空。


「……恭弥」
「何」
「…どうするんです、パーティー」
「あいつがいるから大丈夫でしょ」
「…なら、私達は今からどうするんです」


腕の中、すっぽり収まる彼女を見下ろす。
黒いシンプルなドレスに身を包んだ唯斗は、
昔と変わらず鈍くてあどけなく、昔と違ってドレスが似合い艶やかで。


「……そうだね、とりあえず」
「とりあえず?」
「1番近いホテルを探そうか」


ハイ?と固まった唯斗を横目に、
雲雀はどんどん歩き出す。


「…ちょっ、待ってください恭弥、そして下ろしてください、なぜ抱っこのままなんですか恥ずかしいんですけど!」
「煩いな。なんか文句あるの?」
「相変わらずですねこの暴君が!」


うっすら笑う雲雀に、悪態を付きながらも頬を染める唯斗。
10年前より遥かに距離を縮めた2人は、
寄り添いあい静かな夜闇の中へと歩き出す。





「…で、僕が1番苦労人という訳ですね?」
『…そう言うなよ骸。この前唯斗と出かけた罰だとでも思って』
「それで罰、ですか?」
『ワザと2人で行ったんだろ?あの後雲雀さん最高潮に機嫌悪くて大変だったんだからな』

携帯越しに聞こえる声に、骸は息を吐きだす。
目を上げれば、きらびやかなパーティ会場。

「……まあ、唯斗のドレス姿を見られただけでもよしとしますか」

小さく呟いた骸の声に、
相変わらず変態だな、と笑う綱吉。
それ以上綱吉が何か言う前に、骸は携帯をぶっち切り、ため息をついてテーブルへと一歩踏み出した。



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