貴方と私の風紀な日々 | ナノ
媚薬効果で大パニック!(下)

▼ ▼ ▼


「…はあ、はぁ…」


あの危ない大ボケ保健医から逃げてきました、
唯斗です、校内走ってます。


変態男にはハンマーをお見舞いしたので当分目覚めることはないでしょう、それはいいんです。
問題は、

「…応接室…には、帰れませんね」

はあ、と妙に息の上がる胸元を抑え、私は長々とため息をつきました。


媚薬、というのでもっとヤバイ物かと思っていましたが、あまりそういう訳ではなさそうです。
ただ、体がふらつきます。あと、熱がある気がします。
いつぞやの発熱時よりはマシですが、簡単に言うとまっすぐ歩けません。よろけます。

「…この状態で、応接室へ戻ったりしたら…」

いつぞやの白昼夢が浮かびました。
かあ、と頬に血が上るのを実感し、私は慌てて首を振ります、脳内に浮かぶ再現VTRを打ち消します。
…まずいです、ええ、非常に。

ですが、こうもしてられません。
私は覚悟を決め、階段を駆け下りました。
救いはあのバカ医者のひとこと、


『…すぐ抜けるやつにしてやったからよ』


「どこか、人のいないところへ…」
薬が抜けるのを、待つしかありません。




廊下は走らない、普段なら率先して守るというかむしろ厳しく指導する側ですが、今は緊急事態ですそんなの無視です。
廊下を走り抜け、角を曲がったところで、


「…!」
「!きゃっ」


廊下は走らない。
小学校から教えられてきた戒めの重大さを、今しみじみと実感しました。





「痛ぇ…て、天原?!」
「ごっ、獄寺隼人…」


最悪です。
角を曲がってばちこーん、というのは転校生ならアリなシチュエーションかもしれませんが、あいにく私は転校生じゃありませんし食パンくわえてもいません、相手も同様。
…ヤバイですね、パニックに陥った脳がすごい勢いで現実逃避を開始してます。

「何してんだ、こんなとこで…」
「あ、いや、ええと」

途端に怪訝そうな顔をする獄寺に、さすがの私も慌てます。ぱにっくパニック大パニック。
ですが答えるより早く、目の前に差し出された手の方に目がいきました。

「…え」
「ほら、立てよ」

どうせ怪我はねーんだろ?となにやら気遣ってるんだか馬鹿にしてるんだかわからない言い方ですが、これは彼なりの優しさ、でしょう。…多分。


「…あ、ありがとう、」


ございます、とその手を取ったところで、


「!!」


思わず、離しました。


「は?」


ぽっかーん、とする獄寺、当然でしょうね、私も再び床とこんにちはです、打った背中がとっても痛い。
ですがそれどころではありません、だって、

「なっ、何してんだお前、」
「ま、待ってください!」

焦った様子で膝をつきこちらへ手を伸ばす獄寺に、私は慌てて両手を前に出しました。

「は、はあ?!」
「い、今はだめです、…だめ、なんです」

先ほど獄寺の手を握った途端、
体中に電流が走った気がしました。
いえ痛いんならけっこうです、むしろ大歓迎です今の状況を考えるんなら。
ですが。


「…天原、お前…」


非常にまずいことに、そう非常にまずいことに。


「……何が、あったんだ」


案外、悪くなくて、というより。
心地、よかったんです。






「シャマルに、媚薬飲まされたあ?!!」
「声がでかいです馬鹿!」
反射的にハンマーを取り出しました、
が、熱で震える手はちゃんと柄を掴んでくれません。
がちゃん、と床に転がる愛武器に、私はいまいましげに息を吐きました。
その吐息すら熱く生ぬるく、
そう、めちゃくちゃしんどいんです。

「…大丈夫かよ」
「…大丈夫じゃありません…」

思わず弱音を吐いてしまいました。
まあ獄寺なんでいいでしょう。ていうかもう許してください。

とりあえず獄寺を誘導して空き教室へ入り込み説明をした、まではよかったんですが。
熱さで最悪な私は、冷たさを求めて教室の壁に背中を預けずるずるとその場に座り込みました。
…と、ふと横を見ればいつの間にやら隣に座り込む獄寺隼人。

「…なんで隣にいるんですか」
「なっ…いちゃ悪りーかよ」

さすがにほっとく訳にはいかねーだろ、
と渋い顔をする獄寺を眺め、あの銀のネックレス冷たそうだな、と我ながらずいぶんズレた感想を抱きました。
…いえ、それよりも彼の銀髪の方が冷たいかもしれません。きらきらしてますし。

「…ってか、これ俺がいてどうにかなるのか…?」
「…そのうち、薬が抜けると聞きました」
「ほんとかよあのヤブ医者…」

媚薬、という男女間としては正直かなりグレーゾーンな状況なんですか、獄寺はなんかできることあるか?と真剣な顔で問うてきます。根がマジメなんでしょうね、ああでもすみませんそんな事どうでもいいです、熱い。

「…ありますよ、できること」
「、なら、」
「そのまま動かないでください」

は?と目を開いた獄寺の肩を掴み、
ぐい、とその膝上に乗り上げました。
言いつけ通り止まった(凍りついた)ままの獄寺をいいことに、私はそのシルバーネックレスに頬をすり寄せます。すり。

「…なっ、なにしてんだてめ、って、わっ?!」
「…つめたい……」

予想通り、銀のネックレスはひんやりしていました。ああ冷たい。
なにやら慌てふためく声が聞こえますが無視です無視、知りませんよスルーです。

獄寺の両肩を掴んだまま、私はさらに顔を上げました。その銀髪に、すりすりと顔をすり寄せます。

「なっ、ば、っかやろっ…!」
「動かないでくださいよ…」
「無理に決まってんだろうがっ!離れろ!」

こちらの肩を押さえてくる獄寺に、私は唇をとがらせました。
なんで邪魔するんです、気持ちよかったのに。

「…だって熱いんです、仕方ないでしょう…」
「仕方なくねえっつーの!いろいろヤバイからマジでどけ!」
「…ええ……」

獄寺、ぐいぐい押してきます。痛い。
私は諦めて顔を離そうとして、ふと、きらきら光る銀の間からのぞく白い耳元を見つけました。
はむ。


「…ッ!」
「…ふめた…」


獄寺って血通ってるんでしょうか。どこもかしこもひんやりしているんですけど。
今の私には好都合なんで、全然問題無いんですけどね。むしろ歓迎。
はむむ、と冷たい耳元を好きなようにはんでいると、


「…っかやろ!」
「ひゃっ」


またもや変な声が飛び出しました、まあ気遣ってもいませんが。
急に体を離されぼんやりと獄寺を見上げると、
意外にも近いところに真っ赤な彼の顔。

「襲われてーのかてめえは?!」
「おそわれ…?」
「…!」

何言ってんだ俺、とかなんとか言って顔面を押さえる獄寺に、なぜか頬が緩んできました。

「…可愛い、ですねえ」
「…はぁ?!」

てめぇ何言ってやがる、とぱっと顔から手を放す獄寺の膝へ乗り上げたまま、その胸元へ倒れ込みます。

「なっ、天原、おまっ、」
「…ねむたい…」
「は、はあっ?!」
「…獄寺の体、気持ち良いですね…」

ひんやりしていて、あったかくて、ふわふわと。

「…ねます、おやすみなさい…」
「…なっ、てめ!ちょ、ちょっと待てバカ!!」

彼の体からは、硝煙と、意外にも消毒液の匂いがしました。
….きっと、毎日ダイナマイトの修業をしているんでしょう。消毒液は怪我の治療ですかね。
綱吉に一生懸命に仕える獄寺は、私にはよくわかりませんが、ひたむきですてきだとは、おもい、ます。
あ、ねむたい…。




「てめえ…」
胸に頭を預け、すう、と眠り始めた少女を見下ろし獄寺はこめかみを抑えた。
仕方なしに腕を回せば、予想以上にきゃしゃで細い背中の感触がよく伝わってきて。


「…何の苦行だよこれ……」






この後、真っ暗な教室で目覚めた唯斗が、珍しく慌てふためいてずっと待っていた獄寺に謝罪と奢りの約束を交わしたというのは、リボーンしか知らないとかなんとか。



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