クリスマスの思い出(雲雀)
「クリスマスって嫌いだ」
真隣、前を向く顔が冷たく言い放ったから、雛香は思わず首を回した。
「……え?」
「年中行事だから」
群れが騒ぐ、と殺気とともに低く追加された言葉を聞いて、脱力する。なんだよ、それ。
「……びっくりさせんな」
「は?何が」
眉をひそめて雲雀が言う。雛香はただ肩をすくめて、また前へと向き直った。
白く降り積もる雪。埋まった道路。
驚くほどに、空気は冷たい。けれど先ほど通りかかった商店街は、対照的なほどの活気に溢れていた。
「……クリスマス、かあ」
「何。君、欲しい物でもあるの」
「雛乃のいたッ!」
「そこまで聞けば十分だよ」
冷ややかな声音が降ってくる。だってなあ、と雛香は苦笑して、横を見上げた。
いつまで経っても追いつけそうにない雲雀の背丈。
そんでもって前を向くその横顔は、空気と同じく冷え切っている。というよりも、無表情か。
「……何?」
「俺も、クリスマスって良い思い出、ないんだよなあ」
「君なら、あの弟と毎年騒いでそうだけど」
「んー、いやそれが、まあ」
微妙な笑みで言葉を濁す、そんな雛香を横目に雲雀の目付きがみるみる変わる。ぎらり、光るその瞳は、明らかに好奇心をたたえていた。
「へえ。何かあるんだね」
「うおちかっ?!は、何?!」
「なにか、あるんだね」
「繰り返さなくていいっての!あと顔が近い!」
ガシッと雛香の肩を掴み、雲雀がいかにも良い事を聞いたとばかりに目を怪しく輝かせる。
さながら胸倉を掴まれたに等しい体勢に、雛香は頬を引き攣らせた。
「……で?何があったの?」
「いや別に……って何トンファー出してんだよ!」
「君がはっきりしないからだろ」
「そんな理由で人の喉に武器を当ててはいけません!」
誰かこの暴君を教育し直して欲しい。こう、根本から。
「……で?何があったの?」
「……いや、だってさ」
ジリジリと迫られ、雛香は目を逸らしつつ重たい口を無理やり開く。
「わりと、……逃げてばっかだったし」
「……?」
「……言っただろ、並盛に来るまでは追いかけられてばっかだったって。……追ってくる奴らに、クリスマスとか関係ねえじゃん。むしろ世間は浮かれてるし、かっこうの追い詰めどき、みたいなもんで」
「……。」
「……から、わりとクリスマスは、逃げて、そんで訳わかんなくてパニクってる雛乃に、『催眠』かけて忘れさせて、って感じ、だった」
「……ふうん」
目の前を塞ぐ雲雀の顔には、何の変化も見られない。だが、雛香の喉元を圧迫していたトンファーは、ゆっくりと離れていった。
「……そういえば、君もわりと苦労してるんだったね」
「なんだよその微妙に失礼な言い草は」
「まあ、なら」
魔法のように、雲雀の両手からトンファーが消える。毎度のことながら、一体どうなっているんだろうかと雛香には不思議でしょうがない。
雲雀がこちらを見た。黒い瞳と視線がかち合い、雛香は息が止まりそうになる。
これまたやっぱり毎度同じのことではあったが、雲雀の視線は鋭くてキツいのだ。言い方を変えれば、揺らぐことのない強さがある。
それは、雛香の好きな目であり、雛香が雲雀に惹かれ続けている要素のひとつでもあった。
「……なら、僕と同じだね」
「……は?」
「クリスマス、良い思い出がないんだろう?」
数秒、相変わらず動かない雲雀の顔を見つめる。
わりと至近距離だった。武器を収めた雲雀が、支え代わりに壁に手を付いているのがまた良くない。
雛香の頭のすぐ横、追い詰めるかのように手を付く雲雀。思わず、肩をすくめる。
「僕も毎年群れに騒がれて、良い思い出なんてないからね。君と同じだ」
「同じって、何勝手に」
何が同じだよ、全然。
そう言いかけて、言葉を呑み込む。
視界が、暗くなる。
柔らかに重ねられた唇は、一瞬で離れていった。
「……ひ、ば」「今年は」
掠れた声を絞り出した雛香に、雲雀が壁から手を離し、距離を置く。
さくり。雲雀の足元で、積もった雪が静かに沈んだ。
「今年は、良い思い出が作れそうな気がする」
見つめる。
数秒、かち合っていた黒い瞳が、おもむろにふいっと逸らされた。え。
「は、何。なんで逸らすわけ」
「……別に。君こそ、もう少し反応はないの」
「は?反応?」
「……もういい」
君って妙なとこ鈍いよね。
言い切った雲雀がくるりと前を向く。それはつまり、雛香には雲雀の背中しか見えなくなる、というわけで。
「は?雲雀?ちょっ、おい」
「煩い」
ビュンッ。
「ありがとな物騒なプレゼント、をッ!」
「なんで避けるの」
「そりゃ避けるっての!」
慌てて追いかけ袖を掴めば、途端に振るわれる鈍色の鈍器。相変わらず、スピードも威力も半端じゃない。
「あーもー、わけわかんねえし……って、おっとっ?!」
「油断しすぎ」
「雪!雪で滑るんだっての!」
言いつつ雛香は俊敏に避ける。襲い来るトンファーを次々にかわし、一瞬でナイフを取り出した。
「ナイフ?馬鹿にしてるの?」
「んな住宅街で、銃なんか、ッとそうそう、っ、撃てる、か!」
頬を引き攣らせ下がる雛香。追う雲雀。
交わるナイフとトンファーが、白い最中でギラリと光る。
「まあいいや。僕は君をずたずたに咬み殺せればなんでもいいし」
「だからやめろって!クリスマスまで殺し合いとかお前はなあ!」
「……雛香君と雲雀さん、何してるの…」
「ワーイ楽しそう雲雀さん、ころ」
「す、のはやめとこうね雛乃!」
「なんで朝っぱらから、しかも道路で闘ってんだよ……ほんと意味不明だなあいつら」
「ははっ、楽しそうでうらやましーのな」
「「どこが(だよこの野球バカ)?!」」
空気を読めていない山本の発言に、ツナと獄寺が同時にツッコむ。ちなみに、にっこり微笑み両手にワイヤーを絡ませる雛乃の頭は、ツナの両手によってがっちり押さえつけられていた。
「……うーん、でも」
「?どうしたんすか、10代目」
「いや……」
ちらり、武器を交える2人を眺めて、ツナは少し頬を緩めた。
「……確かに、楽しそう、かも。雛香君」
積もる雪。真っ白な道路。ぶつかる金属。
武器を交えて視線を交わす、そんな2人のクリスマスは、なかなか物騒で思い出深いものになりそうだった。