Pocky's day・下
で、状況は現在に至る。
「……冷静に考えて、さ」
「うん」
真顔で雲雀が封を開ける。ぱこっ。
軽い音を立てて、赤いパッケージはたやすく開いた。
「…男同士でポッキーゲームは、ねぇだろ」
「やろうって言ったのは君だよ」
「うっ」
いやそうだろうけど。そうだけれども。
数分前の己の発言を、雛香は死ぬほど後悔した。ーなんであんなこと言ったんだ俺。
そりゃとっさに叫んでしまったとはいえ、明らかにあれは間違いだろう、ないだろう。なんせ男同士でポッキーゲームだ。一体どこに需要がある。ついでに誰が供給したがる、本当に。
そして、なぜこいつはこうもやる気なのだ。
「…何。君、極細派?」
ジトッとした目を雛香が向ければ、学ランを無造作に肩掛けた相手は、驚くほどに見当違いな言葉を発する。
誰が極細派だ。わりと真面目にどうでもいい。
「…まじですんの?」
「安心しなよ、君はどんな勝負であれ必ず咬み殺す」
雛香の心からの当惑の声に、しかし相手はきれいにずれた回答を返してくれた。もしかしてわざとなんじゃないか、こいつ。
「ほら」
くい、細い片方を口にくわえ、雲雀がこちらへ向けて顎を上げる。ゆらりと揺れるプレッツェルの先を見て、雛香はいよいよ覚悟を決めた。
正直、意味がわからないとは思うー何回でも言うが、男同士でポッキーゲームなのだ。
どんなギャグだ。そして誰が楽しめる。
「はやふはひめるよ」
口にポッキーをくわえたまま、雲雀はうっすら口角を上げた。
…なるほど。どうやら、1人だけ楽しめる奴がいたようだ。
雛香が腹をくくって顔を近付けると同時、
雲雀が口を動かした。
「…ってわけで君は今日、日付けが変わるまで僕の相手だから」
「は?!ふざけんなよ、聞いてねえぞそんな条件!」
「今決めたからね」
しれっと言い放つ大暴君に、頭を抱えてしゃがみこむ雛香。
その横、机の上には指先ほどの大きさのポッキー。もちろん、雛香が耐え切れず途中で口を離したものだ。
「…くっそ…こんな人類最高に恥ずかしいゲームをやらせられた上に手合わせとか…」
「ねぇ雛香」
ぶつぶつとうめくように悪態をつく雛香の横、おもむろに片膝をつく雲雀。
「は?何条件下ろしてくれ…!」
「チョコ、」
ぺろり、雛香の口元を拭った指先を舐め、雲雀は無表情に見下ろした。
「付いてるよ」
「…取ってから言うなよ」
というより拭うなよ。
立ち上がる雲雀に向けて、雛香はなんとも言えない気分になった。
「…まあ」
「?」
前触れなく振り返り、うっすら笑った雲雀が口を開く。
「……これで、君のポッキーの日は終わるしね」
「…?」
おそらく意味がわかっていないのだろう、雛香がきょとんと首を傾げる。
そんな彼の様子を眺めながら、雲雀はくすりと笑って背を向けた。
今日、日付が変わるまで彼は屋上に張り付けてやろう。
そうすれば、ポッキーの日なんて終わる。
彼が、あの弟と目障りなほどにいちゃいちゃすることも、きっとー。
…別に、これに理由なんてない。ただ、風紀を正すため。
そう呟いた雲雀の声が、どこかわざとらしい事に気が付く人間はー当然、この応接室にはいない。