I want to bite you to death! | ナノ
ハンバーグと暴君(雲雀)
なんていうか、ひどく珍妙な光景だと思う。

「…お前、ハンバーグ好きなの?」
「…む?」
もぐもぐ、口を動かし器用にフォークとナイフを扱う相手を見る。我ながら、なかなか奇妙な目つきをしていると思う。
しかし仕方がない。だって、目の前の光景が信じがたいのだから。

並盛商店街の片隅、
よくあるチェーンレストラン、
そこで、並盛中風紀委員長・雲雀恭弥はハンバーグを咀嚼していた。


「うん」
お上品にナプキンで口元を拭い、雲雀はこくんとひとつ頷く。
一瞬何に対する頷きかわからなかったが、先ほど自分がした質問を思い出した。
ハンバーグが好きなのか、うん。
うん、と来た。つまり、肯定。

「…マジかよ」
「は、なんなの君。変な顔してるけど」
「いや…」

それは自分でも自覚がある。だが仕方ないと思う。
雛香がなんとも言えずに首を横に振ると、雲雀は眉をひそめながらも次のひとくちを口にした。ぱくり。

「……。」
「ん、悪くないね」

悪くないとか言うわりには、随分ご満悦ではないか。
この暴君がハンバーグ好きとか、と雛香は手元のパスタに目を落とした。とりあえず自分の分を片付けよう。うんそうしよう。

「…君はパスタ好きなの?」
「は?」

突然の問いにきょとんとする。顔をあげれば、雲雀が無表情にこちらのパスタを眺めているところだった。

「好きっていうか…雛乃がよく作ってくれるんだよ」
「は?だから頼んだの?」
「うん。でも雛乃が作ってくれるのが1番だな」
「あっそ」

呆れとも無関心ともつかない、何とも微妙な態度で鼻を鳴らした暴君は、何も聞かなかったかのように再びハンバーグにかぶりついた。


目の前で食事が再開されたので、雛香も再び机の上のパスタを見下ろした。トマトと鶏肉、それからオイルソース、うん確かによく絡んでいるし美味しいけれど、やっぱり愛しい弟が作るのに比べたら劣っているのを感じてしまう。仕方のないことだ、だって愛情というスパイスが足りないんだし。

うんうん、と頷きながらフォークにパスタをからめる、その思考が完全に危ないことに、当然雛香は気が付いていない。

「…君は」

ふと、声をかけられ顔を上げる。
見れば先ほどまでハンバーグに夢中だった暴君が、フォークを置いてこちらをじっと見つめていた。え、何。

「は、なに」
「…意外と上品に食べるんだね」
「普通に失礼だなお前はほんとに」

誰が意外だ。
むっとしながらパスタを巻く。そのまま、何の気なしに口元へ運びかけて、手が止まった。

「……は」
「一口、」

ちょうだい、の「だい」を言い切る前に、雲雀の口へパスタが飲み込まれる。
ぽかん、と雛香が見送る前、こちらの手首をがっしり掴み、何の断りもなく自分の口元へ引き寄せた雲雀は、口をもぐもぐ動かした。それはそれは実に平然とした態度で。

「……って、おい!何してんだよいきなり!」
「何って」

ごくん。口内を空にした雲雀が、訝しげな目でこちらを見る。

「一口頂戴って、言った」
「言う前に食ってんじゃねえよ」
「美味しかったよ。ごちそう様」
「ああまあうん。…じゃ、なくて」

あんまりにも相手が堂々としているものだから、むしろこっちが間違ってるような気がしてしまう。
はあ、とため息をつきうなだれた雛香の額が、おもむろにこつこつとつつかれた。

「…?」
「ほら」

顔を上げれば、うっすら笑う切れ長の黒い目。

「あげるよ。一口」
言葉と同時、目の前にひょいとフォークが突き出される。その先、刺さったハンバーグの欠片。

…いや別に、俺欲しいとか一言も言ってないんだけど。ていうかむしろ返せよさっきのひとくち。
そうは思ったものの、目の前で揺れるハンバーグとどこか楽しそうな黒い瞳に、何となく言葉にできないまま。
ん、とせいぜい不機嫌そうな態度を保って、雛香は仕方なしにぱくり、と雲雀の差し出すフォークの先を口にくわえた。
端から見たら、これはどういう状況なんだろうかと思いながら。




「どう。美味しいでしょ」
「…ん、まあ。でも雛乃の作ったのが1番かな」
「愛は盲目、とはよく言ったものだね」
「それを言うなら恋は盲目、だろ」


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