酩酊の夜に・中
ぐい、と。
襟元を引かれたと理解した瞬間、強引に唇を塞がれた。
は。
「ははっ」
顔を離した相手が、愉快そうに笑う。
その目元が赤く染まっていた。
「お前の驚き顔、ひっさびさに見た」
襟元が離される。
伸びた首元を直し、雲雀は立ち上がった。
へら、と常の彼なら絶対しないようなふやけた笑顔。
けれど、その目はいつもより強い光をたたえている。
「…何、咬み殺されたいの?」
「やだ、勘弁。俺今マトモに武器持てる自信ない」
「腑抜けた精神だね。酔ったくらいで無理だなんて、次期門外顧問の名が泣くよ」
「いーからもう寝かせろよ」
「ちょっと」
どさっ、と酔っぱらいが倒れ込んだ先は、使用人に用意させておいた雲雀の布団。
「馬鹿、じゃま。そこは僕の布団だ」
「嫌だね、俺ここで寝る」
ごろん、と掛け布団の上に仰向けになった雛香が、にやりと笑いこちらを見上げた。
「鬱陶しい。馬鹿は床で寝ろ」
「いいだろ、て、わっ」
いい加減バカバカしくなって相手の腕を無理やり引っ張りあげれば、
次の瞬間、抵抗した雛香がバランスを崩し再度布団へ倒れこむ。
「ちょっ…!」
それに巻き込まれた雲雀もまた、布団へと突っ伏し、
ドサッ。
「…っ、てて…」
「ほんとに、咬み殺すよ…」
倒れこんだ衝撃であちこちが若干うずく。
別にたいして痛くはないが、苛立ちは最高値に達した。
匣をひっぱり出しながら視線を上げて、
「……え」
思わず、止まる。
顔を上げたその先、
鼻と鼻が触れ合うほどの距離に、雛香の顔があった。
大きな黒い瞳孔は潤み、目元の赤が酩酊の余韻を漂わせている。
「…!」
その時になって、やっと雲雀は自分が今どのような体勢にあるかに気付いた。
倒れこんだ布団の上、つまり仰向けに転がった雛香の上。
ちょうど小柄な彼を押し倒すような格好で、雲雀はきれいに動きを止めていた。
「…は、」
「何」
きょとん、とした顔で雛香が見返す。
その目はただただ不思議そうで、これっぽっちも何の意識もしていなさそうで。
…へえ、そう。
「…ほんと、ムカつく」
「え、どしたのお前」
『雲雀に会いたかったから』
『こういうことしたくなる』
唇に触れたやわらかさ。
ねえ、どっちが君の本心なの。
「…まあいいか」
「は、何がいいんだ?」
きょと、と首をひねる相手の手首を強く掴む。
「っ!おま、」
「男の部屋の寝床に堂々と入り、更に酒乱という手を使う。これは女なら襲われても文句は言えないだろうね」
「は?」
いまだ雲雀にのしかかられたままの雛香が大きく目を開く。
「や、俺男だし」
「知ってるよ」
「…え、なんだよ、酔ってんの雲雀?」
「そうだね」
きっと、僕も酔っているんだ。
だから。
「…こういうことが、したくなるんだよ」
柔らかな唇を、強く塞ぐ。
綺麗に細まった黒い目の下、漏れた吐息はくらりとするような強い酒の匂いがした。