I want to bite you to death! | ナノ
酩酊の夜に・上(雲雀)
・10年後
・変わる前の未来






雲雀恭弥は困惑していた。



「ー泊めてほしいんだ」

戸口に手を掛け、平然と言い放つは黒髪の青年。
否、平然と、というのは間違いかもしれない。なんせ彼の瞳は若干焦点が揺れていたし、目元は赤らみ頬も上気し、と普段のすました態度とはかけ離れたものにあったから。

「…何、飲んだの」
「ちょっとね」

山本の家行ったら、強い酒出てきてさ。
ツナと来てた獄寺が一気勝負、持ちかけてきて。
今日雛乃任務で帰んないし、いいかなっと。

「…くだらないことべらべら喋らないでくれる」
「あいたっ」

べしっ、と頭をはたいた雲雀に、
声をあげてこめかみを押さえる雛香。
いつもならなんなく避けて睨みをきかせているあたりだろうに、やはり今彼は酔っているらしい。
手を伸ばす。

「…まったく」
「うおっ?!」

腕を掴めば大きな声をあげる馬鹿が一名。
振り向きざまにもう一発、と手を上げれば、雛香は舌打ちをしてひょいと避けた。
「….何、避けれるじゃない」
「そうそう何回も食らうかっての」
チッ、と音を立て舌を鳴らし、宮野雛香はくすりと笑う。
酔っているからか何なのか、その笑みはいつもと違って見えた。
「ほら、行くよ」
「わ、待てってお前、いきなりひっぱんなよ」
後ろで何やら言葉を並べる相手を無視し、雲雀はスタスタ廊下を進む。
掴んだ手首は妙に細く、火照っていた。



「はい、馬鹿の部屋はここ」
「…何ここ」
「僕の部屋。特別許可だよ、普通は入れない」
「うっわどうしよ。聖地入場」
「…相当酔ってるね」
普段なら口にしないような言葉が出てくるあたり、もうこれは完全に酔っぱらいだろう。
「ちなみに君の場所はそこ」
「そこ…って、壁じゃん」
「そうだよ」
「俺壁で寝ろと」
「家入れてあげただけマシだと思いなよ。そもそもなんで僕の家に来るかな」
「だって山本んち親父さんいるしツナと獄寺泊まるって言うし、俺が入ったらキャパオーバーなの明らかだったから」
「なら君の家に帰りなよ」
そんなに近いわけではないが、帰れないという距離では無いはずだ。この双子が並盛のアパートで同棲していることは、雲雀もよく知っている。

「え、だって」

はは、と子供のように笑った彼は。


「雲雀に、会いたかったから」





「……は?」

相手を見上げる。
畳に座り込んだ自分の前、月夜を背景に縁側に立つ相手は、やけに背が高く黒々としていた。
闇に溶け込んでしまいそうな体の真上、
こうこうと照らす満月が、漆黒の髪を白く縁取っている。
へら、とその黒が笑った。

「雲雀なら、泊めてくれるだろ?」
「…その驚きのポジティブさ加減は認めてあげるよ」
「なんだかんだ言って、優しいじゃん。おまえ」

見つめる。
縁側に佇む相手がこちらを見下ろしている。
雛香は、とても穏やかな目をしていた。

「……やっぱり、酔ってるね」
「かもな」

笑う。
彼は、ひどくあどけなく、
とても艶やかに、笑う。

「酔ってんだよ、俺」


だから。


「こんなことしたくなるんだ、きっと」


次の瞬間、
縁側の黒い影が、ぶれた。



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