I want to bite you to death! | ナノ
夢の中で会いましょう(骸)
「……おや、これはこれは」


ひどく殺風景な砂と塵の世界で、



「……宮野、雛乃」
「…六道骸」



2人の少年が、向かい合っていた。





「…おかしいですね、僕は雛香の夢へ行こうとしていたつもりだったのですが」
骸は口元を緩め、クフ、と笑う。
「…合ってるよ。だから妨害したんだ」
対する雛乃は腕を組み、目を細めた。
きつい光を宿しこちらを睨む瞳に、骸は大して気分を害された様子もなく肩をすくめる。
「相変わらずのブラコンですねえ。ちょっとくらい、いいじゃありませんか」
「…よくない」
「なぜ」

灰色の砂が舞う中、
一歩踏み出す骸、立ち塞がる雛乃。

「…そもそも、なぜ君は雛香の夢にこうして入ってこられるんですかねえ」
「双子だからね」
こともなげに言う雛乃に、骸は苦笑を禁じえない。

小柄ながらすらりとした背格好、揺れる黒髪、澱みない黒の瞳。
何から何までそっくりな彼は、しかし骸の興味をさして惹かない。
骸が求める相手は立ちはだかる雛乃の後ろ、その向こうにいるのだから。

「…通してもらえませんかねえ」
「嫌」
「なぜですか?この夢の中なら、雛香が僕と接触して苦しむこともありません」
「…嫌」
ふい、と横を向く雛乃の顔を見、おやおや、と骸は眉をつり上げる。
「…そんなに雛香に嫌われているんですか、僕は」
「…別にそういう訳じゃないけど…」
そう言って渋面を作る雛乃。
「…むしろ、だから嫌なんだ…気にしてる、から」
「……え?」
予想外の言葉に骸は目を見開いた。


さらさらと、横を砂塵が通り過ぎていく。
日光の射す隙間もなく分厚い砂で覆われた空は、
灰色に全てを染め上げていた。


「…あれ以来、雛香は骸のこと気にしすぎなんだよ」
しかめっつらで雛乃が言う。
「そんなに口にすることはないけど…僕にはわかる」
双子だからね。
すねたように付け加えられたその言葉は、先ほどと違い少し悔しそうにも聞こえた。
「…気にして、くれてるんですか」
「…ん」
不承不承、という様子ではあったが頷く雛乃に骸は唇を強く噛み締めたが、どうやら上手くごまかせなかったらしい。
「…何笑ってんの」
む、とした顔で唇をとがらせる彼に、いえ、と笑みを浮かべて答える。
相対した時とは異なる、心からの喜びの笑みを。

「…早く帰ってきなよね」
「は?」

仏頂面な上に早口で告げられた言葉に、骸は眉をひそめる。
「…僕の状況を、ご存知ですか?」
「よくは知らないけど、復讐者に連れていかれたんだからかなりヤバそう、ていうのはわかる」
「…まあ」

なんとも抽象的な言葉で片付けてくれるものだ。

「…そもそも、それ以前に僕はたくさんの事をしてきました」
「知ってるよ」

殺人、壊滅、洗脳、破壊。

「そんな人間に早く出てこいとは、なかなか非道徳的ですね」
「骸に倫理観説かれたくないよ」
雛乃は肩をすくめ、あっさりと言い放った。
「だって、必要だったんでしょ?」
「……はい?」
「骸にとって、それ全部、しなくちゃいけないことだったんでしょ?」
だったら仕方ないじゃない、
と彼は顔色ひとつ変えずに言った。
「……君という人は…」
「僕だって雛香のためなら、骸と同じ事しろって言われたら全部するよ」
こちらを見据える、黒い瞳を見つめる。


彼ならおそらく、いや間違いなくやってのけるだろう。
今のように、顔色ひとつ変えもせず。


ふ、と骸は眉尻を下げ、ため息をついた。
まっすぐな瞳に迷いない心、
だからこそ、この弟はやはり危うい。
…雛香程ではないだろうが。

「…早く戻ってきてくれないと、雛香がいつまでも気に病んじゃうんだもん」
そう言って、雛乃は空を見上げる。
濃淡の無い一色の空に、舞い上がる砂埃。
「…この夢は、雛香の心を表していると?」
「…うん」
多分それだけじゃないけど、と雛乃は目を細めて表情を暗くする。
「…何か、僕にもわからないことが…でも、たしかに雛香に起こってる」
「君にわからないなんて、一大事ですね」
「雛香が探られたくない事は、どうしても探れないんだよ」
僕は雛香のこと大好きだから、嫌われるようなことしたくないもの。
さらりとブラコン発言をする雛乃を見、骸は一瞬あきれた顔をしたが、すぐさまその表情を切り換える。


刹那、


「……!」
「…これで少しは、安らげますかね」


次々と開く、色とりどりの花弁に、
晴れゆく青い空、舞う小さな蝶。


「…これは…」
「クフフ、僕の能力の一部ですよ」
「…すごいね、とても綺麗だ」
「雛香もそう思ってくれると、嬉しいんですが」
一瞬にして色鮮やかに切り変わった風景に、雛乃は目を見開き、微笑む。
「…思うよ、僕が思ってるんだから」
「双子、ですからね」
先取りして言った骸に、雛乃は先ほどより随分と穏やかな目を向けた。
「…骸」
「さて、僕はそろそろ行かなければなりません」
赤い右目を押さえ、骸は一歩、後退する。
「…え、」
「どうぞ、雛香によろしく伝えておいてください」
紫の髪が、ゆらり、とぶれる。
「あともうひとつ、」


その姿が完全に消えゆく前に、
骸はひとつ、言葉を残した。


「…近いうちに、また会いましょう、と」







ひどく殺風景な砂と塵に閉ざされていた灰色の世界は、
いまや様々な色に染め上げられ、煌めいていた。



「……むくろ…?」



その真ん中で、ゆっくりと起き上がる少年が1人。
ゆらゆらと焦点の合わない瞳を空に向け、
弟とよく似た、弟と異なる、
黒くまっすぐな目を、スッと細めた。


「……今、骸が、いた、ような…」








Arrivederci.

また会える日は、すぐ、そこ。


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