男子によるタイプ話(下)
「咬み殺されたいの?」
いつも通り、黒い学ランをまとい銀のトンファーをチラつかせる不良委員長は、
やっぱりいつも通りそう言った。
が。
(雛香君の…タイプ…)
(雛香のタイプ…なのな)
(雛香のタイプの…雲雀)
対する3人の心構えは、全くもっていつも通りとは言えない状況にあった。
そして、ここにまたもう1人。
(このタイミングで来るかよお前…!)
頭を抱える少年がいた。
「宮野雛香、何群れてるの」
「……いや、てなんで俺だけに言うんだよ」
雲雀の言葉に、ワンテンポ遅れて答える雛香。
その目がどこか気まずそうに逸らされているのを見、雲雀は眉を寄せた。
ふと辺りを見渡せば、なぜかこちらを凝視するいくつかの目。
「何、君達も咬み殺されたいの」
「や、あの、違うんですけど…」
「…そーいう訳じゃないんだけどな」
「…タイプ……」
対するツナ達もいつもの危機感はどこへやら。
ただ1人、平然と唐揚げをもぐもぐ咀嚼する雛乃が場違いな雰囲気をまとっている。
雲雀はさらに眉にしわを寄せると、雛香の方へ顔を向けた。
「…ねえ、アレうっとうしいんだけど。なんとかしてよ」
「…いや俺に言うな。しかもなんとかってなんだ」
「いつも君が追い払って2人きりになるじゃない」
徐々に不機嫌になっていく雲雀はなんともなしに淡々と言い放つが、その言葉にピク、と反応する傍らの3人。
(雛香君、タイプだからいつも…?)
(雛香、戦闘目当てだけじゃなかった…のな)
(雛香のタイプの…雲雀)
もはや大混乱である。
その横でむしゃむしゃと卵焼きをほおばる雛乃が、ふと口を開いた。
「あ、思い出した」
残像すら見えない速さで振り下ろされるトンファー。
間一髪で防いだ雛香は、舌打ちをしてナイフを横に薙ぐ。
突如始まった戦闘に、いつもならとっとと退散するツナ達だったが今日は違う。
なせなら、
雛乃がぽん、と手を叩いたから。
「思い出した」
「お、思い出したって、何が?」
「どーした雛乃?」
「雛香、正確に言うとこう言ってたんだった」
にっこり微笑んだ雛乃は、
激しい戦闘を繰り広げる真横の情景などどこ吹く風で。
きらきらと目を輝かせ、言葉を重ねた。
「『俺が女なら、雲雀みたいなの見た目だけはタイプだな』って!!」
「君すごく失礼なこと言ってくれるね」
「地獄耳!!」
トンファーを振るいながらよく聞こえたなお前。
なぜか速度を上げた雲雀に冷や汗を流しながら雛香は内心で最愛の弟に叫ぶ。
(なんで今思い出すかな雛乃…!)
あとついでに言うとこの暴君にも聞こえる大声で。
「君が僕のことどう思ってるかは、はっきりわかったよ」
「おっけー了解、とりあえず話すかトンファー振るうかどっちかにしてくれ」
「見た目だけ、って随分失礼だね」
「お前意外と根に持つな!」
ついでに言うと口もトンファーも動いている。これはもう本当に立派な暴君ぶり。
「しかも女なら、ってどういう意味だい?」
「いやそこは突っ込むなよ!」
なぜそこに疑問を抱いた。
「君も口閉じてればいいんじゃない、見目はいいから」
「俺は性格も良いっつーの」
「は?」
「今本気で鼻で笑っただろ!」
互いに言葉を交わしながらも武器をまじえる余裕さ。
時たま頬を掠める余波に身をすくめながら、ツナははあ、とため息をついた。
「…なんか、もうどうでもいいかも…」
タイプとか以前に、あの2人仲良すぎるし。
「いやわりぃけど俺は良くないんだな、ツナ」
「えっ」
「女なら、ってことはまだ望みがあるんだよな」
「エッ」
なせが立ち上がる脇の2人。
1人座り込んだまま置いてかれたツナは、目に妙な炎を宿す獄寺と山本を呆然としたまま見送った。
はっと我に返り、慌ててあたりを見渡せば、目に飛び込むのは相変わらずお弁当をもぐもぐと食べ続ける雛乃の姿。
今回の騒動すべての原因を作っておきながら、ニコニコとおかずを口にする彼。
そうはいってもとりあえず傍らで燃える2人よりは話が合いそうだと、ツナは必死で雛乃ににじり寄った。
「雛乃、あのさ…」
「みんなバカだよね」
ごくん、とおかずを飲み込み、雛乃はにっこり笑い、とっても嬉しそうに宣言した。
「雛香の1番のタイプは、僕以外にありえないのに」
……ダメだこれは。
誰1人話が通じないと悟ったツナは、がっくりと肩を落とす。
傍らでは目を光らせ戦況を見つめる2人、
目の前には武器をぶつけ合う2人。
とりあえず、タイプの話はもう二度とやめよう。
ツナはそう固く決めた。