I want to bite you to death! | ナノ
そんなに前の話でもないのに(雲雀)
「…ねむー」
「ちょっと、そんなとこで寝ないでくれる?」
「…だー、お前がこの極限状態まで手合わせするからだろうが…ふあ、ねむ」
「体力無さすぎ」
「…お前だってさっきから動いてない癖に…」


雛香の言葉に、屋上のフェンスに寄りかかり座り込んでいた雲雀はむっとした。
膝を抱えてうずくまる、いわゆる体操座りという体勢の雲雀は、たしかに先ほどから動いていない。
だがそれを言うなら隣の少年だって同じことだ。


「…ほら、立ちなよ。下校時間すぎるよ」
「…むり、ねむー…」


雲雀の言葉に、うつらうつらしながら答える雛香。
その頭が傾き、こつん、と横に座る雲雀の肩の上に落ちてきた。


「…ちょっと」
「…んー、いいだろ少しくらい…」


雲雀は眉根を寄せて文句を口にしたが、雛香は目を閉じると完全に眠りについてしまった。
雲雀の肩に頭をもたれかけたまま、すう、と穏やかな寝息を立てる。


「……もう」
雲雀ははあ、と息を吐くと、辺りを見回した。
夕焼けに染まる屋上は、当然他に誰もいない。
見ている生徒も当然いやしないだろう。


「…眠たい」


そう、半日ずっと闘っていたから。
僕だって人間だ。眠気は、ある。

だから。


「…おとなしくしてなよ」


小さく呟き、雲雀は肩にのる雛香の頭に、そっと首をかたむけた。
こつ、と雛香の頭に雲雀の頭が触れる。


そう、眠いからだ。
いつもの自分ならしないようなことをしてしまうのも、
彼にこんなふうに触れてしまうのも。


「……おやすみ、雛香」


起きたら。
また、僕と勝負しなよ。








「きょーや」


名前を呼ばれて、目が覚めた。
あれ、と違和感を感じる。
彼は、僕の名前を呼んだことがあっただろうか。


「きょーや、そろそろ起きねーとやべぇぞ」


むに、と頬をつままれる感覚に、完全に覚醒した。
一瞬で側にあったトンファーをひっつかみ、
己の頬をつねる不届き者の喉元へ突き付ける。


「…触らないでくれる?」
「スミマセンでした」


苦笑しながら離れてゆくディーノ。
その後ろからまばゆい夕日が照らしているのを見て、雲雀は目を細めた。
そうだ、今日も3人で修業していて…。


「…雛香は?」
「お前が寝てるうちにまた帰っちまったよー」
あいつ今どこで寝泊まりしてんのかな。
苦笑混じりに言う、ディーノの目は笑えていない。
気遣わしげな色の浮かぶ金の瞳を見、雲雀はすっと屋上へ目を向けた。


広々とした屋上には、他に誰の姿も無い。
赤く鈍く光るフェンスには、いつか寄りかかり合い眠りに落ちた2人の跡も当然無い。


まるでそんなことなかったかのように。


「…恭弥?どうしたんだ?」
「…なんでもない」



なんでもないんだ。
雲雀は無言で立ち上がり、膝の埃を払った。



おかしい、と思う。
そんなに遠くない日のことのはずなのに。
どうしてこうも、懐かしく思うんだろうか。




どうしてこんなに、悲しく思えるんだろう。



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