夕焼け空は遠く


 我が六頴館高等学校三年B組では一ヶ月に一度の頻度で放課後の掃除当番がまわってくる。今週がその月に一度の掃除当番なので、帰宅するクラスメイト達を横目に教室の掃除に励む。こういうのは真面目にやってさっさと終わらしてしまう方がいいと思う。面倒だけど、だらだら遊びながら行うのは結果的に自分の時間を削ってしまうだけなので。幸いにも私の班の子たちは似たような考えの人が多いらしく、皆黙々と掃除したので思ったより時間はかからなかった。

「後ゴミ捨てだけ?」
「だね〜。捨て行く人いつもの決め方でいいよね?」
「意義なーし!」
「じゃあ恨みっこなしだからね。せーのじゃんけん……」

 教室のゴミはまとめてゴミ捨て場に持って行くのが六頴館の決まりなんだけど、私達の教室からだとそこに行くまでに距離がある。具体的に言うと殆ど反対側。教室のゴミの量なんてたかが知れているので行くのは一人でいいけれど、何せ遠くて嫌になってしまうのでゴミ捨て当番は押し付け合いなのだ。当番の決め方はそれぞれだけど、私の班では毎回じゃんけんをして負けた人間が行くことになっている。で、今日のゴミ捨て担当が……。

「あ」
「よっしゃ! じゃ、名字ちゃんよろしく〜!」
「は〜? 全員パー出すとかそんなことある?」
「文句言わなーい。はい、いってらっしゃーい♡」
「も〜……行ってきまーす」

 渡されたゴミ袋を持って教室を出た。まさか一人負けとは……。チョキを出してれば一抜けだったのにな〜!あーあ、と思いながら廊下を歩いて渡り廊下に差し掛かる。ゴミ捨て場に行くにはこの渡り廊下から反対側の校舎に向かって、一階に降りてから校舎裏へ向かわなくてはならない。トリオン体ならここから一気に飛び降りて中庭からショートカット出来るんだけどなぁ、と思いながら視線を下に向ける。すると、中庭の木々に紛れて人影が見える。

 あの校舎裏付近の中庭は一階にいると周りの木が目隠しになって、人目から隠れられるので六頴館では専ら告白スポットなんだけど、そっか上からだったら意外と見えるんだ。知らなかったな。そんな予定は一ミリもないけれど自分が使う時は気を付けようかな、などと思っていると今まさに使用中の片割れが自分の友人であることに気がつく。あのキラキラした黄金色は間違いなく澄晴だ。多分告白される方。顔が良くって、コミュ力も高いしその上ボーダー所属なので友人の贔屓目を差し引いても、とてもモテる。今付き合ってるって人がいるとは聞いたことがないけど、いい返事を返すのだろうか。女の子の方は多分可愛いと噂の一年生だ。悪い評判は聞かないし、私が男だったら間違いなく付き合ってる。もし澄晴と後輩ちゃんが付き合い始めたらこれまでと同じようには遊べなくなっちゃうかもなぁ。それはちょっと寂しいかも。

「名字さん何見てるの?」
「わっ! びっくりしたぁ」
「えへへ。一人だと寂しいかなーと思って手伝いに来ちゃった。中庭方見てたけど犬でも迷い込んでた?」
「え〜超優しいじゃん好き。別に何もないんだけど、ここから跳べたらゴミ捨て場すぐなのにな〜って」

 クラスメイトが「名字さんアグレッシブ〜!」なんて笑うのを聞きながら、中庭の方を見ると二人はもう居なくなっていた。ゴミ捨て場に行くには二人の傍を通らなくてなならなかったから、鉢合わせる心配はなくなったなと思いながら階段を下りる。

 他愛ない話をしながらクラスメイトと共にゴミ捨てを終えて教室に戻った。

「ただいま〜」
「お帰りー。名字ちゃん達も戻ってきたし、これで今日は終わりだから帰ろうか。お疲れ様〜!」
「お疲れー」

 各々部活やアルバイト等のために教室を出ていった。私はどうしようかな……。ボーダーで個人戦するのも悪くないけど、今期のランク戦はこの間全部終わったところだし、今日は防衛任務もないしなぁ。太刀川隊の隊室に遊びに行って柚宇とゲームするのもありだな。ちょうど先日一緒にプレイしたゲームが攻略途中だし。柚宇はボーダーに用事がなくても隊室でゲームしてることが多いから、多分今日もいるだろう。下校のために荷物をまとめていると教室の入口から声を掛けられた。

「あ、よかった。まだ帰ってなかった」

 そこにいたのは先程まで中庭で告白されていた澄晴だった。

「何、どうかした? 今日は防衛任務ないけど何か連絡でもあった?」
「ボーダー関係じゃないんだよね。この後って用事ある?」
「ん〜、約束してるわけじゃないけど、本部行って柚宇とゲームでもしようかなって思ってた」
「先約がないならよかった」

 「これなんだけど」と言って澄晴がスマートフォンの画面を見せてくる。どこかのお店のSNSアカウントらしい。画面にはずらりと色とりどりのフルーツとたっぷりのクリームが乗せられたクレープが並んでいる。イチゴカスタードにチョコバナナ、クレームブリュレなんてのもある。授業を終えて空腹の女子高生にはたまらない光景だ。見てるだけで涎が出てきそうになってしまう。くぅ……と小さく鳴るお腹が空腹を訴えている。

「えっ最高じゃん。何これ、どこのお店?」
「駅からちょっと行ったとこだよ。オープン記念でクーポン貰ったけど俺一人だと並びにくいからさ〜……。暇なら一緒に行ってくれない?」
「行くっ! 今すっごく暇になったから!」
「やった。じゃあ行こ」

 ごめん柚宇、ゲームはまた今度しようね。クレープには勝てなかったよ……。今度は柚宇も誘うからね〜!と、本人に伝えれば「何で告白する前に振られたみたいになってるの〜?」なんて言われてしまいそうな事を思いつつ、澄晴と共に学校を出た。


 六頴館から駅を超えて歩いたところに、そのクレープ屋さんはあった。パステルカラーを基調とした可愛らしい外観で、店の前には同じく学校帰りの女子高生や若い女性たちが数組並んでいる。なるほど、これは確かに男性だけで買いに来るのは気が引けるのかもしれない。テイクアウト専門店のようだけど、近くに公園があってそこでクレープと食べるお客さんも多いみたいだ。
 看板には、お店の人の手描きであろうイラストと一緒にメニューがずらりと書かれている。メニューを見ながらあーでもない、こうでもないと悩みながら列に並ぶ。どれも全部美味しそうに見えて、見れば見るほど悩んでしまう。

「限定のイチゴ……でもこっちのブラウニーのやつも捨てがたい」
「俺が片方頼むから分けっこすればいいよ」
「澄晴様……!」
「大げさだなぁ」

 直ぐに私たちの順番が来たのでクレープを二つ購入して公園に移動する。澄晴の案に甘えて、イチゴとブラウニーのクレープを注文した。
 公園を見渡すと運よくベンチが空いていたのでそこに腰かける。

「名前、こっちむいて」
「ん?」

 澄晴の方に顔を向けると、手元のスマホには自撮りアプリの撮影画面が映し出されている。澄晴に身体を寄せてポーズをとると、パシャリと小さな音が鳴った。

「後で私にも送って」
「犬飼りょーかい。後でSNSに上げてもいい?」
「いいよ、好きにして。はぁ……美味しそう〜!」

 つやつやしたイチゴが花を模して美しく並べられているのを見ると、崩してしまうのは些か勿体なく感じてしまう。でも食べない方が勿体ないから……!いただきます、とクレープに齧りつくと甘いカスタードクリームと甘酸っぱいイチゴの風味が口いっぱいに広がった。ん〜最っ高!クリームが溢れそうなほどたっぷり入ってるのがポイント高め。
 美味しさに見を震わせていると、細かく刻まれたチョコレートブラウニーが乗ったクレープが目の前に現れた。

「お先にどーぞ」
「今更だけどさぁ、齧っていいわけ?」
「? いいけど。何か駄目だった?」
「いや……大丈夫ならいいの、大丈夫なら」

 ほら、と差し出されたブラウニーのクレープを一口齧る。予想通りこちらもとっても美味しい。全体的にチョコレートを基調としているが、アクセントに取り入れられた杏ジャムのおかげで甘いだけのクレープではなくなっている。思わず破顔した私を見て澄晴はくすくすと楽しそうに笑った。

「本当に美味そうに食べるよね」
「美味そうじゃなくて、実際美味しいんだよ。澄晴も食べれば分かるって」

 ほら、とイチゴクレープを口の側まで持っていけば澄晴は「いただきます」と言って食べた。

「ん、確かに。これは美味い」

 凄く今更だけど、これは間接キスだと思うのだけれどいいのかな。澄晴は気にせず私が口を付けたクレープを食べたし、何なら先程私に一口くれた自分のクレープを食べ進めている。さっき問いかけた時も何か問題があるのかと言う顔をしていたし、私一人で意識するのも自意識過剰みたいで恥ずかしい。友達だし女の子となら私も構わないので、澄晴もあまり気にしない質なのかもしれない。多分そうでしょ。
 あ、でもこの人ほんの数十分前に告白されてたんだよな。もし、万が一、澄晴が告白に良い返事をしていたら……。それは流石にまずいんじゃない?いくら当人同士が友達だと主張したって、彼女からすれば間接キスなんて気分のいいものじゃないはず。人によっては浮気を主張するだろう。
 というか、クレープにつられて来ちゃったけどこの状況もヤバいのでは?傍から見ればデートにも見えるだろうし。痴情のもつれに巻き込まれるのはちょっと勘弁してほしい。

「す、澄晴」
「どうかした? さっきから進んでないけど食べないの?」
「いや、食べる。食べるけどさぁ、この状況大丈夫なの? 怒られない? 私、後ろから刺されたりするのは絶対に嫌だからね」
「急に物騒なんだけど。何、何の話なわけ?」
「今日の放課後、中庭で告白されてたでしょ。彼女さんに文句言われたくない」
「は、え? 見てたの!?」

 見てたんじゃなくて、見えたの。人を覗き魔みたいに言わないでほしい、失礼な。見えにくい場所といっても屋外なんだから視線が通るところだってあるでしょ。誰にも目撃されたくないなら空き教室でも使ってよね。澄晴は呼び出された立場なので決定権など無かったかもしれないけど。

「はー……あの子には悪いけど断ったんだよ。だから二人で遊んでも文句言ってくるような子は俺にはいません」
「断っちゃったの。可愛かったのに」
「いいの。恋人作るよりこうやって名前と一緒にいる方が楽しいし?」
「あら、それは光栄」

 そっか。断ったんだ。後輩ちゃんには申し訳ないけど、良かったなんて安堵してしまう。まだ澄晴は誰のものでもない。なら、私が隣に居たって咎める人もいない。弱気で、卑怯な考え方。私って案外臆病な女だったのかもなぁ。知らなかったや。
 友達に対して独占欲を抱いてしまうのは珍しい事ではないらしい。“ずっと一緒にいて”こんな子供じみた我儘も、その一環なのかな。思春期特有の一過性のものなのだろうか。
 時々、澄晴への“好き”がどっちの感情なのか分からなくなる。キスやそれ以上を望んでる訳じゃない。やれって言われれば出来るだろうけど、現状澄晴に対してそういう欲は存在しない。
 私は澄晴とどうなりたいんだろう。今の自分じゃどれだけ考えても答えは出ないのだろうな。分からないのならこの思考は無意味なものだ。私は今、澄晴の隣にいる。それでいいでしょう。
 よし、と残っていたクレープを口に放り込んで一気に咀嚼する。
  
「ね、この後カゲん家行こーよ。私お好み焼き食べたい」
「今から!? クレープ食ったところじゃん」
「甘いもの食べたら塩っぱいもの食べたくなってきた」
「だからって今すぐはお腹に入らないよ」
「じゃあお腹すくまでゲーセンでも行こ。ゾンビ撃つやつやろーよ」

 銃手マスタークラスの腕前を見せてくれ。この間プレイしたときは二面がどうしてもクリア出来なかったんだ。
 沢山遊ぼう。カラオケ、ボーリング、諏訪さんに麻雀教わってみるのも良いかもね。お出かけだっていっぱいしたい。防衛任務もあるから遠出する機会は少ないかもしれないけど、一緒に色んな所に行こう。ふたりきりじゃなくてもいいよ。二宮隊でテーマパークに行くのもいいかもね。きっと楽しい。ニノをどうやって連れて行くかが問題かな。
 澄晴との思い出を山ほど頂戴。そしたらきっと、明日も幸せだからさ!
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