あの日の僕等は眩かった


「東さーん! お稽古つけてくだ、さ……い……」

 東春秋と言えば、同じポジションでその名を知らぬものはいないと言っても過言ではない。ボーダー最初の狙撃手で、かつてはA級一位を率いた男。ポジションに関わらず、現在正隊員として成果を挙げる人物には彼に師事を受けた人も多く、彼の弟子になりたい人間は後を絶たない。そう、私も含めて。
 そんな訳で、私は度々時間を見つけては東さんに教えを乞うのである。今日もそのつもりで狙撃手の訓練場にいた東さんに駆け寄ったのだが、側にはC級隊員の制服に身を包んだ同い年くらいの少女がいた。

「だ、誰よその女……!」
「妙な言い方するんじゃない。こないだ入隊した鳩原だよ。なかなか筋が良くてな、ちょっと教えてたんだよ」

 東さんの後ろからイーグレットを持ったC級隊員の女の子が顔を出す。東さんが誰かを教えることは珍しくないけどそれは正隊員に限った話だ。基本的にC級は基礎を覚えて自主練習する子が殆どだ。教わるにしても先に入隊してた友人や、年の近い先輩を師匠に選ぶ人が多い。もちろん東さんだって目に入った新人を教えることくらいあるだろうけど、わざわざ東さんが“筋がいい”なんて褒めるってことは……。

「新しい弟子なんでしょ……。私の事は弟子にしてくれないのに」
「名字は俺の教えなんていらないだろ。もうA級なんだし」
「じゃあ今日からC級でいいです」
「わがまま言うなよ」
「じゃあ弟子にして下さいよ〜!」

 私と東さんのやり取りに鳩原と呼ばれた女の子はオロオロを私たちの様子を伺っている。視線が私と東さんを行ったり来たりだ。おそらくあまり主張の激しい性格ではないのだろうと思う。彼女からすれば、急に知らない人間がやって来てわーわー騒ぎ立てるんだもんな。怖いよね。びっくりするよね。
 私が言うのも何だが、ちょっと気の毒になってくるな。

「お前もボーダーの先輩なんだから色々教えてやってくれ。確か学年も一緒だった筈だから」
「ふーん……。まぁいいけど、東さんのお願いだし。私、名字名前。よろしく」
「あ、……鳩原未来です。よろしくお願いします」
「東さん、今日まだ訓練続ける?」
「いや、今日はもう終いだ。始めから根を詰めるのも良くないしな」
「鳩原さんはこの後時間ある?」
「えっあっ、はい」
「じゃあ行こ。東さんまたねー!」

 東さんにバイバイと手を振って、鳩原の腕を掴み有無を言わさず連れて行く。戸惑った様子を見せたが、鳩原は大人しくついてきた。抵抗するほど頭が回っていなかっただけかもしれないけど。

「名字さん、ねぇどこに行くの?」
「食堂〜。同性で同い年のボーダー隊員って少ないんだよね。せっかくだからお話しよ!」





「へぇ〜三門第一なんだ。私は六頴館だから高校は別か〜」
「六頴館……進学校だ。名字さん、頭いいんだね」
「そんなことないよ、成績はいいとこ中の上だし。ボーダーには私なんかより凄い人沢山いるもん」

 「あと名字さんって他人行儀だから名前でいいよ」そう言うと、鳩原は「うん、私も未来って呼んで」と返してくれた。

 未来と話すのは楽しかった。
 私の生活はボーダーと切っても切り離せないもので、普段も友人等と遊ぶよりランク戦や防衛任務に費やす時間の方が多い。ボーダーじゃない友人と話すのも楽しいが、どうしても話が合わない瞬間というのが出てくる。ボーダーでの出来事は基本的に守秘義務が生じるので余計に。話題に上げられても何も話せないんだよね。
 オペレーターを探せば何人か同い年の同性もいるけど、戦闘員の女の子は貴重だ。同じポジションともなれば尚更!今まで話す相手がいなかったあれやこれやを、未来と沢山喋り尽くした。

「あ? 鳩原じゃねーの。お前ボーダー入ったんだな」
「当真くん」
「何? 二人とも知り合い?」
「おー。同じクラスだよ」

 ランク戦でもしてきたところなのか、ふらふらと食堂に入ってきた当真に話しかけられた。そっか。そういえば当真も三門第一の生徒だった。同じ学校、同じクラス。楽しそうで羨ましい。

「まぁ、あんま付き合いある方じゃねーけどな。もうポジション決まったか?」
「狙撃手だよ。私たちの後輩。でもってあんたの弟弟子でもある」
「東さんが師匠か。良かったな〜鳩原。なりたくてもなれるもんじゃねーぞ」
「そうなんだ……。東さんって凄い人なんだね」

 凄いの一言で片付けられないのが、東春秋という人だけど語ると長くなるので割愛する。未来はとんでもない人が自分の師匠になった事に気がついたらしく、ちょっと萎縮している。東さんは怖い人じゃないからそんなにビビらなくても大丈夫だよ。

「お前の目の前にいる奴なんか、振られ続けて長いからな〜。今日の弟子チャレで何回目だ?」
「うるさい。余計なことは言わなくていいの」
「弟子チャレ……?」
「名字が東さんの弟子になれるかチャレンジ。今のところ名字の全敗だけどな。毎回軽くあしらわれてるから望みも薄い」

 アッハッハと声を上げて笑う当真が恨めしい。自分はさらっと弟子になれたからってよぉ〜……!
 当真の言う通り、私はもうずっと東さんの弟子に志願している。受け入れられたことは一度もないけど。断られる内に場所を選ばなくなったので、私の弟子志願は知れ渡ることとなり誰が言い出したか弟子チャレなどと呼ばれいいる。

「も〜! 私の話はいいんだって! 未来は訓練順調? B級には上がれそう?」
「おいおい、こないだ入隊式終わったとこだろ。流石に気がはえーよ」
「分かんないじゃん!」
「うーん、直ぐにはちょっと難しいかな。成績上位15%はやっぱり簡単にはいかないよ」

 「でもあたし、早くA級に上がりたいんだ」ポツリと未来が呟いた。途端、自分の言葉にハッとしたように「いや、あたしなんかが無理だって分かってるけど! 目標っていうか、その……」わたわたと言い訳を繰り返す。思わず出た本音って感じかな。別に悪いことじゃないと思うけど。優秀な狙撃手が増える事はボーダーにとっても良いことだし。
 未来は自分を卑下しすぎだ。東さんが筋がいいって認めた。それだけで十分すぎる才能を秘めているのに。あの人、あれで結構ドライな所があるからリップサービスなんかしないんだよ。

「未来、早くB級になりなよ。そしたらうちの隊に入ればいいよ」
「えっ!?」
「おっ何だ。青田買いかぁ〜?」
「当真……よくそんな言葉知ってたね」
「俺のこと馬鹿にしてんな?」

 馬家にはしてない。馬鹿だとは思ってるけどね!
 未来に「で、入ってくれる?」と再度尋ねれば迷うように視線を動かし、やがて答えを決めたようで顔を私へと向けた。

「あたしがB級になったら、もう一度誘ってくれる? 名前の誘いは凄く魅力的だけど、今のあたしにはまだ早いと思うんだ。見合うだけの実力をつけてからちゃんと返事がしたいから」
「いいよ。その代わりB級に上がったら一番に私に教えてよね」
「うん、勿論!」

 そう返してくれた未来は、今日初めて柔らかい笑顔を見せてくれた。

 いや〜でもまさか私が勧誘するより先に、ニノが未来に声をかけるとは誰も思わなかったね!ちょうど私が防衛任務で行けなかった狙撃手の合同訓練で未来がB級入りして、その時たまたま狙撃手を探しに来てたニノが未来を見つけちゃうって一体どんなミラクルなわけ?
 あーあ。私が先に目をつけてたのにな!
prevnext
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -