見えてくる運命の扉



「ねぇ」
 夕暮れももうすぐ終わりを告げる帰り道、蓮は静かに問いかけた。問いかけたのはどこからともなく現れた男。
「なに」
「……一昨日のあれは、」
 クスリと男の口元が笑みを作る。
「ああ、あれのこと」
 知ったような口ぶりに蓮が男を見る。やっぱりそうなのかとその目は問うている。
「偶然てあるものなんだね」
 男の言葉に蓮は確信した。そして、偶然ねと呟いた。
「もしかして誰かの作為でも感じる。でもきっとそんな物は何処にもないよ。本当にただの偶然さ」
「作為とかは思ってない。得する人はいない」
「だろうね。でも、見たあのこの驚いた様子。挙動不審で自分が犯人ですって言っているような者だね」
「名前も同じだった」
「そうだね。馬鹿だな」
「ああ」
 呟きながら蓮は口の奥で馬鹿だと繰り返し呟いていた。
 馬鹿だと。
 自分も相手も。
「仕返し、しないのか」
 蓮が問うたのに男が残念そうに肩を落とした。
「したいのは山々なんだけど、僕、妖怪関係の問題は起こさないように厳重注意されてるから。
 なに、蓮はして欲しかった」
「別に。ただ、不思議だったから」
「そう。残念な事ながら今回は無理なんだよ」
「そう」
「そうなんだ。だから、調子乗らないといいんだけど。でも」
 男が不気味に笑うのを蓮は見た。冷たい眼差しを送る。
「無理みたいだね」
 何が起きるかなど聞かない。男の手が蓮の頭を撫でる。
「僕、先に帰ってるよ、じゃあね」
 笑っていた男から視線を外す。
 男は消えていた。



 男が消えて暫く蓮はそこに立っていた。その時声が聞こえた。
「見つけた」
 昨日聞いた声。
 上を見上げる。建物の上…
 そこには長い髪をした女の子が一人、真っ赤な目をして立っている。
「懲りずにまた来たわけ」
 蓮は不適に笑いかけた。昨日の今日で油断するつもりはなかった。
赤い眼が笑う。
「おいしそ」
蓮の言葉を気にすることもなく赤い眼の女の子吸血鬼がうっとりと呟く。
「極上の餌。食べないと、最後の最後まで」
トンと少女が飛ぶ。
風に揺られてふわりと広がったスカート、
それさえきにせず、地に落ちる勢いそのままで蓮に蹴りを入れようとした。しかし、受け止められたそれ。
反射的に後ろに下がり地を蹴る。
止まることなく掴みかかるが、それは軽く避けられた。壁にぶつかりかけながらも途中で大きく体を回転させることで防ぎそのままの勢いで壁を蹴る。
一直線で向かうのは蓮の首筋。
後少し
と言うところで蓮が持っていた鞄に遮られ、  力一杯鞄ごと横に投げ飛ばされていた。勢いのつきすぎたそれは、吸血鬼だけではなくやった張本人の蓮さえも後ろに飛ばしてしまっている。
壁に手をつくことで激突をまねいだ後、体制を立って直し吸血鬼を見据えた。
うまく壁との激突をさけることの出来なかった吸血鬼は多少は痛んではいるが、たいした効果はなかった。
同じように体制を立て直した吸血鬼は蓮の動きを幼い瞳で見ていた。
「食べらしてくれないの?」
まるで食べらせて当たり前とでも言うその瞳はわがままな子供そのまま。
赤い眼が不思議に瞬いている。
「当たり前だろ」
不思議に満ちていた眼がその言葉により禍々しい笑みに変わる。
「それでも食べるよ」
ふっふと女の子らしからぬ禍々しさで吸血鬼が笑い。
それを見る蓮は、一つの違和感に気付いた。赤い眼がより鮮やかになっていているのだ。同時に暗いモノへともなっていていた
「食べる」
そう言って微笑む吸血鬼。
「最後の最後まで」
襲ってくる。
その動きを止めようと前にでたが、それよりも前に吸血鬼の身体が大きく揺れていた。がっくりと膝が落ちている。
「ぅあ!」
うめき声が漏れる。さらさらと長い金の髪が乱れ
「ぅぁぁ」
痛々しく呻く吸血鬼のその眼が赤から青に変わる。そしてまた青から赤に変わっていく。それを何度も繰り返しながら吸血鬼は頭をかき乱しながらうめき続ける。
突然のそれにただ見ていることしかできない。
「ぅぅぅぁ………………、眷属」
青い眼の吸血鬼が呼んだ
「お呼びですか」
それと共にまるで初めから居たかのように2匹の蝙蝠が現れていた。一匹が声をかける。
「帰るよ」
「はい」
少し落ち着いた吸血鬼が立ち上がる。ふらふらとふらついては壁にもたれかかった。
青い眼の吸血鬼。それが少しだけ蓮を見た。その眼に黒いモノが混じった。
「命拾いしたわね」
それだけ呟き吸血鬼が空に飛んだ。黒い翼、蝙蝠の羽がはえ大きく羽ばたく。それに続いて二匹の蝙蝠が飛び上がった。黒い羽が空に舞う。
それを呆然と見上げる蓮は、静かに静かに口を開いた。
「二回目……。愚かなのか、それとも」
 思案するその声に闇が緩く揺れた



 何処かの室内だった。
 そこで男と女性が二人。女性はソファーに座り、男はその後ろにもたれ掛かっている。
「ねぇ、」
「なに」
 男の呼び声に自然に帰す女性。男はふて腐れた表情をしていた。
「本当に今回の件、なにもしないで見てるだけなの」
「ええ。今無闇に動いたら危ないからね」
「せめてさ、交流会のほうだけでも止めらせようよ」
「いいじゃない。たまの息抜きをさせてあげなさい。縛りすぎているのよ」
「だって、あれは僕の者だもの」
「分かってるわ。でも……、私が必要なのはあなたの物のあの子じゃないの」
「僕にくれるって言った癖に。嘘つき」
「あげてるでしょ。それにこれからよ。全てが終わったらあなたに返してあげる」
「どうだか」
 男が怒ったように呟いた。女性は口元に穏やかな笑みを浮かべている。目を閉じて今にも眠ってしまいそうである。
「ねぇ」
「なに」
「僕はあの子が人に関わるのが大嫌いなんだよ」
「そう」
「うん。だって、あの子はどうやっても変わらないから」
「そう。良いことだわ」
「よくないよ」
「良い事よ。私が必要としているのはそんなあの子。そんなあの子なら私の言うこと何でも聞いてくれるでしょ。感情がないより、感情がある方が扱いやすいのよ」
「ふーーん。僕の物なのに」
「ええ、分かってる」



 普通ならばれる方が不自然だと思うのだが、でも、でも、胸が騒ぐ。
 やってしまったと。
 もう取り返しがつかないと
 嫌、そもそも取り返しなど最初からつくことが出来なかったのだが。
 何が悪かったのだろうか。
 考えても分からない。
 強いて言うなら全てだろうか。自分を自分とさせる、とても好きな全てだろうか。愛しているのに、これで正しいと思っているのに、でもそれらは間違いだったのだろうか。
 きっと間違いだったのだろう。
 ああ、哀しいよりも悔しい。悔しいよりもただ、どうして。
 どうしてこうなのだろうか。
 もうただただ後悔することしかできない。
 後戻りも出来ない。
 それは最初からだけど、また新たな問題が出来た。

 ああ、あの目が離れてくれない。

 何故、何故。
 やってしまった。
 やってしまったのだ。
 大丈夫なはずだけど、でも……。
 大丈夫だと信じるけど……。
 もし、大丈夫でなかったら私はどうしたらいいのだろう。
 どうしたらこの罪を洗い流すことが出来るのだろうか。
 ああ……、ああ……、
 何故、見付けてしまったのだろうか



 とある事務所の椅子に座り、中山理矢は難しい顔をしていた。
「この二日間、被害なししゃいか」
「はい。警察機関、病院機関、何処を探してもこの二日間被害者らしき者がでた気配はなし。夜の見回りでも被害者の姿は愚か、本人の姿さえ見付けることが出来ませんでした」
「そう。おかしいしゃいね。ここ最近はひっきりなしに起きてたって言うのに」
「被害者も一日に何人もでていましたからね」
 腕組みをして考えてみるが被害が出ない理由など分からない。
「警戒して?」
「何を?」
「さあ? 私達とか、他の祓い屋機関とか。まあこの辺の町で勝手に妖怪を払う奴らもいないと思うけど、まあ、でも」
「警戒心だけで動きを止めるような奴ですか。そもそもそれが出来ないからこういう事になっているんでしょ」
「そうしゃいよね……。じゃあ、何があったんしゃいかしら。まさか……」
 青ざめる理矢に青年がゆっくりと笑った。
「それは、想定しうる限りの最悪の展開ですね」
「まだ、早いはずしゃい」
「ええ、予定では」
「……」
「清水」
「何でしょう」
「この書類の始末、全部任せて良い」
「よいわけないでしょう」
「……じゃあ、期限を送らせるように連絡しといてしゃい。私、今から用事が出来たしゃいよ」
「仕方ありませんね。分かりました」
 理矢は部屋の中から飛び出した








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