紅い月−七つの謎と黒い影−

MISSION*05 



時計の針は4時20分を差していた。
六限はとっくに終了。校内には奈緒と紫音と雪羅と蒼音の4人しかいるはずがない時間帯……なのだが。
テニス部の部室には8人もの人が残っていた。言わずもがなテニス部レギュラーの人達である。みんなは利害一致していたのか、授業が終わってから部室で時間が過ぎるのを待っていた。
彼らは黙ったままで部室には時計の針が動く音だけが響いている状況だった。


「…やっぱ絶対可笑しいだろぃ」


そんな静けさを破ったのは丸井だった。
それにつられてその場にいたみんなもそれに同意し、次々と喋り出す。


「生徒も先生も帰れなんてフツー言わないっスよね!」

「それも、水蓮まで使ってのぅ…」

「そもそもなぜ校長は神楽の隠していた力を知っていたのか」

「4時半ってのも可笑しいよな」

「…4時半以降に何かが起きるとしか考えられませんね」

「やはり謎が多いな。奈緒自信は解決すれば教えてくれると言ったが…」


考えれば考えるほど疑問が浮かび上がる。その疑問を振り払って出た言葉は、


「そろそろ教室に行ってみよう」


みんなが思った言葉を、代表するかのように幸村が言った。
そんなこんなで部室を出て、教室へ向かった
時刻は4時29分だった。靴から上履きに履き替え、昇降口から見える時計を確認する。34分。


「…30分、過ぎましたね」


柳生がみんなに確認するように言った。みんなは頷き、辺りを見回す。が、何も変わった様子はなかった。
再び歩み始め3年B組の教室を目指す。4時38分。
教室に着けば、自分の机に体重を預け窓の外の空を眺めている奈緒がいた。制服のままではあるが、いつものような学校にいるときの容姿ではなく、カラーコンタクトも伊達眼鏡もつけていない彼女の姿がそこにはあった。綺麗な深紅の目はどこか遠いところを眺めている。その場に紫音たちの姿はなかった。

奈緒は音に気付いたのか「もうすぐ…」と言いながらこちらを向いた。途端、石のように固まってしまう奈緒。沈黙が続いた。
そして突然、我に返ったようにはっとし、目を擦る。そして再びそこにいる者を見た…が、すぐに目を丸くした。幻覚ではない、本当にそこにテニス部がいたからだ。奈緒の様子だと紫音たちが来たのだと勘違いしていたのだろう。
彼女が口を開くまでに、何分かかっただろうか。彼女の第一声はなんと「…は?」と言う一字だった。


『な、!? …なっ、何で君たちがここにいるんだ!!! 危険だ!今すぐに校舎から出てくれ!!』

「奈緒?どーしたんだよぃ、そんなに慌てて」

「俺たちは奈緒が今からする事を知りたいだけなんだよ」

『そんなものどうだっていい!今こんな所で呑気に話している暇なんてない!』

「ですが、」

『出ろって言ってるだろう!!! 早く!!』


話を遮り、怒鳴りつける。もの凄く焦っている奈緒の様子を初めて見たレギュラーたちは一体これから何が起こるのかという思いと、少しの恐怖心を抱いた。
奈緒はいつもの冷静さを失い、眉間に皺を寄せてレギュラーたちを見る。


『もう時間がないんだ!説明は後で必ずするからまずはこの校舎から───』

───キーンコーンカーンコーン……


焦りと怒りの混じった奈緒の言葉は突然、けたたましく鳴り響いたチャイムでかき消された。窓の外の景色はふっと暗くなり、教室の空気は背筋がぞっとするほど重くなる。奈緒はそれを聞いた後、ぴたりと動きを止め息をのんだ。
チャイムが鳴り終わればどこからか微かなノイズ音が耳に届く。


【ざんねーん、時間切れ〜】


そのノイズ音は先程チャイムが鳴ったところと同じ場所、つまりスピーカーから聞こえていた。直後に聞こえた幼い声。その場ではとても性別を判断しにくい高い声だった。奈緒は教室の時計を見て脱力したように自分の席の椅子に座り、溜息をついた。そしてテニス部を睨んで小さく舌を打つ。


「…な、奈緒先輩…何なんスかコレ!」

『……七不思議だ。…立海七不思議。時計を見ろ、君たちの持っている携帯もだ。4時44分で止まっているだろ。…もうここはこの世にある世界ではない』


彼女がそう言うと教室の時計を確認した後、自分たちの携帯も確認する。確認し終わった柳は「ふむ、どうやら本当のようだな」と呟いた。
奈緒の言葉に反応するかのようにスピーカーから聞こえる声の主は「せーかーい!」と言葉を発する。


【そーゆーことで君たちは異世界に飛ばされちゃいましたぁ。ここを出るには七不思議をクリアするしかありませーん!……でもちょっと今回は人数が多過ぎるかなぁ。】


1、2、3…と何かを数えるように数字を言っていく放送の声。
数字を言う声は段々小さくなっていき、静かになったところで再び「やっぱり多いねぇ」と何かを悩んでいるように呟いた。その子はそうだ、と閃いたように言う。


【…じゃあちょっと、消えてもらおーか☆】


その言葉に全員がは?と言う顔をした。奈緒は冷や汗を浮かべながら一体何をする気だとスピーカーを見つめる。声の主はスピーカーの奥でくすっと笑った。


【どうもきりの悪い数字は嫌なんだよね〜。と言うわけで】


ぱちん。
そんな指を鳴らす音が聞こえたかと思うと、


「ジャッカル!!?」

「仁王先輩!!」


一瞬で、テニス部の2人が消えた。
丸井と切原の叫んだ言葉が教室に響く。テニス部はきょろきょろと辺りを見渡した。柳生が廊下を見に行っても、真田が窓から外を見渡しても、桑原と仁王の姿はどこにも見当たらなかった。


『…おい。2人に何をした。』

【何って…別に元の世界へ返しただけさ?僕だって殺すなんて可哀想なことはしないよ〜…まぁ、七不思議で死ぬのは知ったこっちゃないけどねぇ】


“僕”と言う声の主は男の子のようだ。彼はどうやら奈緒たちの声が聞こえているらしい。


『じゃあ殺してないんだな?』

【だからそう言ってるでしょー?…じゃあ、そろそろ七不思議についてかるーく説明するよ】


男の子は「なぁに、簡単なことさ」と言って小さく笑う。七つ不義の説明が始まった。
1つ、君たちも知っているであろう七不思議の霊は、きちんとクリアすること。


【強制成仏はダメだよ。そんなことしたら帰れなくなるからね】

「そんな…全部解決しろとか無茶だろぃ…」

【……無茶かぁ…、そこまで言うならハンデをあげてやってもいーよ。んー…じゃあ、強制成仏出来るのは2つまで!それ以降は認めませーん☆】


奈緒は静かに息を吐いた。
案外、丸井がいてくれてよかったかも知れない。どんな七不思議が待ち受けているのか彼女自身も話しかしらないため、強制的に浄化することが出来なければクリアするのは難しいだろう。


【2つ目、校内からは基本的に出られませーん。結界が貼ってあるからね。出られる所があるとしたら屋上と中庭だけだよ〜。校庭、校舎裏、部室なんかは行けないからねぇ】


幼い声の主は続けた。


【最後、3つ目。制限時間があるよー】


そう言われ、奈緒たちは息を飲む。B組の教室に一瞬の静寂が訪れた。
そしてスピーカーの奥の彼は誰かの言葉に反応したかのように「よく分かってるねぇ!はは、制限時間までにクリアできなかったら元の世界に帰るための扉は閉じられちゃう。そしたらもう戻れないんだぁ!」と話した。きっと他の場所にいる紫音か蒼音が質問をしたのだろう。
小さく聞こえる怪しい笑い声。
奈緒は横目でレギュラーを見た後、唇を噛んだ。


『制限時間はどれくらいだ』

【えっとねー♪向こうの世界で夜が明けたらアウトかなっ。て言うか?先生、もしくは生徒が向こうの世界の校内に入ってきた時点で帰ることは出来ないだろうね〜。一生、死ぬまでこの学校をさ迷うことになっちゃうよ!】

「先生が来るのが7時前。そこから職員室へ鍵を取り、教室棟を開ける。だから生徒がそれより早く来ることはない。今が5時と言うことにしたら、残り約13時間と言うことになるな」

【へぇ…賢いねぇ、君。そうだよー約13時間だね。それまでにクリア出来るといけーけどねーふふっ】


柳の言葉に反応する男の子はどこか楽しそうに笑った。


【因みに、今までにクリアした人を教えてあげるよ。とても少ないんだよねーこれが!何とー…たった、2人だけ。後はみんな最初に出くわしちゃった奴に殺されちゃった☆】


君たちはどーなるのかなぁ!見物だねぇ!と楽しそうな声が響く。直後、ザザッとスピーカーのノイズが聞こえた。男の子の声はノイズ混じりの声に変わる。


【んーガガッ…ろそろザザーッたいだねぇ、1つの謎クリア時にはギギギッ、ザーーーッ…から、頑張ってねぇー。そジッじゃ…よーいスタート♪】


男の子が喋り終わった後、ブツッと放送が切れた大きな音がした。一緒に聞こえたノイズの音もなくなり途端に、静けさが増す。奈緒は握りしめた拳を机に叩きつけた。大きな音に驚いたのか全員一斉に彼女の方を見る。


『…お前ら死にたいのか。』


奈緒の第一声はとても低くて冷たく、怒りに満ちた声だった。
いつも“君たち”と言っている彼女だが、言い方が違う。口調と表情から相当怒っているのことが読み取れた。


「…ごめん、」


意外にも最初に謝ったのは幸村だった。奈緒も周りにいた人も驚いて幸村を見る。


「…って、奈緒はそう言って欲しいの?」

『……は。』

「言って欲しいなら何度でも謝るよ。けど何の解決にもならないだろうね。」

「ちょ、幸村ぶちょー…」


切原は奈緒の顔を伺いながら幸村を呼んだ。


『何開き直ってるんだ君は。私は謝れと言ってるんじゃない。なぜ言ったことを守らなかったのかと言ってるんだ。お前らは妖怪関係と分かってたはずだ。なのになぜ危険を承知で…』


彼女は話すのを途中でやめて深い溜息を付いた。


『…もういい、言う気も失せた。今はそれどころじゃない。…君たちは、立海の七不思議を知っているのか?』


奈緒の問いに首を横に振ったり、傾げたりするレギュラー。奈緒はそんな様子を見て、だろうな…と呟いた。


『……私にも分からない。』

「奈緒も!!?」

『だから4時半までに校舎から出ろと言ったんだ。…七不思議だから多分妥当な妖怪もいると思う。そんな奴の対処法は一応把握はしてあるつもりだが、全ての霊を強制的に浄化することが出来ないとなるとこちらも思い切り手を出せない。…さっきの七不思議のルールを聞いて分かったろう。今回はの件は、廃校で起こった件の何倍も危険だ。自分の身は自分で守るしかない。……少なくとも私は、ここへは死ぬ覚悟で来たつもりだ。』

「死ぬ覚悟…」


奈緒の最後に言葉に反応したかのようにぴくりと動く柳。同時に真田も眉間に皺を寄せて奈緒を見た。


《そうはならないように一応最善は尽くしますがね》

《奈緒を死なせるなんて絶対にしねぇけど。》


奈緒のブレザーの胸ポケットから2つの声が聞こえた。
札を取り出せば一瞬で実体化したのか、小さな精霊と銀色の毛皮の狐が現れる。


《俺がこうしていられるのは奈緒のお蔭だ。全力で援護する》

《勿論です。私の主はあなただけですから!》

『…ありがとな。…だが私は何とかなるから大丈夫だ。代わりにこいつらを守ってやってくれ』


水蓮と白蓮は納得いかないような顔をしてレギュラーを見た。


《…主の命令でしたら仕方がありません》


奈緒は息を深く吸った後、ふぅ、と一気に吐き出して「よし、」と呟いた。


『時間は限られている。話しばかりしてても始まらないからそろそろ私は教室を出る。』


奈緒は時計の止まったケータイを取り出してカチカチと操作をする。開いたのはストップウォッチの機能だった。
そこに13時間とセットしてスタートボタンを押す。どうやら時間が分からない代わりにこれを見ることにしたらしい。
動いているケータイの画面を見つめながら奈緒は君たちは…と呟いた。


『どうせ、どこかの教室に隠れて待ってろと言っても否定して着いてくるんだろ?……なら絶対に無茶はするな。標的が現れたら接近されないよう逃げること。いいか?』

「「イエッサー!」」


彼女の指示に従い、レギュラー陣はケータイを取り出して先程奈緒がやっていたことを行った。1人ひとりがきちんと時間を把握しておくこと、と奈緒が念を押せば、みんなは強く頷いた。
奈緒はレギュラーの前を通り過ぎ、3年B組の教室の扉を開いた。レギュラーも後に続く。
奈緒の「ここは私たちの世界の学校ではないから、細かい部分は変わっていたりする。だからこのことについての資料がもしかすると何かしらあるかもしれない」と言うことから、まず最初に向かうのは図書室に決まった。


『…それじゃあ七不思議攻略、スタートだ』


教室を出る。ひっそりとした暗い廊下に複数の足音が響いた。
最初に出会ってしまう謎は一体何なのだろうか。



───ピタ…




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