紅い月−七つの謎と黒い影−

MISSION*04 



「急にお呼び立てしてすみませんね」

『いえ、何となく予測はついていました。』


校長室に置かれているソファに腰を降ろした奈緒は薄っぺらな笑みを浮かべながら背もたれに背中を預けた。
他の3人はまだ状況をよく呑み込めておらず、腰掛けたままずっと校長と奈緒を見ている。


「暁さん、須藤さん、天竜寺くん。……君たちも神楽さんの助手と言うことで呼ばせて頂きました」

「はあ……」

「……七不思議を攻略、とはどういうことですか」


紫音の問いに対して校長はまず「あぁ、すみませんね」と一言謝った。


「最近の立海生の病人や怪我人が多い理由はあやかしという結果に辿りつきましてね。それも立海の七不思議が関与している可能性が高いと言うことに……それで神楽さんに依頼したのですよ」


苦い笑みを見せる校長の言葉に疑問に思ったのか蒼音はちょっと待ってください、と呟いた。


「そもそも、アナタはあやかしを信じてるんですか?」

「……ええ。私には古くからの親友がいましてね。みなさんもよくご存知の方だと思います」

『……お祖父様だ』

「えっ、奈緒ちゃんのおじーちゃん!!?」

「そうです。源治郎とは仲がいいので昔から妖怪云々と話を聞かされてきました。今更信じないわけにも行きませんよ。ましてや、今の現状でそうではないととても言い難い。」


校長は昔の思い出に浸るような表情で窓の外を見た。奈緒はふぅ、と息をつくと立ち上がって座っている3人を見る。


『今回はどうも一筋縄では行きそうにない。何せ邪気の強い怨霊が7、8体といるわけだ。強制浄化だって多分難しいだろう。……私1人の力ではどうも無理がある。七不思議攻略、一緒に来てくれるか?』

「……勿論です。」

「むしろ拒否する理由がありませんね。奈緒様がいるところに僕ありですよ」

「仕方ないなぁ……ギャラ分けてくれるならいいよ!」


紫音、蒼音、雪羅はそうきっぱりと言い切って立ち上がった。そんな3人を見て奈緒はふっと笑う。


『君たちは頼もしいな……助かる。……と言うわけだ。話は分かったな、水蓮、白蓮』

《承知してますよ主》

《おう、任せとけー》


奈緒は胸ポケットに入れてある札を見つめながら言葉を振ると札からは2つの声がした。式神の2匹である。
奈緒は2匹の同意も得るとよし、と呟き、再び校長の方を見た。


『4日と満月の日が重なるのは今夜。早速だが依頼は今日の4時44分から実行することになる。……校長、その前に生徒を帰らせる様にご指示を。』

「分かりました。では全校終礼を開きましょう。」




ざわざわとした空気が漂ったまま、全校生徒は何があったのかと言う顔で体育館へ向かっていた。


「ねぇ仁王、ブン太」

「おー、幸村君。どうしたんだよぃ」


後ろから声をかけてきたのは幸村だった。誰かを捜していると言わんばかりに、きょろきょろと辺りを見渡している。


「奈緒は?まだ戻ってないの?」

「それが呼び出しかかってからいっそ戻ってきちょらん。俺らも聞きたいことは沢山あるのにのぅ」

「そうそう。神楽家総出とか初めてだろぃ?やっぱ最近の学校の状況からして何かあったっぽいよな」

「そうだね。でも本人がいないんじゃ聞きようが……あ、あれって奈緒じゃないかい?」


3人の歩いている先を見ると、体育館の入り口横で固まって話をしている4人の姿が見えた。
何やら真剣な話である。話しかけにくいオーラをまとった4人を、他の生徒は歩みを進めながらちらりと様子を伺っているだけだった。
奈緒は何やらポケットから札を取り出していた。式神だ。その行為を目にしていたのか、話しかけにくいオーラをまとっていても当然のように話しかけるのはテニス部の部長、幸村精市である。


「奈緒、まさかこの集まりってあやかし関連かい?」

『……今から話があるだろう。私からは言えない』


奈緒はそれだけ言うと、紫音と雪羅と蒼音にじゃあ並ぶぞ、とだけ言って体育館の隅に4人は並んだ。
体育館に全員が並ぶと壇上にいきなり校長が現れる。そして、みんなの視線が一点に集中すると、静まった体育館で「今から大切な話があります」と言い放った。


「その前に1つ私から質問があります。みなさんは……目に見えないモノを信じますか?」

『(……は?いきなり何を……)』

「そうですね、例えば霊や、妖怪などです。」


校長の言葉に体育館内がざわついた。生徒は勿論、教師も含めその場にいた者、全員。奈緒やその隣に並んでいた3人はまさかそんな話をされるとは思っても見なかったのか、目を丸くして校長を見ていた。
校長はそんな周囲のざわつきを無視し「信じている人と、信じていない人で分かれてみてはくれませんか?」とおかしな事を言い出す。そんな言葉に奈緒は更に眉を顰めた。


「半分から向かって右が信じている人、左が信じていない人です。先生方もお願いします。」


校長の一言でよく分からないながらも移動する生徒や先生。予測通り過半数、というより殆どが左側に付く。
奈緒たちは向かって左の位置にいた。真逆じゃないか……どうせならこちら側を信じている人にしてほしかったと思いながら溜息をついた。
既に右側にいたのは、テニス部のレギュラーと芹沢琉翔と片手で数えられるほどの生徒数人。先生は全員、左側にいた。
4人は人を避け、向かって右側の位置へ移動すれば、他の生徒は意外だという顔をしながらこちらに視線を向ける。はっきりとした言葉は聞こえないが、周りの生徒は彼女たちを見てヒソヒソと何かを話しているようだった。


「……え、蒼音くんも信じてるの……?」

「あれ?唯木さんも?」


そちらへ行けば驚いた顔をする女子生徒。先程まで蒼音といた人物、唯木海だった。


「私はきちんと見たことはないけど……視線とか、空気が変わったりとか、何かがいるって思うときがある……から、かな……」

「そうなんですか……」

「およ、ゆいきちじゃあないか!」

「あ、雪羅先輩も信じてるんですね……!」

「おぅよ!何だって私は雪お───もがっ!?」

「雪羅?ちょっとうるさいですよ」


蒼音は雪羅の口を押さえながら黙りましょうね?と満面の笑みを見せる。雪羅はごめんごめんと、焦りながら謝っていた。
そんな3人を見て溜息をつく紫音に、丸井が近付く。紫音はそれに気が付くとキッと睨みつけた。


「……何です」

「いや、別に?校長何でこんなことしてんのかなって」

「……なぜそれを私に聞くんです」

「なぜって……つれねーな紫音は。いいじゃねぇかよぃ」


紫音は今から説明があるんじゃないですか、と答えればふいっと顔を背けて前を向いた。壇上に立つ校長は再び口を開く。


「最近、我が校の生徒が原因不明の病気や怪我が多いことはみなさんもご存知だと思われます。それも日に日に欠席者が増えてきている、生徒だけでなく先生方も。それが我が校の現状ですね。……霊や妖怪を信じていない人が多いみたいですが、皆さん考えてみてください。今の世に、霊を祓い妖怪を退治する陰陽師が存在しているのはなぜでしょう。霊媒師はなぜいるのでしょう。信じていない人間はなぜそう言うモノがいないと言っているのに仏や神を崇めるのでしょう。不思議ですね。……私はそう言う類を信じています。勿論視えるわけではないので確証は得られませんが。でも今回の生徒の欠席の多さには何かが関係しているのではないかと思い、私はある人に協力して貰うことにしました。」


校長のその言葉を聞くと、奈緒は札をさっと胸ポケットから取り出し、1番近くの扉を少しだけ開くと札を外に放り投げた。札の中から出てきたのは小さな精霊。


『水蓮、指示通り頼む』

《お任せください主》


水蓮はいつものお団子を解き、人間らしい服装で八頭身の人型へ変化する。奈緒がその扉を開くと、水蓮は体育館の中へと入った。
今回何度目だろうか、周囲がざわついた。


「な、奈緒先輩!あれって……!」


奈緒の近くにいた切原が彼女の肩を叩きながらそう聞くと「水蓮だ」と素っ気なく答えた。


「え、人……?いや、でも……ん?どう言うことっスか?」

『いいから黙って話を聞いてろ』


勝手に1人で混乱し出す切原に奈緒は呆れながら呟くと、ういっす、と切原は返事をして壇上に上がる水蓮を見ていた。水蓮は校長に渡されたマイクを受け取り、にっこりと笑ってこんにちは、と一言挨拶をする。みんなはよく分からないまま、挨拶を返した。


《……私は校長先生の依頼を受けてこちらへ参りました。先程お話があったように、この学校にしか起き得ていない謎の病気や怪我が発生した原因を突き止めるためです。》


水蓮は自分の正体を綺麗に隠しながら、重点だけを述べていく。彼女は上から生徒を見渡すと、ほんの少しだけ間をおいた。


《見えないモノを信じろと言うのは流石に無理があるでしょう。信じなくても構いません。私も本当に霊や妖怪が存在しているとははっきり分かっていませんし、とても信じ難いものですから。ですが、今回、依頼を引き受けたからには私は全力で調査をします。調査の実行は4時半から。なのでみなさんも是非協力をお願いします。》


私からは以上です、と言うと水蓮は一礼し、壇上を降りた。水蓮はその姿のまま、奈緒と視線を合わせると小さく頷いて体育館の端に立つ。


『上手いまとめ方をしたな』


奈緒は感心しながらそう呟いた後に、小さく息を吐いた。
再び校長はマイクを取り、咳払いをする。


「と言うことです。生徒のみなさんは今日の部活はどの部も中止。六限目が終了し次第、終礼を行い早急に帰宅をお願いします。4時半までには校内から出ておいてください。先生方もお願いします。」


校長の話にその場にいた全員が目を丸くする。授業が終わり次第、生徒も教師も帰れと言うのだ。驚かない方が可笑しいだろう。
解散と言われ、急に生徒たちは近くにいた人達と話しながら帰り出す。奈緒はその場でじっとしていた。空気を読んだのか、蒼音は海と雪羅に戻りますよと言って他の生徒たちと一緒に体育館を出る。
人型の格好をしていた水蓮が周りの生徒や教師がいなくなると同時にこちらへやってきた。ただ、テニス部のレギュラーや紫音はその場へ残っている。


《私の立派な演技は如何でしたか主?》

『助かった。』


水蓮はふぅと息を吐くといつもの精霊の姿へ戻った。人型に変化した上に大勢の人物に認識される姿になるのはかなり力を使うので大変ですね……と呟きながら、そのまま奈緒の肩へ座る。


「……ねぇ奈緒。一体何をしようとしているのか、そろそろ説明してくれないかい?」

『……企業秘密だな。』

「企業秘密、と言われましても……奈緒さん、これも仕事なのですか?」

『そうだ。こちらは依頼料を貰っている。仕事である以上、責任は私にあるんだ。他人を気にする暇なんてないし、巻き込むなんて論外だ。君たちに教える義務はない。』

「だが奈緒、俺たちは立海生だ。知る権利があるのではないか?」

『生憎、知る権利があるのは依頼人である校長だけだ。立海生と言って教える理由にはならない。』


それに君たちに教えるとろくなことにならない。絶対に関わってこようとするはずだ、そう考えた奈緒はきっぱりと断言した。
レギュラーも奈緒も一歩たりとも引かなかったが、奈緒にここまで断言されたため黙ってしまった。


「……奈緒様、戻りましょう」


奈緒は紫音に肯定の返事をすると「全て解決したら……教えてやらなくもない」とだけ言い残し、2人はその場を去る。
だがその日に、奈緒が教室へ戻ることはなかった。



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