紅い月−七つの謎と黒い影−

MISSION*03 



「っだぁー!もーやっと終わったぁー!! ったく、抜き打ちなんて聞いてねーよ!!」

「言わないから抜き打ちなんじゃないですか、アホですか?」


2年D組。机の突っ伏して叫んでいる切原を蒼音は苦笑いで見ていた。
切原は嫌みっぽく「そう言うお前はどうせ満点なんだろ」と言えば蒼音はただ笑うだけ。


「……あーその自信ありげな顔なんかムカつく」

「元からこんな顔ですよ」

「そうかじゃあお前は元から自信に満ちあふれてたってことだな!! 天才なんて大っ嫌いだ!!!」


何言ってるんですか、と蒼音が返せば「真顔でツッコむな!」と若干キレ気味で切原が怒鳴った。
この2人もあの事件以来……と言うより、蒼音の本性を知って以来、更に仲良くなり、話す機会も前より断然増えていた。


「日直は後でノート集めて職員室に届けてくれー!」

「そう言えば、今日の日直って唯ちゃんじゃない?」

「ホントだ。もう1人は……あ、そういや早退してたじゃん。海ドンマイ頑張れ!」

「……あ、うん。行ってくるね」


蒼音と切原の席からそう遠くない席の女子たちの会話が聞こえる。蒼音はそんな様子を尻目で見て溜息をついた。


「……応援するくらいなら手伝ってあげればいいのにって感じですよね」

「は?……あー、ノートの話か。突然で何のことか分かんなかった」


1人で教卓の上に置いてある人数分のノートを抱えようとしている女子を見て再び溜息をつく。


「……ちょっと手伝ってきます」

「紳士だなーお前は。(そこが多分モテる要素なんだと思う。)」


蒼音は廊下に出たよろよろとしながら運んでいる女子を追いかけ、一声かける。


「唯木さん」

「へ?……ああ、蒼音くん。どうかした……っうわぁ!?」


振り向いた彼女───唯木海という女の子は蒼音に返答している途中で、バランスがとれずにみんなのノートを廊下の幅いっぱいに盛大にぶちまけてしまった。
小柄で華奢な彼女は見るからに非力そうだ。青い顔をして急いで重ねる彼女を、流石に目の前で見ていた蒼音は苦笑する。


「(手伝いますよって言おうとしたのに……)」


そんなことを考えつつ遠くまで飛んだノートを重ねれば、彼女は「ごっ、ごめんなさい」と申し訳なさそうに謝った。


「いいですよ別に。職員室まで持って行けばいいんですよね?」

「え?あ、うん……じゃなくて!いいよ!拾ってくれてありがとう……!」

「いいよって言われても……フラフラ歩かれると任せたこっちが心配なんですけど」

「!? ごっ、ごごごごめんなさい!!」


そこまで必死に謝らなくても、と苦笑しながら、蒼音は彼女のノートを少し取って自分の持っておいたノートの上に重ねる。
海は申し訳なさそうに「じゃあお願いします……」と呟いたのだった。


「……あ、えっと、そう言えば蒼音くん。つかぬ事をお聞きしても……」

「何ですか?」

「この前、何か廊下で小さくて丸くて、ふわふわしたもの持ってなかった?……動いてるの見た限り……生き物だとは思うんだけど」

「え?……いや、持ってませんでしたけど……気のせいじゃないんですか?それに校内に生き物は、流石に持って入れないと……」

「……そうかなぁ、」

「そうですよ」


納得のいかないような表情を見せる彼女と蒼音は職員室まで付くと担当の先生へ集めたノートを渡した。
先生は「天竜寺まで手伝ってくれたのか。唯木もありがとな!」と言ってすぐに話は終了。海は職員室を出てから静かに息を吐いた。


「そう言えば唯木さん、昨日雪羅と会いました?」


教室に戻るべく廊下を並んで歩きながら、今度は蒼音から彼女に質問をした。きょとんとしながらもそれに海は答える。


「……え?う、うん。昨日も部室に来たよ?……それがどうかした?」

「いえ、何か少しだけいつもと様子が違ったんで」

「……うーん、全然そんな感じには見えなかったけどなぁ……あ、でも何か雪羅先輩、お茶飲みながら今日不思議な転入生が来たんだよ〜、って話してたなぁ」

「お茶……文芸部の部室でそんなに雪羅はくつろいでるんですか」

「別に部員少ないしいいよ。それに雪羅先輩いたら楽しいし……。お菓子も用意してるから、蒼音くんも暇があればぜひ……!」


そんな期待の眼差しを向けるかのように言う海に「まぁ、暇があれば」とだけ返せば彼女はにっこりと笑った。
と、そこへタイミングがいいのか放送の呼び出し音が建物内へと鳴り響く。


【呼び出しをします。3年、神楽奈緒、須藤雪羅。2年、天竜寺蒼音。1年、暁紫音。至急校長室まで。繰り返します────】


まさか自分の名前が呼ばれるとは思っていなかったのだろう。蒼音は校長室に……と呟くと隣にいた海はどうしたのかという顔で見つめる。
だが蒼音はすぐに、奈緒様からの呼び出しとも考えられる、大方あやかし関連の何かと予測をたてた。


「おい蒼音!今の校長自身の声だったよな!」


教室の近くまで着いていたため、中から切原が出てきて叫ぶ。その声で更に周りにいた人達がその場にいた蒼音を見た。野次馬は嫌いだ、とでも言うような困った顔をして、ざわざわしている周りに聞こえないように小さく溜息をつく。
まず、ここは校長室に行く前に奈緒様に会う方が先決だろうと考え「じゃあちょっと行ってきます」と近くにいた切原に一言言うと走って奈緒の元へと向かった。
その目的地に着く途中で、奈緒以外のみんなは考えることが一緒だったのか、蒼音は雪羅と紫音に出会ったのだった。




教室の隅で奈緒と芹沢はお互いが真剣な顔をしていた。そんな緊迫した空気を漂わせる2人に、誰も話しかけはしない。
芹沢の手の上には烏、死神、蛇、蜥蜴の4枚のカードがある。


『……どういう意味なんだ?』

「まずこれ。これは渡り烏ちゅーんや。意味は“悪い知らせ”ゆーてな、……何かよからぬ事が起きる」


奈緒は芹沢の言葉を聞いて一瞬考え込んだ後、そうか……と呟いた。そこまで驚いていない奈緒の様子を見て芹沢は眉を顰める。
奈緒の表情からして、その悪い知らせについての予測が何となくうっすらと出来ているのかも知れない。


「そんで、次がこのカード。死神や」

『誰かが死ぬのか?』

「……何や、知っとんかいな」

『まぁな』


死神は人間だけとは限らず、生命の宿るもの全ての御霊を食う。それは動物であったり、虫であったり、植物であったり、すべて対象なのだ。
食われた者は魂がなくなる。魂がなくなるということは、すなわち、輪廻が途絶え二度と転生することが出来なくなるということだ。そんな輪廻転生するための霊魂を捕食しようとするのが、陰陽師である人間が最も相手にしたくはない死神だった。
死神と対等に戦うことは愚か、勝ち目はないと言っても過言ではないのだ。


『……まぁ、死神イコール死を連想するのは妥当だな』

「おん……せや、交通事故とか病気ならまだ分かる。せやけどウチらは妖怪云々が見えとるんやからなぁ」


芹沢は人一倍周りに気をつけなアカン、と奈緒の表情を気にしながらカードを持っている反対の手で頬を掻いた。
死神が出たと言うことは誰か身近な人が死ぬかも知れない。それは奈緒自身かも知れないし、奈緒のことを知っている紫音や蒼音、雪羅、テニス部レギュラーかも知れない。ましてや、奈緒の身近にいる全くあやかしが視えてない人かも知れないのだ。
問題は、その死んでしまうかも知れない人物が誰だか分からないこと。これは流石に占いでは突き止めることが出来ない。
奈緒は考えるようにして「そうだな」と芹沢の言葉に返答した。


「それに今、何やよう分からへんけどこの学校の生徒さん、不自然過ぎるほど休みや怪我人多いんとちゃう?」


そう、芹沢の言う通りだった。最近、この立海大付属中では不思議なことが起こっている。死人とまでは行かないが、怪我人に、病人で学校を休んだり早退する人が多いのだ。それも日に日に増えてゆく一方。
この学校の生徒……妖の存在を知らない一般人も、この不可思議な出来事を意識し始めた。次は自分じゃないかと気味悪がっている人も、どうやら中にはいるようだ。


『……確かに多いな。』

「その様子だと妖関連なんや。もうとっくに目星はついとるん?」

『……七不思議。』

「ほぉー……んで?その七不思議とやらはどう対処するんや?」

『……企業秘密』

「あ、逃げたな。言うのめんどいんやろ。……まぁええわ、初対面の奴に話すよーな内容やないのは確かやし、そのうち分かることや。……神楽サン、ウチが言うのも何やけど占いはよう当たるからこれがハズレというのはやっぱ考えにくいわ。……せやけどこれはあくまで未来の占いや。変えようと思えば変えることは出来るかも知ぃひん。確率的には五分五分と言ったとこやけど。とにかく気ぃ付けや」


芹沢の真剣な言葉に奈緒は小さく頷いた。すると芹沢は「でも問題は死神やない、他2枚のカードや」と言いながら蛇と蜥蜴のカードをこちらにみせた。
何とも言えない不気味な絵がタロットカードに描かれている。蛇と蜥蜴の真っ黒な目は奈緒を見ているようで不気味さを増す。奈緒はさっきと同じように意味は?と聞いた。


「……この3枚目の“トカゲ”のカードはな、“隠れた敵”を意味するんや」

『隠れた……敵……』


この意味を聞いてよく分からない顔をする奈緒。
目の前のあやかしを浄化してゆくだけで特に誰と戦っていることもない、と奈緒は特に思い当たる節もない様だった。


「よう分かっとらん顔しとるなぁ。……まぁしゃいないわ、まだまだ未来ある中学3年の女子が何で狙われなアカンのかーって話やもんなぁ……せやけど自分、陰陽師やっとるだけあって相当霊力高いんちゃう?」

『!……霊力欲しさに狙って来る可能性があると言うことか。……分かった、一応気を付けておく。それと芹沢、君はどのくらい霊力がある?』

「ウチ?そんなにないで、少なくとも自分よりはな」


にっと笑う芹沢。そんな様子を見越して言おうとした奈緒の言葉は、発する前に芹沢によって遮られた。


「ウチら、そんなに関わらんようにせんと、やろ?」

『……ああ、霊力の高い人間が集まると霊も集まりやすくなる』

「大丈夫やて、心配せんといて。ウチとてそない馬鹿やない。祓う能力もないのにアンタと一緒おる勇気なんてこれっぽっちも持っとらへん。……まぁ、言いたいことがある時は来るけどな」

『そうか、物分かりが良くて助かる』


おおきに、と奈緒の言葉に返答する芹沢は再びにっと笑った。もちろん物分かりが良くないのは、言わずもがな立海のテニス部メンバーである。
でも、奈緒は何だかんだで少しは認めているようだった。半分、面倒臭いと言う理由も入っているようだが。


『……それで、最後の1枚の意味を教えてくれ』

「あー、そうそう。それでこの最後の1枚なんやけどな。蛇の意味は───」


芹沢の台詞を遮るようになった放送の呼び出し音。その音のデカさにみんなが音の鳴るスピーカーの方を見つめた。


【呼び出しをします。3年、神楽奈緒、須藤雪羅。2年、天竜寺蒼音。1年、暁紫音。至急校長室まで。繰り返します────】


奈緒の名前が呼ばれた途端、本人はつい溜息をついた。周りの人の目線はスピーカーから教室の隅で話していた奈緒へと移り、中には先程同時に呼ばれた蒼音の名前に驚く人間もいる。
隣にいた芹沢は察しがいいのか「なるほんな……七不思議の対処はこういうことかいな」と小さく呟いた。放送で呼ばれると目立つから嫌いだ、と呟く奈緒にドンマイと声をかける芹沢。


「奈緒、神楽家全員呼び出しくらうとか一体何があったんだよぃ!」


と、そこに丸井と仁王が隅にいた2人のところへ駆け寄ってきた。また面倒な奴が……と言う表情をする奈緒。


「……最近の学校の状態が関係しとるんか?」


そう聞いてくる無駄に勘の鋭い仁王に、奈緒はあからさまに肩をすくめてさぁなと一言だけ返した。
すると廊下から聞こえる黄色い声。今度は何だ騒がしい、そんな思いのままその場から廊下に視線を向けると、窓から教室を覗くような形で、紫と、青と、茶の髪の見慣れた人物が立っていた。


「奈緒先輩……!」


周りから騒がれている元凶の彼、蒼音はさっきまで走っていたのか、息を整えながら奈緒の名前を呼んだ。更に増える奇声は蒼音の耳には届いていないようだ。
奈緒はなぜ来たと言わんばかりに本日何度目かの溜め息をつく。そばにいた丸井や仁王も目を点にしていた。


「奈緒ちゃんどゆこと?何か知ってる?」


心配そうに聞いてくる雪羅に、ああ、と肯定しながら3人の傍へ行く。


『詳しい話は後でだ。』

「……取り敢えず校長室へ向かいましょう。」


紫音の言葉に顔を見合わせ全員が頷いた。奈緒は振り返り、芹沢を見る。


『と言う訳で芹沢、話はまた今度だ。』

「おん、いつでもええで。早よ行き」


すまないな、そう返すと教室を出て4人は1階にある校長室へと向かった。
早足で歩きながら「それで、どういうことなんですか奈緒様?」と4人が届く範囲内の小さな声で蒼音が問えば、奈緒は眉を少し顰めながら言ったのだった。


『校長からの依頼だ。……立海七不思議攻略のな。』



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