紅い月−七つの謎と黒い影−

MISSION*02 



「あ、また落ちたぜぃ」

「そうやのー、何回落ちる気ぜよ」


とある日の授業中。みんなが先生の方を向いて話を聞いているのにも関わらず、窓の外を眺めながら話をしている人物が2人。
丸井ブン太と仁王雅治。2人は何もない屋上を見ながら、他の人が聞いても何を言っているのか分からない不思議な会話をしていた。


「これで216回目だな」

「数えとったんか暇人やのブンちゃんは。」

「暇人じゃねぇ、あとブンちゃん言うな。だってしょうがないだろぃ?女の人が飛び降りてるところ、ちょうど視界にはいんだから。

「「…………。」」


教室内にいる先生と生徒全員は沈黙した。何の事を言っているのかさっぱり分かっていない生徒達だったが話している内容が怖かったのだろう。黙ったまま横目で彼ら2人を見ていた。
それでも2人は気にせずに話を続ける。


『……おい』


低い声と共に、レンズ越しに見える茶色い瞳がキッと2人を睨みつけた。


「ん?どうかしたんか奈緒?」

『……黙れ。うるさい。耳障り。』

「えー、だって奈緒も気になんねぇ?」

『……どうでもいい。それと見てない間の分を含めて計算すれば68535729回目だ』

「うわ多っ、きもっ」

「そーゆー奈緒もちゃっかり数えとるじゃなか」

『うるさいな、私は暇なんだ。しょうがないだろ』

「いや、授業しろよ授業」

『しなくても分かる。て言うよりこの範囲はもう勉強済みだ』

「……うわー、さっすが学年1位。今度俺にも勉強───」

『断る。』


授業中なのに、それを無視して話していた2人に奈緒も加わり話し出す。
クラスのみんなは「神楽奈緒はあの2人といつの間に仲良くなったのか」とか、「何て怖いことを話しているのか」という思いがいっぱいになっていた。……が、聞いてないをフリをして授業を受ける。それは先生も同じだった。


「……てゆーか奈緒、アレ大丈夫なのかよぃ?」


今度は生徒や先生に聞こえないくらいの声量で会話を始める。


『……お前たちにもやっぱり視えるんだな』

「ん、はっきり視えとーよ。まぁ前までは視えんかったけど」

『……あれは放っておいて大丈夫だ。あの霊は昔、あの場所で飛び降り自殺をしたが、落ちている時になぜか快感を覚えたらしく、それが思い残したことに変わり成仏出来なくなったアホな霊だ。』

「ドMか。」

『だろうな。……でも大丈夫だからと言って近づくなよ?お前らが視えてるって気付かれると一緒に飛び降りようとか巻き添えをくらうかもしれないからな』

「うわぁ、それは勘弁」


そうなる前に早く成仏させとこうか、と奈緒は頭の隅で考えると、赤縁の眼鏡を外しながら「とにかく気をつけろよ」とだけ言って机に突っ伏した。


「「(あ、寝やがった……)」」


あの大きな事件依頼、特に何も起こることはなくいつも通りの平和な日常が続いている。ただ1つ変わったと言えば、奈緒の態度はいつものままだが、テニス部が話しかけてきても時と場合に応じて言葉を返すようになった。あまりにもしつこい場合、もちろん完全スルーはするが。
そんな平和な日々が戻ってきていた、はずだった。
授業は終わり、お昼休みのチャイムが鳴る。そのチャイムが鳴り終わると同時に大きな声がした。


「奈緒ちゃーーーーーん!!!!!」

『!?……なんだ雪羅か』


そんな大声にB組にいた人は驚いてそちらを見る。
クラスにずかずかと入ってきたのはE組の須藤雪羅だった。雪羅は奈緒の傍にいた丸井と仁王に軽く挨拶をして奈緒を見た。


「も〜何だ扱いをするのやめてよね奈緒ちゃん!」


奈緒も雪羅が自分の前に現れるとは思っていなかったらしく少し驚いていた。何だかんだ言って雪羅が奈緒の前に現れるのは初めてだ。
そんなものすごく明るくて元気な子と冷静沈着でクールな学年1位が話をしていることにクラスのみんなは驚いているのか呆然と2人を見ていた。


『……それで、どうしたんだ?君が私に会いに来るなんて珍しいじゃないか』

「あんね!昨日ウチのクラスに転入生が来たんだけどさ!それがちょータロット占いが得意なんだって!!!」

『へぇ…………で?』

「で?じゃなくて!」

『それだけのために来たのか?』

「まぁ……でさ!奈緒ちゃんちょっと来てよ!!!」

『は。何で……ちょっ、おい!雪羅!』


奈緒が有無を言う前に雪羅は手を引っ張って教室から出る。2人が出た後、教室はものすごく静かになったのだった。


「芹沢ちゃーん!!!」

「ん?なんやー?」


奈緒と雪羅の目線の先にいたのは、いろんな人に囲まれた金髪の少女だった。綺麗な黒い瞳の右に涙ボクロがある。彼女はカードを繰りながら顔をこちらに向けた。


「おー、どないしたん雪羅……えっと、どちらさん?」


薄く笑った彼女の目はしっかりと2人を捉える。


「この子が昨日話した子だよ〜!」

「ふーん……芹沢るか琉翔や。琉球の琉に翔くと書いて“るか”!因みに大阪からきたんやで。よろしゅーな」

『…神楽奈緒だ。』

「何や何や、おもろーないなー。自己紹介それだけかー?もっとこー、よろしくー!とかないん?」

『………。』


そんな琉翔の言葉に反応もしない奈緒。琉翔ははぁーと溜め息をついたあと、うっしゃ、と言って笑った。そして振り返って琉翔を囲んでいた人達を見る。


「ごめんなぁ、みんな。ちょいと用が出来たわ、占いはまた今度したるさかい。……神楽サン、ついてき。あ、雪羅はここおってなー」

「りょーかーい!じゃあ奈緒ちゃんまた後でねー!」


奈緒は無言で芹沢についていく。2人がたどり着いたのは空き教室だった。
しんと静まり返った空間の中、芹沢は振り向いて奈緒の方を見るとふっと笑った。


「……で、アンタ何もん?」


奈緒は薄く笑って質問する芹沢を無表情で見つめ返した。


『……どう言う意味だ。』

「明らかにフツーの人間とちゃうやんか。最初はホンマびっくりしたけど、この学校には人間の姿をした妖怪までおるやんな?アンタと仲いいみたいやけど何か知っとるん?」


芹沢の言い方からして確実に雪羅のことを言っているのだと察知した。奈緒は瞬時に芹沢から一歩下がって距離を置く。


『……君こそ何だ。』

「そんな構えんといて〜な。ウチはちょっと霊感が強くてタロット占いが得意なただの女子校生や!」

『……霊感が強い?仮にそれで何かが視えたとして、それだけで区別などできるわけが無いだろう』

「へぇ……やっぱり『話が通じる』時点で、アンタただもんじゃあなさそうやな。あ、ウチはホンマにただの女子校生、なぜか昔から霊とか妖怪が視えるんや。」


タロット占いしてるせいやろかー、と苦笑している芹沢に奈緒は質問をした。


『……ここに来るまでにもあやかしを視たのか?』

「おん、大阪にもごっつおったで〜。まぁ、そーはゆーても生徒として学校にきとる奴を見たんは初めてやけどな」

『そうか。』

「それで?神楽サンの本性は?ウチが雪羅に聞かずに直接アンタに聞きに来たことを褒めてほしいくらいやで。誰にも言わへんからはよ吐き」


まるで見定めているかのように、芹沢は目が笑っていない笑みを浮かべながら奈緒に向かって言い切った。奈緒は仕方ない、と溜息をつく。芹沢がここまでこの界隈について知っているのに、言わざるを得ないだろう。


『……私は陰陽師だ。』


2人しかいない静かな教室へ声が響いた。


「へぇ……は〜なるほどな、陰陽師かぁ、」

『もっとマシな驚き方はなかったのか?予想はついてたんだろ』

「ははっ、やっぱバレとったか!……立海、おもろいとこやな。ま、これから視える同士よろしゅう」

『……別によろしくやるつもりはない。怪しまれる前に私は教室戻る』


奈緒はそう言いながら教室を出る。芹沢は「ハァ!?ちょ、待ちや!」と言いながら奈緒を追いかけた。


「……アンタ、みんなに対してもそないな態度なん?」

『そもそも話しかけられないし話しかけない。』

「ふーん……でも周りの目はそういう感じやなさそうやけど……(クールで一匹狼なのが逆にみんなの憧れと言うか何と言うか、って感じか)」

『……は?』

「まぁええわ。それよりさっき教えてくれたお礼や。アンタの現状況や未来、ウチが作ったオリジナルタロットで占ったる。ホントは順番あるんやけどお礼やし特別や」

『別にいい。』

「とは言わせへん。教室かもーん!」

『は!?』


芹沢は断った奈緒の腕を引っ張って無理やり自分の教室へ向かった。奈緒は教室へ無理やり連れてこられると机を挟んで向かいの椅子に座らされる。そして芹沢はさっそくカードを取り出し手際よくくっていた。


「お、おかえり奈緒ちゃーん」

『雪羅お前後で覚えてろ……』

「何でぇ!!?」


奈緒は座ったまま遠くから声をかけてきた雪羅にそう言った。雪羅の近くにいた友達らしき人、数人が「ねぇ、雪羅……神楽さんと知り合いなの?」「アンタって何者……」などと小さな声で聞いている。
奈緒は聞こえているはずの話を無視し、面倒臭そうにカードを繰る芹沢を見た。


「よっしゃ、今からするのは今現在、または未来の占いや。ウチのはオリジナルやからちょいと種類とかもろもろ全然ちゃうで」


ささっとカードを裏向きに並べてにやっと笑う芹沢。奈緒はよく分からないまま、黙ったまま小さく息を吐く。
芹沢はいくで、と言うと裏向きのカードを表にひっくり返した。


「……は?」

『はって何だ……』


芹沢の表情は固まる。奈緒は訝しげな表情で彼女を見つめるが、芹沢は出たカードを集めて他のカードをポケットにしまうと急に立ち上がった。


「ちょっとい!」

『またか……』


そう言いながら手を引っ張って教室を出る芹沢に、奈緒は心底うんざりした顔で呟いた。
B組の教室、つまり奈緒の教室まで来て中に入ると芹沢は立ち止まり、奈緒を見た。周りの人はいきなり教室に入ってきた2人に何だ何だとみんなして見る。それは丸井や仁王も例外ではない。2人は奈緒に話しかけはしないものの、お互いが顔を見合わせて首を傾げていた。
さっきのように空き教室に行くと思っていた奈緒は、こんな所でいいのか、と言う事と、なぜわざわざ私の教室なんだ、と言う2つの浮かんだ疑問を頭の隅で考えつつ芹沢を見つめた。2人は小声で会話を始める。


「ウチのクラスやと占いした子が何人かおるさかい。この結果は……内容知っとる子おらん方がええかと思て、せめてもの配慮や」

「……お気遣いどうも。で、何だ」

「まずこれや。このカードの意味は不吉を表すねん。……で、なんやけど。一旦それは置いといて、アンタこの絵に心当たりっちゅーか……知っとーこととかある?」

『……どういう返答をすればいいのか理解し兼ねるがその日の夜は必ずと言って妖が多い。どんな日よりも活発になる。そして、そんな日こそ、私たち陰陽師の活動時間でもある。……と言うかそれは君のオリジナルと言ってなかったか?作った本人が“心当たり”なんて回りくどいことをなぜ聞いてくる』

「そのことなんやけど……確かにこれはウチのオリジナルもん。でもな、滅多に出ることないカードなんや……この“紅い月”は。」

『……はぁ?』


奈緒は芹沢の言う発言に全く理解出来ていない様子だった。
と言うか紅い月のどの辺が不吉なんだ?と返答する辺り、奈緒の中では紅い月が不吉と結び付いていないようだった。
紅い月は確かに気味の悪いもので見ているだけで人を不吉な気分にさせる。妖を非科学的な物と判断する人間や、知的な人間は必ず「人が赤い月を見て不気味に思うのは、普段見ている馴染みのあるそれが、普段通りではない色をしているから」とか、もしくは「赤が人間の血の色を連想させるから気味が悪くなる」などと言った答えを返す。確かに妖が見えない一般人からすればまさにその通りかもしれない。
だが奈緒は、そんな紅い月を不吉とは思っておらず、ただ、妖が多く出る日とだけ認識していた。他の人とは違い、その紅い月の雰囲気に囚われないのが奈緒の強いところかも知れない。だが芹沢はそんな奈緒の姿に脱力したように溜息をついた。


「残りの4枚のカードを見ると、5枚目にこれが出る確率はほぼ0パー。」

『……その残りのカードの意味を知らないんだが』

「あー、せやな。……これが残りのカードや」


芹沢はさっきまとめた紅い月以外の4枚のカードを手の上で広げた見せた。手の平に乗っているカードは“烏”“死神”“蛇”“蜥蜴”の4枚。どれも不気味なイメージを持つものだった。



[2/12]

←BACK | TOP | NEXT→


 


 
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -