紅い月−七つの謎と黒い影−

MISSION*10 



紫音が奈緒の名前を叫んだ。奈緒は右足で力いっぱい骨格標本を蹴り飛ばしてそれから離れる。同時に刺さっていた骨も抜け、刺さっていた場所から更に血を流した。それと同時に口からも血を吐く。


『っ、』


傍にいた紫音が後ろに倒れた奈緒を支えた。


「雪羅…!」

「分かってるって!」


蒼音と雪羅は先程テケテケの時にしたように氷の壁を作る。その間に腹部を抑えている奈緒の元へ全員が駆け寄った。
1分1秒でも早く、と水蓮が命の清水で回復させる。


「奈緒様…っ」

『……そんな顔するな紫音……私は、大丈夫だ…』

「っ奈緒先輩……!」

「奈緒、しっかりしろぃ!」

『……うるさ、』


奈緒が細い声でそう呟くように言った途端、氷の壁がドンドンと揺れた。それも先程の行動からではとても思えないような強さと激しさでだ。
みんなはどうしてだと言う表情でそれを見た。


『私の血は……霊力の塊だからな…。多分、それを吸収したんだろ……』


奈緒の言う言葉の通り骨格標本の持っていた骨は、奈緒の血がついて赤かったはずだ。だが氷の壁越しに見ても、それが無くなっているということがはっきりと分かった。氷の壁の向こう、白い廊下の上に落ちたはずの赤も一切見えない。


《おいおいそれってヤベーんじゃねぇか?》

『しかも、相手は一体だけじゃない……強制成仏で、いこう』

「一先ず、3つに別れましょう。時間もないですし、人体模型を引き付ける人と骨格標本を引き付ける人。その間に奈緒様を安全な場所に連れてって水蓮は処置を」

「ふむ、今はそう動くのが1番だろうな」

「俺は水蓮と奈緒の傍にいるよ。でも保健室……はまだ危ないかもしれないね」

《図書室はもう安全な筈ですのでそこへ行きましょう!結界を張ります》

「……僕は骨格標本の相手をします。雪羅は人体模型を」

「ん、了解」

「多分僕だけでは人の血の匂いがしないため追いかけてこないと思うので…紫音と…丸井先輩。3人で行きましょう。そっちにはまだ体力の残ってそうな柳先輩と真田先輩お願いします。白蓮は雪羅の援護を頼みますね。後の人は奈緒様と図書室へ」


蒼音のテキパキとした指示により、みんなは分かったと頷く。そして氷の壁が破壊される前に、奈緒は幸村に抱えられ残りの人と図書室へ向かった。
その場に残っている蒼音、紫音、雪羅、丸井、柳、真田の6人と白蓮は先に奈緒たちから離れることを優先するために、図書室に近付かないルートを通って相手を引きつける。そしてその後に強制成仏しようと決めた。奈緒のいない強制成仏は、破壊するしか方法がない。
七不思議スタートの前に、謎の少年が言ったのは謎2つまでなら強制的に浄化してもいいとの話だった。2体で1つの謎なら2体とも破壊してもカウントは1とされる。それが分かっていたからなのか、はたまた仕方なくなのかは奈緒本人にしか分からない。


「相手を倒した場合、もしくははぐれて1人になってしまった場合は図書室へ戻ってくださいね。僕たち妖怪はともかく、紫音も含め人の血の匂いのするみなさんはそうしてください」

「うむ、分かった」

「あとー、家庭科室、保健室、美術室、職員室、トイレなどなど?他の七不思議が発生しそうな場所に行くのは禁止ってことでよろしくね〜」

《……ったく、今回は食う以前の問題だよなーコイツら。あーやだやだ……っと、そろそろ壁が破壊されそうだぜ》


白蓮の言葉に再び壁を見る6人。氷のそれはぐらぐらと揺れてきた。少し下がって壁から距離を取る。
みんなより後ろに下がって目を閉じた雪羅は、数秒後に目を開ける。そして近くにいた蒼音に「複数の足音が2階の図書室付近で止まった。多分着いたっぽい」と安心したように伝えた。


「耳だけはいいですね。……さて、いっちょ殺り合いますか。」

「ヤバい時ってスリル満点だけど、本気が出せていーよね〜」


お互い死なずに図書室に戻ろう、と約束をしてその場にいる全員は走り出す準備をした。骨格標本と人体模型は同時に壁に体をぶつけると共に、氷は砕けて壁がなくなる。2体が倒れ込んだ瞬間に蒼音、紫音、丸井の3人はそこを横切って廊下を走り出した。
雪羅は起き上がっている途中の人体模型に氷の固まりをぶつければ、人体模型はターゲットを定めたように体をそちらへ向け走りたした。雪羅、白蓮、真田、柳のチームはよし逃げろと1階を目指し階段を下りて行く。
蒼音は一緒に向かおうとした骨格標本に水をぶつけ「アンタの相手は僕たちです」と言えば骨格標本はこちらを見た。


「ほら、丸井先輩美味しそうでしょ?この弾力のありそうなお肉。追い付ければ食えますよ。同時に皮膚も骨もゲットです」

「蒼音テメェ俺餌にすんなよ!!!!」

「追い付けばの話です。……さ。来るなら来やがれ、ですよ」


後ろ向きで廊下を少しずつ進みながらニヤリと笑って言えば、骨格標本はブツブツと何かを呟きながらヨタヨタと蒼音たちの方へ進み出した。丸井と紫音は走り出す体勢に入る。


〈皮膚…骨…喰ラゥゥゥウ!!!〉


そう叫んで突然猛スピードで走り出した骨格標本。遅れることなく、蒼音たちも走り出していた。
広い広い廊下を走り回り、図書室から離れてゆく。雪羅たちのチームもまた、階は違うが図書室から離れるために走り続けていた。
その2グループとは別に図書室に向かった奈緒と水蓮含め、幸村、仁王、切原の3人。幸村は着き次第、すぐに奈緒をソファに寝かせた。


「奈緒、辛くないかい?」

『っああ……赤也も、そんな顔するな。私は平気だ……水蓮、』

《言われなくとも既にやってますよ主!いいからもう黙っててください!》

『……すまな、……っ、ゲホッ…!』


奈緒が血を吐くと同時に、近くにいた切原が「奈緒先輩……っ」と泣きそうな顔で呟く。学校の白かったはずのシャツは所々が真っ赤に染まっていた。


『……水蓮、応急処置だけでいい』

《!? ですが主…!》

『頼む……時間がないんだ』

《……分かりました》


水蓮が奈緒の傷を治しながらそんな会話をする。今ここで完全に治すために使う時間が惜しいと零す彼女に水蓮は渋々了承した。
応急処置を受けている間、何かいい情報はないかと奈緒はポケットから母親の日記を取り出す。先ほど読んでいたものの続きを見ようとページをめくったのだった。


〔七不思議は2人以上でないと発生しない。その理由は、絶対に1人で攻略するのは不可能だから。逆に言えば、色々な能力や知識のある人が多い方が有利と考えられる。七不思議は必ずクリア出来るようになっていた。攻略の鍵となるのは知識と判断力。正しくない判断は死を招くからよく考えること。
 この場所、つまり七不思議中の立海。私たちはこの場所がただの異空間とばかり思っていたが、どうやら違うらしい。どこかに繋がっている、ということが分かった。これがどういう意味なのか、何を示しているのか、今はまだ詳しくは分からないけれど、これから調べていくつもり。〕

〔××月××日 立海について調べようと思った矢先、変な噂が流れてきた。何でも『ある村で何人もの人、主に女が行方不明になっている』という噂だった。場所を調べると、どうやら私の故郷の近くだった。いや、故郷で起こっているものなのかも知れない。まずは噂の出身元から調べるために、瀬奈さんと向かうことにした。
 もうすぐ娘である奈緒の誕生日。それまでには解決して帰っておきたい。ケーキを作って、みんなで5歳の誕生日のお祝いをしたいと思う。楽しみで仕方がない。〕



奈緒は黙ってページをめくっていく。


〔××月××日 噂の出処を調べに向かう途中、ある廃校を見つけた。瀬奈さんが噂についての情報を近辺で調べている間にそこへ向かった。
 そこには1人の女の子の霊がいた。名前は雪。彼女は、いじめを受けた上に親友に殺されてしまったらしい。周辺の噂では自殺と言われていたがどうやら違っていたようだ。この廃校が取り壊せないのは、隠された彼女の母の形見である大事な指輪を見つけられないからだと本人から聞いた。それが心残りで雪は成仏出来ずにいるらしい。
 今は時間がないから一緒に探すお手伝いは出来ないけれど、解決して帰ってきたら手伝うという約束をした。約束の印と、遠い所にいても私がすぐ気づけるようにと鈴を渡しておいた。雪のためにも早く帰ってきたいと思う。〕



知っている内容だった。日記が書かれている日付を見て、この日に出会っていたのか……と思いながらその少女のことを思い出す。
ここまでの文章を読んで、今のところ必要となりそうな内容は書かれてはいなかった。ただ、初めて知ったのは七不思議の発生理由。1人では出来ないものだったらしい。そして、絶対にクリア出来るような仕組みになっているということ。ここで必要になるのが知識と判断力。
確かに今までの謎は全て知識が必要になってくるものだった。まぁ、テケテケに至っては知識以上に体力等が必要となってくるのだが。
判断力は強制成仏のことだろうか。七つもある謎から強制成仏する相手を2つに決めなければならない。強制成仏をする相手を間違えるなと言うことにも繋がってきそうだった。


「ブンちゃんたちは大丈夫かのぅ……」

『……大丈夫だ。うちの奴が付いてる。……信じろ』


椅子に腰掛け扉をの方を呆然と眺めていた仁王に、奈緒はそう呟き目を閉じた。





「丸井先輩大丈夫ですか?」

「大丈夫に見えるかよぃ!走りすぎて腹減ったわ!」

〈人間喰ラウンジャァァァアアアア!!!! 喰ワセロォォォォ!!!!〉

「おい白蓮みたいな奴いるぞ!てかあの骨は仮にも女だよな!!?」

〈オイ豚野郎ォォォォ!!!!〉

「誰が豚だこの野郎!!!!」

「……。」


1階と3階をぐるぐる走り続ける蒼音組。特に丸井の体力が空腹によって尽きようとしていた。紫音は黙ったまま走り続けている。彼女の顔にも疲れが見え始めていた。唯一、未だに余裕そうなのは蒼音だけ。
だが問題はそこではない。誰がどうやって成仏させるのかであった。だがその方法を聞く前に。
オリャァァァアアアアアアア!!!と物凄い叫び声を上げながらスピードを早め追い付かれそうになった。だが1番右を走っていた蒼音がそれに早く気付き「危ない!」と隣を走っていた丸井を、横に勢いよく押す。そこは運良く教室の扉が空いており、押された丸井はうわっ!?と声を上げながらその隣を走っていた紫音を巻き込んで教室の中へ倒れ込んだ。


「〜〜っ、いってー……ごめん紫音、大丈夫かよぃ」

「……何とか」

「もうちょっと手加減しろよな蒼音……って、あれ?」


後ろを振り返っても誰もいない。蒼音と骨格標本の姿は見えず、その場には丸井と紫音だけしかいなかった。
気配も足音も消え、先ほどとは正反対な静けさが訪れる。


「……まじかよぃ……天才とはぐれるとか死亡フラグたったし」


教室に座り込んだまま、もーだめ疲れた…ちょっと休憩!と嘆いた丸井に無言で溜息をつく紫音。彼女は再び気付かれないようにと教室の扉を閉めた。
息を整えながら教室の壁を背にし黙って座る紫音をじっと見つめていた丸井は、彼女の小さな異変に気付く。


「奈緒のこと……気にしてんの?」

「……、」

「大丈夫だって!死にやしねーよ!奈緒はそんなに弱くない」

「……そんなことは分かってます!……っでも、私のせいで奈緒様がお怪我をされたんです…っ、私が、私が足を引っ張ったから……!」


俯いた紫音は泣きそうな顔で、自分の手を強く握り締めた。
紫音が奈緒と出会う前、彼女はある小さな小さな村に住んでいた。村の団地からは程遠い、離れた場所に家を建てて暮らしていたのだ。
だが妖怪と人間の間に生まれた子であったが故に、村人たちからは大層忌み嫌われ、突然暴力を振るわれるようなこともしばしばあった。ちなみに彼女の母は猫又であったために村人に殺され、人間である父は紫音が生まれる前に妻を捨てて逃げたらしい。その理由から紫音は、自分勝手な人間が大嫌いだったのだ。
そんな彼女は長いこと使っていた家を捨て、林の中にある小さな洞穴で暮らし始めた。食料は買う以前の問題であり、売ってくれなかったため、必ず村へ行く時は猫の姿に化けて、食料を盗んだり自分で狩りをしたり。そんな生活を続けて1人で暮らしていたのだ。
そんな時に彼女は、赤い瞳をした幼い少女に出会った。それが奈緒だったのだ。最初は警戒していたものの、妖怪だと知っていても恐れずに何度も何度も来てくれる彼女に紫音はほんの少しずつ心を開いていった。最終的には奈緒の誘いにより、一緒に行動を共にするようになったのだ。そして今に至るという訳だ。
紫音にとって奈緒は大切な家族であり、恩人であり、そして人間で唯一認めた人であった。そんな大切な主が自分を庇い、自分のせいで負傷してしまったのだ。


「紫音、」


丸井はそんな彼女の横へ座り、力の入っている彼女の手の上にそっと手を乗せ優しく握った。


「紫音のせいじゃない。奈緒はお前の傷つく姿を見たくないから、お前が大切だったから庇ったんだよぃ。せっかくの奈緒の好意を無駄にすんな」

「……っ、でも……」

「奈緒はいつも素っ気ないけど、お前のこと凄く信頼してると思うぞ。昔から一緒にいるんだろぃ?」

「……はい、」

「じゃー奈緒を信じてやろうぜぃ。紫音が信じてやらなくてどーすんだよ。……第一、悪いのはあの骨だろぃ?紫音が悪いなんて可笑しいと思うけどなー俺は」


丸井はそう言うと「だからさぁ紫音。奈緒が回復して戻ってくるまでに、あの骨潰しとかねぇ?」と笑った。そんな彼を見て、紫音は静かに目を閉じ、心を落ち着かせるべく深く深呼吸をした。そして目を開け丸井を見ると、小さく頷いたのだった。


「うっしゃ!そうと決まればまず蒼音と骨探さなきゃなー……あ。でもどうやって強制的に成仏させんの?」


肝心なことを忘れていたと、不味い顔を見せる丸井。確かに雪羅や白蓮ならまだしも、蒼音は水系統の技なため当然あの骨格標本に効くはずがない。だから蒼音がそれを倒せている確率も低いわけなのだ。
どうすれば倒すことが出来るのか。もはや打つ手はないのか。打開策を考えてもすぐには出るはずがないじゃないかと頭を抱える丸井に、紫音が「…あの」と呟いた。


「……手なら、あるかもしれません。」



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