桜の花びら三九枚


※天狼傳ネタあります



───近藤さんを、暗殺する。
その計画を知ったのは、本当に偶然だった。
いくら御陵衛士として伊東甲子太郎に着いてきていたとしても───本来の思想とは相対する考えを持つ相手だったとしても、試衛館にいた頃からの仲間を裏切ることは藤堂には出来ないだろうと、彼にはあえて知らされてなかったのだ。
そしてその伊東の考え通り、藤堂はもっと他に良い方法はないのかと反論した。


「我々が動くためには、新撰組と言う組織は非常に邪魔なんです。アナタも言っていたではありませんか。近藤勇のやり方はどこか間違っていると」

「それは確かに言いましたけど、でも……だからって何も近藤さんを暗殺する必要は……」

「いいえ、甘いです。隊を離脱しただけではだめ。このままではいつまでたっても新撰組と言うしがらみから逃れることはできません」


一。局ヲ脱スルヲ不許。
本来、新撰組から隊を脱することは、局中法度に違反していた。
しかし伊東の新撰組を支える別動隊としての分離ならば脱退にはならないだろうという機転により、孝明天皇の陵墓を警護するという名目で『御陵衛士』を拝命。その大義名分と同時に、薩摩や長州の動向を探るとして新撰組の脱退に成功した。
あくまで幕府山陵奉行の管轄下として、しかし行う活動は各地の情報収集や他の尊皇家との意見交換などの尊皇攘夷として───。
だが名目上が新撰組をサポートするとある以上、御陵衛士もそれと同じようなイメージを持たれている部分が大きく、動くには少しばかり問題があったのだ。それを伊東甲子太郎は懸念し、疎んじていた。───結果、伊東の考え方とはまるで正反対の考えを持つ近藤勇と言う男の存在が非常に邪魔になったという訳だ。
藤堂は伊東と話をしていたもう一人の人物へと目をやる。


「はじめくんも?……伊東さんの計画に賛成してんの?近藤さんのこと局長つって慕ってたじゃん」

「ああ、新撰組とでは目指すべきところが違うからな。こうなるのも仕方がないのかもしれない」

「……。……本当にその計画をやる気があんのか?はじめくんには」

「……辛いなら無理はするな。平助は来なくてもいい」


伊東と一緒に話をしていたのは、新撰組で共にしていた斎藤一だった。ここのところ気が付いたら姿が見えなかったり色々と忙しそうにしていた彼は、表情を変えることなく淡々と話すと、藤堂の肩をぽんと叩いてその場から離れていった。


「斎藤さんの言う通りです。……元よりあなたにこの計画を言うつもりはありませんでしたから。出来そうにないのなら、聞かなかったことにするのが賢明な判断ですよ」

『…………。』


藤堂のその表情から読み取れるのは、迷いや悩みだ。そんな思いつめたような表情をみせる彼の顔を紬はしばらく黙って見つめた後、片目だけの生活にももう慣れたとでもいうように、斎藤の後に横を通り過ぎて行った伊東へ視線を移した。
藤堂は剣術の才も、文学の才も他より秀でていたが、伊東もまた、彼の通っていた道場の剣術の師範であり、新撰組に加入後すぐに参謀と呼ばれる立ち位置についたことからかなりの策士であった。しかし比較的に感情が表に出やすく思ったことをすぐ口にする素直な性格の藤堂に対し、伊東は正反対の、建前を並べて本心を隠そうとする性格だ。
だから笑顔を張りつけ簡単に手の内を明かそうとしない伊東に、実は紬はほんの少しだけ苦手意識を持っていた。平助が慕っている人物である以上、それを口にすることはなかったが、しかし今まで行く末を見守ってきていた今、どうにも雲行きがあやしくなっている予感がして、小さな不安が募っていく。
かねてからの藤堂の思想は尊皇攘夷よりだった。それは試衛館に入り浸るよりも前から、道場で世話になった伊東の考え方に深く心酔していたのを知っていたから。だから御陵衛士として生きるこの選択は仕方がないとも思っていた。でなければ『脱退するなら切腹』などという、彼の思想とはまったくの正反対の組織で、自身の考えを殺しながらずっと過ごしていかなければならないのはあまりにも酷な気がしたからだ。
それなのに、やっと自身の気持ちの通りに動けるようになったはずの今、どうして彼から笑顔の回数が減ったのだろうか。ここは、こんなにも殺風景で殺伐とした雰囲気だっただろうか。
やることに不満はあったとしても、新撰組にいた頃の方が楽しかったのではないだろうか。
決して新撰組を贔屓目に見ているのではない。御陵衛士として月真院に屯所を構えた時から、寂しそうにする紬を気遣ってくれる藤堂の優しさに胸を締め付けられた彼女は、自分の欲は全て捨て、藤堂のことを最優先に考えようと誓った。藤堂の前では、彼らの名前を決して出さないようにした。
そして藤堂のことを一番に考えるようになって、彼を見て、どの選択がよかったのかを改めて考えるようになった。


『……平助くん、』

「ん?どうした?」

『……。……無理だけは、しないでほしい』

「!……ありがとな。でもだいじょーぶ!……これは俺が決めた道だから。」


それに相棒もついてるし、と優しい笑みを浮かべる藤堂を見て、何とも言えない複雑な気持ちが込み上げてくる。ただ心配して声をかけただけなのに、藤堂は自分のことそっちのけで紬を気遣った言葉をかける。それが心苦しくて、無意識に下唇を噛んだ。
全て捨ててもいい。彼が全てを投げ出して、この場から逃げたいというのなら、紬は喜んでそれを受け入れる。そして願わくば、彼がおじいさんと言われるようになるまで、一生を終えるその時まで、ずっと傍にいて支えたい。色々な景色を見せて、教えてくれた、大切な大切な主のために。
だからまずは線引きをしよう。紬にとってこの身より大切な藤堂平助と、それ以外で。彼さえ長生きしてくれるのなら、他はどうだっていい。どうなったって構わない。
考えが読めない伊東のことは、彼を信頼しきっている藤堂の代わりに、危険視しておく必要があるかもしれない。


『(……本当に、このままでいいんだろうか)』


こんな状況でも小さく笑みを浮かべる伊東という男を、紬は横目で静かに追いながら、小さな不安を掻き消すように藤堂の着物の袖を握る。
だからこの時、藤堂が真剣な表情で静かにとある人物へと視線を向けていたことに、紬は気付きもしなかった。

───その日の夜だった。
過ごし方はいつもと何ら変わらなった気がする。
しかし心ここにあらずと言うべきか、───いや、一見いつも通りの反応を見せる彼だったが、どこか周囲を気にしている様子だったのは、普段から藤堂を見ている紬にはすぐに分かることだった。
普段のように食事を済ませたあとに藤堂が向かった先は、自室ではなく、外。


『え……平助くん?どこ行くの?』

「……この目でちゃんと確かめねーとなって、」


彼が何を目的として行動をとっていたのか、この時はまだ分からなかった。
その足取りは決して軽いようには見えず、顔つきも真剣そのものだ。月真院の庭を通り抜け、門前までやってくると藤堂は立ち止まった。


『……?こんなところで何を確かめるの?』

「待ってりゃ分かるよ。……たぶん今日なはずだから」


それから藤堂は塀に背を預けるようにもたれると、空を仰いで深呼吸をした。
外の空気はひんやりと冷たく、このまま長居するには少しばかり寒い。しかし藤堂の目的がわからない以上、どうすることも出来ないと思った紬は、彼の真似をするように隣へいき塀へ背中を預けた。


「……綺麗な空だな〜」


静かな夜に呟いた彼の言葉は、はっきりと紬に聞こえた。
雲のない空は、月と、散りばめられたような星が際立つ。


「ほらあれ。近藤さんがよく言ってた天狼星」

『ああ、太陽の次に明るい星のことだっけ。あの星の近くに目には見えないけど、もう一つ小さな星があるんだよね』


隊にいた時に近藤がよく話していた星の話を思い出す。
冬の空に浮かぶいっとう明るい星。シリウス。


「そうそう。2つで1つの星。」

『……きっと、誰にでもそういう支えになってる相手がいるんだろうね』

「そうだな〜。近藤さんには土方さん、総司には……和音さんがいるし。新ぱっちぁんと左之さんは仲良しな相棒って感じだし。俺には、紬がいるしな」

『……うん、私がいるよ』


あの目には見えない星のように、すぐ傍で君を支えたい。これからも、ずっと。
彼の視線はずっと星空に向いている。その瞳が随分と切なげで、きゅっと心臓のあたりが苦しくなる。
今、彼は何を考えているのだろう。何を思い出しているのだろう。齢24という歳で、何を抱え込んでいるのだろう。
もし、刀を───上総介兼重を持つことのないまま過ごしていたら、未来はどんな風に変わったのだろうか。尊皇、佐幕関係なく、戦争のない平和な環境で過ごしていたら。剣術に興味を持たず、勉学だけに励んでいたら。
こんなに不安を掻き立てられることなんてなかったのかも知れない。


「!……、」

『……?平助くん?どうかした───』

「あ〜あ!元気してっかな〜新ぱっちぁんや左之さんたち。総司は体調悪そうだったから心配だなー。和音さんにも会いてーな〜。……こっちは元気にやってるぞーって言いたいけど、流石に俺の独断で顔出しに行くのはまずいだろうしな〜」


途端、先程の切なげな表情はどこに消えたのやら、藤堂は急に声を張った。傍には紬しかしないはずなのに、まるで誰かに聞こえるように、はっきりと。
紬がその様子を疑問に思よりも先に、藤堂の視線は一点へ向く。その視線を追うように、彼女もまた同じ方向へと視線を向けた。


「だから代わりに伝えてくれよ。……はじめくん」


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