桜の花びら四枚


「だから!どうやって寝るんだっつってんの!」

「知るわけないじゃん!お前が実装されるって知ってたら主も最初から用意してるし!」

「布団を貸せって言いたいの?やだよ清光の借りて」

「何で俺が布団貸さなくちゃいけないの。肌に畳の痕がついちゃうじゃん!場所だけ開けてやるから紬が畳の上で寝なよ」

「畳の痕ついちゃう〜とか乙女かよキッモ。もういい!そのくらいなら廊下で寝たほうがマシだ!」


スパーン!
沖田組の部屋の障子を勢いよく閉めると、大きな音が夜空に響いた。またまた喧嘩でギャーギャー騒いだ挙句、何も解決しないままもういいと叫んで部屋を出ると、紬は深い溜息をつく。結局、彼女は縁側で寝ることにしたのだ。
ふと空を見上げれば、綺麗に光る月が目に入った。彼女は再び深い溜息をついてその場の縁側に座る。
とても細い月。どうやら明日は新月───朔の日らしい。


「…………あの夜も、こんな月の形してたな……」


あの日のことを思い出す度に胸が苦しくなる。けれど、思い出さずにはいられなかった。
紬は今日ここにやってきた。それまでは折れていたせいでずっと眠っていたため、藤堂の傍にいたという記憶が鮮明に思い出された。まるで昨日あった出来事のように思えたのだ。


「(歴史を変えようとする敵と戦う、か……訳わかんない)」


もし、平助くんが池田屋事件のあと使えなくなった私を捨てて、新しい刀を使っていたら。彼は死なずに生き延びることが出来ただろうか。
もし、私が平助くんに伊東の死体回収に行かないでって止めてたら。彼が死ぬことはなかったのだろうか。
もし、私が新撰組の離脱を反対していたら。平助くんはずっと隊のみんなと過ごせたのだろうか。
歴史改変を目論む奴を斬る?刀である私たちが?


「……平助くんが助かる道があるのなら……私だって……」


───歴史だろうと何だろうと変えてやりたいのに。
じわりと片目が熱くなる。だが涙なんて出てこない。
平助くんがいなくなったのは私のせいなのに、あの日彼の傍で散々泣いてたくせに、今ではいくら辛くて苦しかろうと一滴の涙も落ちやしない。最低な刀だ。そう思えば、目が焼けるように熱くなり、目の前が真っ暗になっていく。まるで闇に呑まれるかのように。
心に隅に無理やり押しやっていた小さな絶望感がじわじわと広く、大きくなっていくような。
本当に、自分にできることはなかったのだろうか。


「……こんなところで1人で月見か?」


月をぼーっと見つめていると、突然横から声がした。その声で紬はハッと我に返りそちらを向く。加州や大和守と起こした騒ぎを止めてくれた刀、天下五剣がそこに立っていた。


「紬、と言ったな……俺は三日月宗近。よろしく頼むぞ」

「……よろしくお願いします、三日月さん」

「三日月でよい。堅苦しい喋りも抜きだ」

「……いいの?見るからに目上そうなのに」

「ああよい。まぁ俺は平安時代に打たれた刀だからな、お主のように若い奴らから見れば完全なるじじいだろうな。はっはっは」


良くわからない人だと思いながら、隣に腰を下ろした三日月を見て顔をひきつらせる紬に、まるで孫のようだなと言いながら頭を撫でる三日月。しばらく撫でられ続けていた紬は、いつまでするのかと迷惑そうに三日月の手を払った。


「ふむ、明日は朔か……。……なぁ、今にも消えてしまいそうな細い月を見て楽しいか?」

「月は……あまり好きじゃない。」

「ほう。月が嫌いか……なぜだ?」

「…………平助くん……私の、世界で一番大切だった人が殺された時もこんな形だった。空から私たちを見て、嘲笑っているように見えるんだ……。だから、半月より欠けてる月は……怖い」


ただの月だって分かっているのに、とても不気味でぞっとした。今もそうだ。何かに見られているような気さえしてくる。また、近くにいる誰かが消えてしまいそうで、守るべき人を失ってしまいそうでとても怖かった。
満月とかだったら、全然大丈夫なんだけどね。そう悲しそうに呟く紬を三日月は優しい目で見つめていた。


「……ごめん。これ、三日月には言っちゃダメな話だったかも」

「はっはっは、そうだなぁ……名前にも瞳にも紬の嫌いな三日月があるから聞かぬ方が良かったかもなぁ」


それでも愉快そうに笑う三日月。落ち込むことなく笑い続ける三日月の態度に、紬は逆に罪悪感でいっぱいになってしまった。


「……紬よ。俺達がなぜ歴史を変えようとする奴らと戦うのか、その理由が分かるか?」

「……分からない。」

「はっはっは……分からんか。そうだな、俺にもよく分からん」


清々しいほどキッパリと言い切った三日月に唖然する紬。
何それ……と呆れながら呟いた彼女に、三日月は「でもな」と言葉を続けた。


「過去が変えられてしまえば、未来が変わってしまう。生まれてくるはずだった命がなかったことにされたり、元々無かったものが新しく生まれてきてしまう」

「……うん」

「過去を変えることはそれだけ危ないものだ。だから俺達は戦う。中には自分の主の未来は変えさせないと戦う者もいるぞ」


もちろん一筋縄ではいかない。かつての主を守る任務もあれば、史実通り逝かせる任務もあるのだ。それ相応の覚悟が伴ってくる。
月を眺めながら淡々と続ける三日月。紬は何も言わずただただ黙っていた。


「歴史修正主義者は……過去を変えようとした刀剣たちの末路だと聞いたことがある」


刀剣男士として鍛刀されてから昔の主を助けたいと過去を変えようと思った刀剣、今の主が死んだり、大切な仲間が折られてしまった時に過去を変えようと思った刀剣。色々な種類の刀剣がいると三日月は話した。


「……まぁ、姿形すがたかたちは刀剣たちとかけ離れている。実際に俺も刀剣たちが堕ちた所を見た訳ではないから分からんがな」

「……敵の姿なんてまだ見たことないから想像つかない」


でも、なぜそれを今ここで彼女に言うのか。ただの気まぐれか、それとも何か意図があってのことなのか。三日月の考えていることは、全くもって意味が分からなかった。
彼は紬の返答に「それもそうか……突然こんな話をしてすまなかったな」と笑った。


「……ううん。別に、暇つぶしになっ───」

「わっ!!」

「……っ!?」

「どうだ驚いたか!?……いやーははは!反応が薄いな!」


こんな時にこんな所で驚かす意味が分からない。唐突すぎて驚かないわけがないだろう。
突然のこと過ぎて逆に声が出なかった紬。彼女の反応を見て全身白を纏った姿の彼は笑った。


「鶴や……じじいも驚いたぞ」

「そうか!そりゃー良かった!でも2人とも反応薄いぞ?」


2人の後ろに立ってにんまりと笑う彼に対し、紬はじーっと見つめていた。彼女の視線に気付いた“鶴”と言う男はどうかしたかと首を傾げる。


「……いや、誰」

「すまんすまん!俺は鶴丸国永だ。特技と趣味は他の奴に驚きを与えること!」

「鶴丸さんは……見た目詐欺だね」

「はは、よく言われる!それと“さん”はなくていい。もっと親しみやすい名で呼んでくれ。よろしく頼むぜ紬」


親しみやすいと言われても……としばらく悩んだ末、紬は「じゃあ……三日月も言ってるし、鶴で」と呟いた。縁側に腰を下ろしていた三日月と紬は立ち上がり、鶴丸を見る。彼もまた、じっと紬のことを見ていた。何か用でもあるのだろうか。


「へぇ、こうしてみると何だか可愛いな紬は!」

「は?え、ちょっ……」


突然肩を組むように近付いて頭を撫でてくる鶴丸に、驚きを隠せず戸惑う紬。どうすればいいか分からず近くにいた三日月に目線で助けを求めると、目が合った三日月は首を傾げながらも、ハハと紬に微笑みかけた。違うそうじゃない。助けて。


「つーか、こんな所で何してたんだ?2人で月見か?」

「そんな野暮なこと聞かなくとも……全て聞いていたんだろう?」

「……じいさんにはバレてたか。て言うか全然驚いていないじゃないか三日月!」

「はっはっは!」


肩を抱いたままの鶴丸と目の前の三日月が話をする。どうやら鶴丸は結構前から潜んでいたらしい。真面目な話だったためタイミングが掴めなかったのだろう。


「……して、紬。お前はこんな夜になぜ1人でいた?」

「いや、寝ようとしてたんだけど」

「は?どこで?」

「ここで。」

「……どこだって?」

「だからここで。」

「……えんがわか?」

「うん。別に柱に寄りかかれば問題ないし」


三日月の問いに何の戸惑いもなく返せば、横から紬に質問を重ねてゆく鶴丸。冗談で言っているようには思えない表情で頷く彼女を見て、三日月と鶴丸は顔を見合わせた。


「おいおい本気かよ……こいつは驚いたぜ。主にどこで寝たらいいかとか言われなかったのかい?」

「言われたけど……口論になったから殺意を抑えて廊下で寝るって出てきた。……それより鶴、いつまでそうしてるつもり。重いんだけど」


紬の言葉に、主がどこの部屋を使えと言ったのか、2人は一瞬で理解した。


「なぁ紬……俺の部屋で寝るか?」


は、と険悪な顔をして鶴丸を見上げる紬。親切に言ってやってんのにそんな目で見るとは驚きだと苦笑する鶴丸に、彼女は今の状況でそう思われないのは逆に可笑しいだろと心の中でつっこんだ。
正確に言えば鶴丸の部屋と言うより、俺と鶴と小狐の部屋なんだがな、と優雅に笑う三日月。2人は同じ部屋だったのか。そして今ここにはいないが新撰組以外で2番目に仲良くなった小狐丸も。因みに1番は獅子王である。


「縁側は少し冷えるからなぁ……風邪を引いてしまう」

「そうだぜ。縁側で寝るくらいなら狭くても布団を共有する方がいい。そうは思わないかい?」


何だか妙に上手く丸め込まれているような気がする。交渉とか賭けとか取り引きとか上手そうな人たちだ。流石は平安生まれ。怖い。
けれど、確かに顕現されて授かったこの身は風邪を引くと聞いた。だからヘマをして主に迷惑をかけてしまうのはごめんだ。それは避けたい。


「うーん……。……じゃ、お言葉にあま───」


“甘えて”そう言おうとしたのだが。スパァーーーン!!という大きな音が突然後ろから聞こえた。障子を開いた音だ。
驚きのあまりに鶴丸さえもびくっと肩を揺らし、やっと紬から離れる。反射的に三振りがそちらを向けばそこには加州清光が立っていた。その後ろには大和守安定も。
コイツらの部屋の前だと言う事をすっかり忘れていた。もしかしてうるさかったのだろうか。彼の表情は若干怒っているように見えた。


「(うわ……て言うかもしかして、全部話聞かれてた……?)」

「あ、うるさかったか。すまんすまん」


鶴丸の言葉に反応もしない加州。彼はずっと無言のまま紬を見ていた。
会話を聞かれていたかも知れないと言う焦りと、ちょっとは何か喋ったらどうだよと言う気持ちが合わさって、よく分からない感情が生まれながらもじっと彼を見つめる。
すると加州が突然動きだし、紬の手首をばっと掴んで引っ張った。え、ちょ……!と言う声が漏れる。勢いよく引っ張られたために体勢を崩し、転びそうになった所を引っ張った御本人───加州清光に受け止められた。気が付けば二振りの部屋に入っていて、三日月と鶴丸を方を振り向けば唖然とこちらを見ていたのがほんの一瞬だけ見えた。一瞬しか見えなかったのは、大和守が「お休みなさーい」と言いながら障子を閉めたからだ。
……何がしたかったのだろうか。何がしたいのか。


「……急に何?」

「……紬さ、歴史変えたいとか思ってるでしょ」

「は?唐突だね加州。と言うか盗み聞きなんて悪趣味。最低。」


無言だった2人に何だと問えば加州から突然質問を投げかけられた。それも歴史を変えたいかどうかの質問。そんなこと聞いてどうするんだと思いながら軽くあしらうと「どうなの」と先程より低いトーンで返ってきた。


「さあね。どう思おうが私の勝手だしアンタには関係ない。でも本当に歴史を変えたいと思ってて……三日月の言ったことが本当なら、私は今ここにいないんじゃないの」

「……あっそ……でも敵側に“いったら”いくら相手がお前だろうと容赦なく殺すだけだし」

「どーぞご勝手に。そしたら私も心置きなくアンタらを殺れるから」

「……あのさ、いい加減寝たいんだけど。話まだ続くの?」


紬と加州が睨み合っていれば、大和守があくびをしながらだるそうに呟いた。紬は加州に握られている手をバッと振りほどくと、何で連れ戻したの……と二振りに訪ねた。


「寝るなら早く寝てくれない?迷惑」

「だから……ハァ、盗み聞きしてたんなら分かるでしょ?鶴たちが誘ってくれたから別にいい。向こうで寝る」

「嫌だけど主の命令には背けないから。主に嫌われるのも嫌だし。……あと盗み聞きじゃない。でかい声で話すのが悪い」


大和守は布団に入りながらそう言い放つと、もう一度あくびをする。
そんなに嫌なら別に連れ戻さなくても良かっただろう。三日月や鶴丸が親切に部屋に来ていいと言ってくれたのだ。次の日に昨日結局三日月たちの部屋で寝ましたって主に言ったとしても「あ、そうだったの?ふーんそっかそっか!いやー三日月たちありがたい」で終わりそうじゃないか。逆に「はぁ?何で清光と安定の部屋で寝なかったんだよ!俺昨日主命だって言ったじゃん?」なんて言う方が可笑しい。有り得ない。普通許可するはすだ。彼女はそう考えながら小さく溜息をついた。


「そーゆー訳だから清光あとよろしく」

「ハァ!?ちょっと待てって安定!俺こいつと寝るのやなんだけど!っておい寝るな!」

「何言ってんの僕だって嫌だし」

「だから私は違う部屋で寝るっつってんだろ!!」


喧嘩を始めだした加州と大和守にイラッとしながらキッパリと言ってやれば、二振り同時に紬を見て「それはダメ」と声を揃えた。意味が分からない。一体何なんだこの2人は。
───結局、じゃんけんで決めることになった。負けた方の布団で寝る、と言うことだそうだ。じゃーんけーんぽん、そう言って出されたのはチョキとグー。


「っしゃー!勝った勝った!お休み安定〜頑張れ〜〜」


そう言いながらそそくさと布団に入って横になる加州。グーを出したのは加州清光だった。と言うことはチョキを出して負けた大和守安定の布団に入れてもらうことになる。大和守は「うわ最悪……」と言いながらも布団の端に寄り、紬が入れるほどのスペースを空けた。


「ん、」

「……。……どう、も」


深い溜息をつき横になる大和守の隣にそろっと入る紬は彼に背を向けて横になる。大和守は私のことが嫌いだからきっと彼も背を向けて寝ているんだろう、と紬はそう完全に思い込んでいた。
部屋が静かになり、片方から寝息が聞こえ出す。加州はもう寝たのか……などと思っていれば突然後ろからにゅっと手が伸びた。


「……うわぁ。」

「状況的にもっと驚きなよ。何うわぁって」


まさか後ろから抱きしめてくるとは思いもしなかった。まさか。


「……おい変態離せよこら」

「はぁー面白くない。もっと嫌がるかと思ったのに」

「うわー何コイツ!十分嫌がってるから離して!」

「うるさい。清光起きたら面倒だから黙って」

「それは面倒だけど……いやそうじゃなくて、っておい。足まで固定してくるのやめてもらえます?抱き枕じゃないんですけど私」

「嫌だけど?だって嫌がらせだし……そもそも僕の布団だし。て言うか布団で寝たいならちゃんと僕の抱き枕をまっとうしてよね」

「うっざ早く寝ろよ」

「……脂肪で弾力があるせいか抱き心地抜群な抱き枕だな〜」

「うるせぇ寝ろボケ殺すぞ」


何こいつホント意味わかんないんですけど頭大丈夫?抱きつくとかどんな嫌がらせだよ正気か?ていうか私は太ってない。やってられないと盛大に舌打ちで返してやれば「ねぇ紬……」と大和守が小さな声で呟いた。だが距離的に彼女には充分聞こえる大きさだ。


「今度は何?まだ何かあるわけ?」

「紬が、本丸にやって来てさ……僕……」

「……うん」

「僕、ね……」

「……うん」

「紬に……」

「……なに?」

「…………、」

「寝るのかよ!」


大和守は紬に何も伝えないまま寝てしまい、何が言いたかったんだと彼女は深い溜息をつく。しかも結局抱きしめたまま寝やがったせいで離してくれていない。
私が本丸にやって来て何だったんだろう。何を言おうとしていたんだろう。考えても答えが出てこないので諦めるが、明日もし覚えてたら本人に聞いてみるとしよう。
この体勢については寝ているうちにきっと離してくれているだろうと思い、紬はもう知るかと諦めて眠りについたのだった。だが翌朝、加州清光の騒がしい声で紬の目が覚めることになるのはまだ知らない。


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