桜の花びら二七枚


『───ねえ、そこで突っ立って見てるあんたも……ああ、やっぱ"そう"だよね』


まるで遠くから傍観しているかのように藤堂平助を目で追っていた少女の瞳に、ふと柘榴のような赤い瞳が特徴的な少年が写り込む。
それに多少なりとも驚きはしたが、しかしそれが顔に出ることはなかった少女が視線だけを静かにこちらに向ければ、彼は恐る恐るになりながらも無表情の彼女───上総介兼重に歩み寄った。


『───あ、俺、加州清光。沖田総司の愛刀なんだ』

『───……沖田総司が誰かは知らないけど。……ふーん、そっか。君も私と一緒なのか。……私は上総介兼重。あそこにいる藤堂平助の愛刀。これからよろしく頼むよ、加州清光』

『───うん、よろしく〜。あと長いだろーから清光でいいよ。……てか俺、"女の子"と会ったの初めてかもしんない。そっちは?今までに俺たちみたいなのと会ったことってある?』

『───……いや、ない。君が初めて』

『───!そっか〜。あっ、他の奴も紹介したげるからついてきて!あと聞いたらびっくりすると思うけど、"俺たち"のこと視える人もいるんだよ。ほら、こっち』


ちらりと八重歯が覗くような笑顔を見せる付喪神の少年は、少女の手を取るとゆっくりと引っ張った。
これが刀の付喪神である加州清光と上総介兼重の初めての会話であった。


「───やっと見つけた、紬」

『……平助、くん』


夜も更け、隊のみんなが寝静まったであろう時間帯。建物の明かりも消えて、うっすらと照らされる星や月の明かりを頼りにしかできないような暗さの中、上総介兼重は中庭の縁側に座って空を見上げていた。
そんなところに姿を現したのは、彼女の持ち主である新撰組八番隊隊長の藤堂平助で、起きたばかりか襦袢姿のまま紬に声をかけた。
目が覚めたらお前の姿が見えないから折れちゃったのかと思ってほんと焦った……と言いながら、彼女の横にずるずるとしゃがみ込む。紬は心配して探してくれたという主の行動に嬉しくなりながらも「ごめんね」と返した。再び空に浮かぶ三日月に目を移すと、彼女は静かに言う。


『……私は折れないよ。せめて君が逝ってしまうまでは、……絶対に』

「……。ごめんな、俺が不甲斐ないばっかりに、こんな……」


悲しそうな顔で、すっと伸ばした藤堂の左手は紬の右頬を包んだ。包帯が巻かれて見えない彼女の右目を優しく撫でる。
僅かな月明かりでしか見えない彼の表情も、夜目の利く紬にははっきりと見えていて、そんな表情をさせている自分が悔しくて下唇を噛む。
紬は体の至るところに包帯を巻いている姿だったのだ。痛みはないが、刀本体に修復不可能なまでの傷がついている状態であったため、それが付喪神である彼女の見た目にも反映してしまっていた。


『……私のことより、平助くんは大丈夫なの?額の怪我』


かく言う藤堂平助も先日の池田屋の戦いで致命傷になるほどの大怪我を額に負っていたため、頭に包帯を巻いていた。
紬の質問に頷きながら、彼女と同じように隣に腰掛ける。


「俺のは俺が油断してやったことだし、別に治るからいいんだよ」

『いや、私がもっと早く気付いてれば知らせることだって出来たわけで、』

「ああ言えばこう言う!俺が悪いの!それに……お前のは俺がもっと強ければ、こうはなってなかったろって話」

『……これは、仕方ないことだよ。あんな人数相手にしてたら誰だってこうなるさ。凄く強い沖くんだって、……』

「…………夜中に独りでいた理由はそれだな。」

『……。……だって、まさか消えるなんてさ、誰も思わないよ……、だって……』


紬は藤堂から視線を外して、俯いた。


『……安定が、清光に酷い事言っちゃったって凄く泣いてたんだ。喧嘩したまま謝ることも出来ずになんて、悲しすぎるでしょ……。和さんは清光を直すために走り回って精一杯だろうから、私がずっと泣いてる安定を励まさなきゃって……っ私が、しっかりしなきゃって……思っ、て……』

「……そっか、偉いな紬は。ずっと我慢してたんだな。……ほら、おいで。」


柔らかい声に、ゴツゴツしてるのにとても優しくて温かい手。まるで割れ物を扱うかのように優しい手つきで頭を撫でた藤堂により、等々彼女の堰き止めていた感情が決壊した。頬が濡れる。


「俺には紬しか視えないから他の奴の事は話を聞かないと分かんねぇけど、紬のことだけは誰よりもしっかりと見てるから分かる」


藤堂は隣に座っている紬の肩を抱き、そっと腕の中に引き寄せると、ぽんぽんと一定のリズムで頭を撫でながら、言葉を続けた。


「俺の前では何も我慢しなくていい。泣いたっていい。思ったこと全部俺に教えてくれ。何でも聞いてやる。俺にとってお前は何よりも大切な愛刀で、誰よりも大切な仲間だからな」

『平助くん……』

「……て言うか、何より愛刀と意志疎通できる持ち主って最強じゃね?こんなに可愛い女の子が俺の愛刀の神様とか未だに信じらんねーよ」

『ふふっ……、ぐすっ、呑気な主様が変なこと言うから涙引っ込んじゃった』

「なんだと〜〜!思ったより元気だなお前!……ほら、そろそろ部屋戻って寝るぞ。早くしないと夜が明ける」


うん、とひとつ答えて紬は藤堂の後ろを歩く。
ふと空を見上げた。目に映り込んできた三日月は、ひっそりと静かに夜を照らす。
目を閉じてしまえば、ふとした時に"あの時"の恐怖が脳裏に蘇る。そしてそれは消えないまま、さらに不安を大きくするのだ。だから、彼女は眠れず縁側までやってきていた。


『(……平助くんが死ぬまでは、私は絶対に折れはしない。けれど……)』


けれども、こんな修理も出来ないなまくら刀をずっと持っていてほしいとも言わない。"上総介兼重"があることで藤堂平助の生命を削ってしまっているならば、いっそ他の刀を選んでくれた方がいい。
自分の主が、───藤堂平助が生きてくれさえすればいいのだ。新しい刀を選んでも構わない、武器を持てなくなってしまっても構わない。ただ生きていてくれればいい。
ただそれだけなのだ。







みんな、準備はいいな。
そう転移装置の傍で一言放った主こと和真は真剣な顔で目の前にいる六振りを見つめていた。


「…………。」

「…………。」


相変わらず、とある二振りの沈黙と溢れんばかりの不機嫌オーラのせいでその場の雰囲気を気まずくさせている対して、和真は心底深い溜息をつきたくなるがぐっと堪えて1番端で佇む紬をちらりと見た。

事は少し前に遡る。
出陣予定時間である19時より少し前くらいだろうか。これからの出陣についての戦術や敵の狙いを再確認するべくパソコンや書物とにらめっこしていた和真の元に紬がやってきた。
粗方獅子王から事情を聞いていた和真は、真剣な表情を見せたまま扉のすぐ傍で静かに正座した紬から大体の真意を読み取ったのか、「……俺のワガママ聞いてもらってさんきゅーな、紬」と真剣に返す。ただ、先程よりかは幾分晴れやかな顔をしているが、根本が解決したわけではない。難しい顔……と言うよりは、やはりどこか不満そうな顔が伺えた。


「……いえ。思い出したら腸煮えくり返るくらいクソ腹立つのであまり考えないようにしてますけど、それとこれとは別なので」

「……うん、すまんな」

「ただ出陣先でもアイツだけとは必要最小限関わらないつもりなのでその辺は頭の隅にでも置いといてもらえると助かります。私のことはいい、けれど平助くんの生き方を否定した。それを訂正しない限りは絶対にアイツを許さない。……これだけは譲れない。」

「……そっか、まぁ、主的にはちゃんと協力はしろって言いたいところだけど、みんな折れずに帰ってくるって約束できるんなら……ほどほどにな」

「……ありがとうございます」


和真と紬の会話はそれ以降行われることはなく、話は冒頭へと戻る。
準備が終わった刀剣六振りが転移装置の前へ出揃う。時刻は19時。出陣予定時刻となっていた。


「んじゃ隊長。はい、これ」


和真は小さくて黒い、薄っぺらい板のようなものを長曽祢に差し出した。板には赤いボタンがついていて、何かのリモコンような見た目である。
長曽祢はそれを受け取ると「なんだ?」と不思議そうに和真を見つめた。大和守と和泉守が両隣から覗き込むようにそれをまじまじと見つめる。


「まぁ早い話、"通信機"っつーもんだ。その赤いボタン押せば俺と話ができる。」

「けど主の持ってる話ができる板……すまーとほん?じゃないね」

「ああ、スマホな。あれとはちょっと作りが違ってさ、……要するに時間、時空対策ばっちりの優れ物で出陣用ってこと。蓬さんに相談してたのがやっと出来上がった」

「ああ、主さんが何度か政府に足を運んでたのってこの相談してたんですね」

「そゆこと。開発課に直に提案した方が早いだろうって言われてさ」


俺にもっと霊力があれば簡単に出陣状況分かって楽だったんだけど……と悔しそうに和真は呟いた。
主である和真は他の審神者と比べて霊力があまり多くない。そのため霊力を使って連絡しあうのは無駄な体力の消耗ということで、いざと言う時のために霊力や電波を使わずに行える、時間、時空対策ばっちりの連絡手段を政府に頼んで用意していたのであった。どうやら蓬さん曰く、彼女の凄腕同期と呼ばれている人が協力してくれたため、長期間かかるだろうと思われていた作業が短期間で終了したらしい。


「……また紬んときみたいにイレギュラーな大事件に巻き込まれんの避けたいしな」

「なるほどな。ま、これさえあればすぐに応援呼べっから楽だな」

「そゆこと。」


それもこれも、彼女───上総介兼重の初陣がきっかけだった。彼女の初陣で敵の本陣を潰した後に現れた大勢の検非違使。ほぼ全員が中傷以上の怪我を負った。結局紬が囮になり、誰1人欠けることなく戻ってはこられたのが、やはりこれから先も出陣先でイレギュラーなことがないなんてことは、絶対に無い。だから審神者が出陣先の状況を把握さえしていれば、すぐに増援も遅れるだろうということも踏まえて、連絡手段についてを政府に提案していたのだ。
だが、部隊全員となると資金は相当のものになる。そのため今のところは2台のみで、主が持つのはもちろん、出陣する部隊長にその権限が渡されようとしていた。


「つーわけでさ、"何か"あったら躊躇せずにすぐ連絡してくれ。頼んだぞ、長曽祢」


腕を組みながらちらりと加州と紬の様子を一見して長曽祢に目を向ければ、その視線で和真の言いたいことを瞬時に理解したのか「任せてくれ」と苦笑した。不安そうに二振りに目を配る堀川の肩をぐっと持てば、堀川は一度深呼吸をして気合を入れ直す。
かちり、と予め予定場所へ日時をセットしてあった転移装置の転送ボタンを押せば光の膜が現れ、瞬時にその場から六振りが姿を消した。


「……さて、こっちも仕事の続きしますか」


拭いきれぬ不安を胸に、けれど絶対にこの場へ帰ってくることを信じて、和真は執務室へと身を翻した。


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