桜の花びら一九枚


道場で、木製の音が響き渡る。


「それで!お前はいつ紬に伝えるつもりなの……!」

「ハッ!……何を?」

「とぼけるなよ、紬が帰ってこなかった時散々言いたいこと言えてないなんて言ってたくせに……!オラァ!」

「いいじゃん別にっ!俺の勝手でしょ……!」


木刀で打ち合いながら会話をする加州清光と大和守安定は、現在手合わせをしていた。手を止め、構えていた木刀を下に下ろした大和守は息を整えながら「清光はそれでいいの?」と呟いた。


「僕はどうなろうと知ったこっちゃないけど、ここは新撰組じゃないんだからね。あの頃みたいに何も伝えなくても、いつまでも近くにいてくれるような存在だと思わない方がいいよ」


今じゃ色々と状況も環境も違うんだから、と付け加える大和守に何も言い返せなくなる加州。
でもアイツは女らしからぬ言動が多い。男が可愛いって思う仕草なんて1つも入ってなくて、むしろ男顔負けってくらい男らしい部分あるし、言葉遣いも女っぽくないし、起動お化けだし、怪力ゴリラだし、平助と堀川の前でしか照れないし、ちょっかいかけてくるし、全然可愛くない。言い出したらきりがなくなるくらいだ。アイツの誇れる部分は所詮、顔と髪質とスタイルくらいで……。なんて、それをブツブツと大和守の前で呟けば、「でも、お前はそんなアイツのことが好きなんでしょ?」と見透かしたように加州の言葉を遮った。


「……ま、ダメ元でデートでも誘ってみたら?こういうのはガツンと当たって砕けないと」

「……なにその無茶ぶり……。砕けたくないんですけど」


他人事だからと言うように軽い発言ばかりする大和守を見て、加州は思わず深い溜息が零れた。もし……多分きっとないけれど、もし、デートのお誘いをしたとして、それに紬が簡単に肯定してくれるようなヤツとも思えないし、むしろ馬鹿にされるという未来が見える。ていうかそもそも!俺が紬のこと好きだなんて、まだ一言も、誰にも!……言ってない、んだけど……。なんて、難しい顔をしてもんもんと考え始めた加州を見て、これはまだまだ時間がかかりそうだと察した大和守は苦い笑みを零した。
それと同時に「おら、着いたぞ」と声がし、開いている扉から誰かが中へ入って来る。姿が見えずとも声で大体察しがついた大和守は、そう言えばおやつ時に道場に差し入れを持ってくると堀川が言っていたのを思い出した。


「あ、清光来たよ。堀川と兼定……と紬?」

「……何やってんの……?」


大和守の言葉に反応したのか、考え込んでいた加州はパッと顔を上げてそちらを見る。そして和泉守とおぶられている紬を見て不思議な光景を見ているような眼差しを向けつつも、純粋な疑問を投げかけた。さんきゅー兼定、と言いながら和泉守から降りた彼女は「兼定に誘われておやつ食べに来た。靴履きに玄関まで行くの面倒だったからおんぶしてもらったの」とイタズラぽく笑った。


「それで?どっちが勝ったの?」

「いや、まだ途中だけど」


手合わせの勝敗を聞いてきた紬だが、つい先程まで手を止めて話をしていたため、まだ勝敗は決まってない。その返答を聞いてつまんねーなと呟いたのは和泉守で、いつの間にか道場の壁に背中を預けて座っていた。堀川も両手に持っていた荷物を置いて和泉守の横に腰掛ける。


「じゃあ賭けしようぜ」

「お、いいじゃん。じゃあずんだ餅1個かけて勝負しよ」

「のった。じゃあおやつはそれが済んでからだな」


和泉守の言葉に乗った紬も彼の横に腰掛けると「あはは、じゃあ僕も混ざろうかな」と堀川が微笑んだ。


「はぁ!?何勝手に人の勝負で賭けしようとしてんの!」

「まぁ、僕が勝つけどね」

「何言ってんの俺が勝つから……!」


ふたりの会話をよそに「安定にずんだ餅1個だな」と言った和泉守。それを聞いていたのか大和守は加州に見えるようにわざとらしくガッツポーズを決めた。カチン。


「私じゃあ引き分けに1個賭けるから時間制にしよ」

「ちょっと紬!何でどっちでもないわけ!」

「安定は兼定が賭けたから?清が勝ちそうとも思えないし」

「〜〜っ、むっかつく……!……じゃあ俺が勝ったら紬!」

「勝ったら?」

「俺とデートして!」


加州の言葉で、まるで時が止まったかのように道場が静まり返った。
自分が何を口走ってしまったのか、彼女に言った言葉を理解するまでに時間がかかる。しまった、と思った時には既に遅く。ついに言った……!と言うような顔をしていた大和守と、突然の出来事に驚きつつも、きゃーと両手で口元を抑えている和泉守と堀川の顔を見て、赤面よりも先に頭を抱えそうになった。
当の本人はデート……と呟いて、じっと加州を見つめている。


「……ごめん。デートって何」

「へ?」


全員の間抜けな声が重なった。初めて聞くワードに首を傾げる彼女は、そう言えば何十年も前から鍛刀されている彼らとは違い、つい最近やってきたのだと理解する。


「え、えーっと……その、デートは……」

「紬、2人でする買い物の事だよ」

「そう!堀川の言う通り!買い物ってこと!うん買い物!」


堀川のフォローにより、本来のデートの意味を言えずに焦っていた加州は頷きながらそれを肯定した。まぁ、間違ったことは言っていないと、とりあえず胸を撫で下ろす。これで断られても、彼女が本来の意味を分かっていないことも知ってるし、傷つくこともないだろう。たぶん。


「いいよ、別に」


断られる前提で考えていたため、彼は一瞬耳を疑った。加州が本当に?と聞き返せば普通にこくりと頷く。まさか、了承するとは思わなかった。加州に小さく拍手を送っている堀川に、心の中でありがとうと拝む。グッジョブ堀川。ナイスフォロー。


「じゃあ僕は、清光くんに1個賭けようかな」

「さっすが堀川。俺ちょー頑張るから!」

「おい安定、清光やる気満々だぞ、負けんなよお前」

「大丈夫だって。そのやる気へし折るから」

「早くお八つ食べたいから5分以内で決めてよ」


制限時間は5分。
果たして勝つのは、どちらか。







「やったね私の大勝利」


と言うことで。結局開始から5分で勝敗は決まらず。引き分けが確定した。
さ、みんなでおやつにしよう、と声をかけた堀川の元へ全員が集まり輪になって座れば、醤油煎餅とずんだ餅という微妙にミスマッチな組み合わせがバスケットの中から顔を出す。堀川が水筒に入れてきたお茶を手際よくコップに注いで全員に配るとおやつパーティーのようなものが始まった。
賭けに勝った紬は堀川と和泉守から1つずつずんだ餅を貰い、美味しそうに1つめを頬張る。


「あーあ、結局引き分けかー。絶対僕が勝つと思ったのに」

「鏡見て素振りしてるようなもんだからね。相手が悪い相手が。兼定が相手なら勝てたのに」


溜息混じりに呟いた加州の言葉に、言ったなお前……!と反応した和泉守と大和守を堀川がまぁまぁと苦笑しながら抑える。口が悪い加州は加州で、絶賛拗ねていた。もちろん理由は勝負に勝てずに、何とは言わないがチャンスを逃してしまったからである。


「……それで清、買い物はいつ行く気なの?」

「え?何で?俺が勝ったらの話でしょ?」


嫌味なのか、傷を抉ろうとしているのか。隣に座ってじっと見つめてきた紬に向かって、加州は溜息混じりに呟いた。どうせ負けたし、と自嘲の笑みを浮かべる。
だが彼女は加州の返答を聞くと、首を傾げて「……あー、そう言えばそうだった」と呟いた。


「……でもまぁ買い物くらいなら付き合ってもいいよって思ったけど、アンタが行く気ないならそれはそれで別に───」

「え。ちょっと待って。……え、ほんと?いいの?」

「お互い非番であればね」


別に買い物は好きだし、そのくらいなら。そう言って醤油煎餅をパリパリと食べ始めた紬。意表を突かれすぎて、開いた口が塞がらなくなる。盛大にガッツポーズを決めそうになったのを我慢して、心の中だけで留めておいた。
デートの意味を濁して伝えてた罪悪感よりも、純粋に嬉しさが勝利する。早く非番が回ってくればいいのにとひたすら願っていた。





「ねぇ主サマ、今からデート?してきてもいいですか?」


そのお互いが非番な日は案外先ではなかった。彼女の爆弾発言により、執務室でコーヒーを飲んでいた和真は盛大に吹き出し目の前の書類を濡らす。何やってんだよ主!と言いながら近くにあったティッシュを引っ掴み拭いてくれる獅子王に、スマンと謝り濡れた口元を拭った。


「で、紬。誰とデートに行くって?」

「清とですけど……え、何です」

「……ええっと……紬、因みにデートの意味って知ってるか?」


加州清光の名前が出た瞬間、和真が意外だというような顔をした。何故そんな表情をするのかさっぱり分からないと聞き返した紬に、代わりに獅子王が質問すれば彼女は「買い物だって言われたけど」と簡潔に答える。


「なるほど、知らないで使ってたのか……。あのな紬、デートってのは……ざっくり言えば買い物は買い物なんだけど、恋人同士がする買い物のことな」

「……なぁ主、それ言って良かったのか?これで紬がデート断ったら加州ショックで死ぬんじゃねーの?」


デートの正しい意味を教える和真に、獅子王はそっと呟くように小声で聞けば、あ、と不味い顔を見せた。やってしまった、と言わんばかりに。
だがその会話が聞こえていない紬は、ふーん…と呟いて何か考えている素振りを見せ始めたと思えば、再び主サマと彼を呼ぶ。


「純粋な疑問なんですけど、恋仲だとかそうじゃないとかで買い物の内容とか変わるものなんですか?」

「そりゃまぁ変わるだろ。例えば一緒に美味しいものを食べに行ったりとか、相手が喜ぶ顔が見たくて贈り物したりとか、手を繋いだり、とかな。好き同士がするんだからドキドキもするし、普通の買い物より何倍も楽しいもんだろ」

「だから主……!」

「あっ、……え、えーっと!だからってそんなデートって単語に囚われすぎるなよ紬!清光も多分きっと軽いノリで言ったんだと思うし、普通に買い物したいだけだと思うぞ!女子かよって思うくらいオシャレ好きだしなアイツ!」

「いや、別に気にしてませんけど。何言ってるんです主サマ」


敬語なのは今までと何ら変わりないが鍛刀して最初に出会った頃の彼女と比べれば、だいぶ本性が出てきたと感じるほどに淡々と真顔で返された。
それじゃあそろそろ行ってきますよ、と執務室に出ようとする紬に、焦りを見せたままの和真は「おう、気を付けてな!」と手を振る。獅子王も、行ってらっしゃいと笑顔で返してくれた。部屋を出て扉を閉めれば、先ほどの笑顔は何だったのかと思うくらいの、何言ってんだよ主のバカ!という獅子王の罵倒が聞こえてくる。苦労している獅子王には何かお土産を買ってきてあげよう、と思いながら紬は玄関へと向かったのだった。


「あー……そっか、なるほど。だから清光、俺が当番の予定練ってる時に『明日非番にして!』って頼み込んできたのか。やっと繋がったわ。……いいねぇデート。俺も青春したい」

「はいはい、主は書類とデートしてくれ」


紬が去った執務室でそんなやり取りが行われていたなんて、彼女は知るはずもなかった。


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