桜の花びら一八枚


「偵察、苦手なんだよなー」

「じゃあもう偵察しなくてよくない?進もうよ」

「馬鹿じゃないの?そんなんだから初陣であんだけ派手にやらかして重傷で帰ってくるんだよ」

「だからそれはアンタが余計なフラグ立てたからでしょ?」

「……とにかくさぁ!紬もさっさと偵察してくんない!?」


維新の記憶、鳥羽。通称1−4。始めの頃に制覇しあまり出陣することがなくなったいたこの場所で、今回新たな敵の反応を審神者である和真が感知した。
何で主も紬を出陣メンバーに入れたかな……と加州は溜息混じりに呟くが、言われている本人は面倒臭そうにキョロキョロと周りを見ている。


「何が1番嫌かって、隊長が清なのが癪なんだよねー。それはもう下克上したいくらいにはその座を奪いたい」

「お前が隊長するよりよっぽど良くない?主も紬を隊長にしたら無茶するしやらかすって学んだんだろーねー、きっと。その点俺は古株で強いし戦いにも慣れてるし、何より信頼されてるもん」


この時代に降り立ったのは、第二部隊。隊長の加州清光、上総介兼重、それ以外に山姥切、鯰尾、の合計四振りが第二部隊として出陣していたのだった。


「まぁまぁこんな所に来てまで言い合いは辞めましょーよ!ね?」


2人の言い合っている間に入ってきた鯰尾は一際明るく大きい声で彼らを止めた。睨み合うように見つめていた2人は鯰尾の言葉により、お互いが視線を外し背を向ける。
空を仰げば、澄んだ青い空にぽつり、ぽつりと小さな雲が浮かんでいた。こんな晴れやかな空の下で、人と人とが戦争で血を流し合い、彼らもまた歴史遡行軍と勝つか折れるかの戦いを行っている。そんな実感が紬には湧かなかった。
江戸の幕末。鳥羽、伏見の戦い。それは慶応4年1月3日から6日に起こった旧幕府軍と新政府軍の戦いであり、新撰組も旧幕府軍としてこの戦争に参加していたのだった。
そして、彼女の記憶が途切れたのが、慶応3年。つまり───。


「平助くんも私も、この時代にはもう……いなかったから。……清、だからアンタもこの戦には参加してなかったよね」


この時には既にもう、藤堂は死に、紬もまた折れていた。


「ん、そーね。まぁ俺だけじゃなくてあの人も参加出来なかったみたいだから、たぶん安定も詳しくは知らないでしょ」

「そっか、沖くんもか……。て言うかこんな戦があった、とか細かいこと本当に何にも知らなかったのに、出陣してからよくここまで来れたな……」


油小路事件、あの時あの場所で瞼を閉じてから彼女にはそれ以降の記憶なんてない。長い長い眠りについたように目を閉じていた紬が次に、瞳に景色を映したのは本丸に顕現されてからで、つい最近のこと。だから彼女には、それまでの記憶は全くといってなかったのだ。だがそれは彼女に限ったことではなく、池田屋事件で折れてしまった加州清光も同じであった。
何とかしなきゃいけないからね〜、と呟いた加州は静かに刀を抜く。それと同時に深い溜息を吐きながら紬も抜刀した。
今日ここへ出陣で訪れてから既に、いくつもの敵を倒している。後は本陣を潰せることが出来さえすれば帰れる状態まで来ていたのだ。……そう、残るは本陣。敵のボスを討つのみ。
ふいに、視界の端の茂みがガサガサと揺れると、何かの影がこちらへ向かって飛び出してきた。考える間もなく───否、初めからその正体を分かっていた彼女と加州は、素早い影の行動を予測していたのか体勢を低くし同時に刀を大きく振るう。鈍い音が聞こえ、肉を切り裂さいたような感覚が自身の手から伝わった。手応えはあったと体勢を整え横目でちらりとそれを確認すれば、歴史遡行軍だった筈のそれはすぐに灰になって消えていった。
同時に飛び出してきた敵は、山姥切や鯰尾が戦っている。


「今更だけど、堀くんとか兼定とか曽祢さんとか……もっと適任がいたはずなのに。主サマは何考えてるのか分からない」

「でもまぁ楽勝でしょ。山姥切も鯰尾も俺も、あの本丸に何十年いると思ってんの」


残りの敵を倒した山姥切が「こっちも終わった」と鯰尾と一緒に戻って来る姿を見て、加州は「ほらね、」と呟いた。四振りだけだと言うのにあっという間に敵を倒した彼らは、刀を鞘に収める。
……そうか。最近やってきた私とは違って、この本丸の刀達は長くて何十年もいるのか。そりゃ自信も、それに伴う強さも、信頼もあるわけだ。……私の知らない、私にはまだ無い仲間との深い絆が。彼女はそう考えながら、静かに目を閉じて溜息を吐いた。
暫く目を閉じていたままで、神経が研ぎ澄まされていたのか───途端、不穏な気配を感じ取った。


「紬、前にも言ったが偵察だけは───」

「切国ごめん、ちょっと待って」


何かが、いる。
でも、本陣だった部隊は今倒したはずだ。まさかまだ隠れて……?刀を抜き気配を探りながらそこら中周辺を見渡すが、見当たらないのはこの近くではないのかも知れない。彼女の様子を見た三振りはこの気配に気が付いていないらしく、どうしたのかと彼女を見つめていた。

───ガサッ、

小さな音がしたのを彼女は聞き逃さなかった。瞬時にその方向へと刀を投げる。己はドスッと音を立てて木に突き刺さるだけで何も捕らえることは出来なかったが、その場所から遠ざかる影を見つけることが出来た。
瞬間、紬は走り出した。


「紬!?」

「帰ってていいから!」


それだけ言葉を残し、自分の刀を抜いて再び影の行った方へ走り出した彼女に、置いて帰れるわけないじゃん学べよ……!と呆れた顔で言った加州は彼女を追いかけるべく走り出す。ですよね、とそれに続くように鯰尾と山姥切も走り出した。
機動60越えの、短刀顔負けの速さで追いかける紬はほんの少しずつ、前を走る"影"に近付いていく。短刀以上と言っても過言ではない機動速度なのに距離がほんの少しずつしか縮まらないということは、前のそれも相当足が早いのだと察した。彼女はそんな"影"───いや、時間遡行軍に見覚えがあった。
森林を抜けると、一気に視界が開ける。それと同時にずっと走って逃げていた時間遡行軍が走るのを辞め、ゆっくりと振り向いた。前回は視界が霞んではっきりと見えていなかった敵。今回は、はっきりと彼女自身の目に映る。
照りつける太陽の日差しを拒むように黒のオーラを纏う、人の……女の形をしたそれは、黒く長い髪、所々と破れている黒い着物と羽織と、赤い襟巻きを身に着けていた。幾度となく倒してきている歴史修正主義者とは何かが違い、どこか個性や感情が見受けられるような───こちら側の刀剣に"近い"ような敵に、何故だか見入ってしまう。そしてそんな、こちらを向いた敵の赤く光る瞳と目が合ったか気がして、つい、紬は息を呑んだ。


「紬!」


背後から聞こえる聞き慣れた声に彼女はハッと我に返る。気が付けばその"普通ではない"敵を囲むように、そいつの部隊であろう味方が五振りほど集まっていた。
追いかけてきた加州たちは彼女の見ていた者を見て目を見開いたのち、だんだん眉間へとシワを寄せていく。全員が刀を構え、いつでも戦闘に動き出せる体制に入った。


「……清、」

「分かってる」


どちらからともなく全速力で走り出したふたりは、現段階で未確認である目の前の遡行軍へ狙いを定めた。だがその狙いは惜しくも実行出来ず。すっと後ろへ下がった黒い姿のそれの前に、周りにいた遡行軍のひとりである大太刀が割り込んだ。彼女たちの一撃を防ぐと同時に刀を大きく薙ぎ払われ、弾き飛ばされる。咄嗟のことで対処しきれなかった紬と加州は、幸い後ろで様子を見ていた山姥切と鯰尾に運良く受け止められた。再び距離が出来てしまう。


「……チッ」


舌打ちをした彼女は刀を握り直して、黒の敵を睨むようにして見つめていれば、ふいにまた、目が合った気がした。と言うより、さっきからずっとこちらを見ていることに気付いた彼女は、下手に動かない方がいいかもしれないと判断し、相手の動きを待つ。……あの時も、じっと見られているような気がした。
加州たちも、その場から向かってこない敵に不審感を抱いているのか相手の様子を伺っていた。───けれど。
途端、黒の敵は彼女たちがいる別の方向へと走り出した。それを追いかけるように残りの遡行軍も走ってゆく。そして敵は、あっという間に姿を消した。


「何で……?……敵、じゃないの?」


予想外の展開についぼそりと呟く紬。あの様子からでは、まるで戦意がないと言ってるも同然で、彼らのとる行動が不思議でしかなかった。


「逃げた……のか?」

「一体何だったんですかね……」


山姥切と鯰尾の言葉に、遡行軍の走って向かった方向を眺めながら「さぁ……」と加州が呟いた。


「でも、これまで戦ってきて、あんな敵……俺初めて見たよ」

「……検非違使から私を助けた遡行軍、アレだった……」

「え、紬が説明してくれたあの敵ってこと……?」


驚きながら質問した加州に、紬は納刀しながら頷く。意識が朦朧としていた中ではっきりと見えなかったけれど、確かにあの姿は検非違使にやられそうになっていた私を助けてくれた歴史修正主義者であったと、あの日の出来事を思い返した。
でも女みたいな形でしたね、と呟いた鯰尾の言葉で更に正体の謎が深まる。時間遡行軍であることには変わりないのだろうが、一体何のために何をしに来ていたのかも、なぜ敵である筈の彼女たちに手を出さなかったのかも分からない。色々と引っかかるし、分からない点も多い。


「あの時も戦わずにずっと私を見てた。そして今回も同様、戦うことをしなかった。守られていた。……もし、遡行軍側も私たちの本丸と同じような、格上の……従わなければいけない人がいるとしたら……」

「俺たちの主みたいに、向こうにも審神者のような存在がいるかもしれないってことですか……?」

「分からない。でも、そう言う考えも有りうるってこと」


そう、これはただの憶測だ。色々なパターンの中の、1つの仮定に過ぎない。


「……。検非違使でもない、普通の時間遡行軍とも少し違う……一体どう言うつもりなんだ」


何の情報も根拠も得られてない中、相手の正体を決めつけるのはまだ早い。調べられる程の情報を手に入れることが出来るかはまた別の話になってくるが、十分警戒する必要がありそうだ。


「……隊長、帰ろう。」

「うん」

「今私が言ったこと含めて主サマへの報告は頼んだからね、清」

「任せて。んじゃ、さっさと帰るよ」


そして彼女たちは帰城し、隊長である加州清光は和真に出陣先で起きた出来事をすべて報告した。
だが、それからしばらくは出陣でその遡行軍の部隊を見ることはなかった。







「おー紬、何してんだお前?今暇か?」


真上の高い位置にあった太陽は少しだけ傾いて、小腹も空きはじめる頃。縁側に足を投げ出しブラブラと揺らしながら、一振りで詩集を読んでいた紬の前に和泉守兼定が顔を出した。


「なーに兼定。どっかのヘッタクソな俳句と違ってめちゃくちゃいい詩ばっかりの本読んでんの、見て分かんないー?」


和泉守の方を向いてにっこり笑いながら返した彼女に「お前なぁ……」と怒りの混じった声のトーンで呟くが、彼は「まぁいい」と咳払いした。挑発に乗らないなんて珍しい、と思っていたのは紬だけの秘密である。


「今から国広と道場行くんだけどよぉ、お前も来るか?」

「お?手合わせ?いーよ、滅多打ちにしてやる」

「ちげーよ馬鹿。手合わせしてんのは清光と安定。差し入れ持って遊びに行こうと思ってな。どうだ?菓子あるぞ」

「何の?」

「醤油煎餅とずんだ餅」

「行く」


食べ物に吊られたのか、お菓子の名前を聞いた彼女は即答した。ぱたりと本を閉じて、これしまってくる、と立ち上がりすぐ後ろの自分の部屋へ置きに戻る。戻ってくれば、ちょうど堀川が飲み物と和泉守の言っていたおやつを持ってこちらに向かって来ていた。


「お待たせー兼さん!」

「んじゃ行くぞ。お前もさっさと靴履いてこい」

「兼定おんぶ」

「ふざけんな」

「この広い本丸で、ここから玄関まで結構距離あるね?でも道場は目の前だね?靴履いてくる時間が勿体ないよね?さぁ早く」


ほら早く、後ろ。後ろ向いて、と羽織を引っ張る彼女に、痺れを切らしながら「あーもー分かったから!やりゃあいいんだろ!」と後ろを向いた和泉守。何だかんだ言って、彼は優しいのだ。
紬は、やり〜、なんて笑いながら勢い任せに和泉守の背中に飛び乗った。流石に勢いが良すぎて一瞬前のめりになるが何とか持ち直した和泉守は、堀川と一緒に目の前の道場へ向かい歩き出す。
道場は土足厳禁なため、それ以外であれば裸足でも室内用のシューズでも何でもいい。つまり紬は行き帰りだけ、和泉守を移動手段にする気満々であった。


「そのデカい図体は何のためにある。筋肉は飾りか?さっさと走れよ」

「調子にのんな。落とすぞ!」

「きゃー兼さんこっわーい。冗談も通じないとかなんなの?大丈夫?首落として殺す?」

「安定より怖い言い方してんじゃねーよ。つか!人の背中に乗って暴れん……だああ!頭叩くな!」

「へへ、やっぱ最年少はこき使うに限るねー。あー楽し。兼定には分かんないだろうけど目線高いのって結構テンション上がるんだよ。堀くんも後でやってもらいな?」


紬の言葉に、そうだねと返事をした堀川はたしかに楽しそうだと微笑んだ。
最初に新撰組で出会った時は誰よりも小さかったくせに、いつの間にみんなを追い越してこんなに高くなったんだ。と彼女は無言で和泉守の頭をぺしぺし叩く。おぶって連れて行ってやってるのに、叩かれる意味が分からない彼は「マジで落とすぞ」とガチトーンで言い放った。そろそろやめておこう。帰りの足がなくなってしまう。


「ふふ、2人とも仲良しだね」

「どこが?私と堀くんの方が仲いいと思うよ」

「何言ってんだか。俺と国広だろ。お前なんか比較対象にもなんねーわ」

「しばくぞこら」


さっきからしばいてるけどなお前、と溜息混じりに呟く和泉守にそうだったと笑った。元々そんなに距離もなかったが、言い合いをしていればあっという間にに道場へと着いてしまう。
この本丸で再会した最初はそれこそ険悪なムードで最悪な印象だったが、仲が悪そうに見えて実は意外と仲の良い二振りなのだ。


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