桜の花びら九枚


『───なぁ紬、お前もそろそろ出陣してみるか?』


主である和真にそう言われたのはつい1時間前のことだった。
紬がここへ鍛刀でやってきて、早くもふた月ほど経つ。だが彼女はまだ出陣も遠征も一度も行ったことがなかったのだ。内番や買い出しのお手伝いはするものの、それ以外で本丸の外には出たことがない。
それだけ大切にされているというのが分かっていたため何も言わずに過ごしていたが、刀の本分は戦でそれを振るうこと。出来ることなら早く出陣をして、未だ見たことのない敵をこの目にはっきりと映したかった。
だから当然、和真の問いの答えは最初から出ていた。考える時間なんて必要ないというように、目を輝かせ「行きたいです」と即答する紬。そんな彼女を見て「だろうな」と和真は苦笑した。


「よし、第一部隊編成し直して来たぞ。」


そう言いながらみんなを集めた広間にやってくる和真。彼女は誰が見てもわかるようにうきうきしていた。


「まず隊長は、紬」

「まさかの隊長!……任せて、しっかりやります」

「うわっ、こいつが隊長とか大丈夫なの?」


紬がそう意気込んでいる端から口を挟んだのは大和守だった。そんな彼をむっと睨む紬を見て、また言い合いが始まるのか……と周りにいたみんなは即座に察する。


「いやでも主。戦い方は元主に似てるものの、性格とか全然違うからね。有り得ないくらい似てないよ」

「え?と言うと、つまり?」

「実はかなりの戦闘狂ってことだよ。」

「はぁ?大和守にだけは言われたくないね。アンタよかマシだっての」

「紬のは悪意を感じる。僕のは沖田くんと一緒だから。気分を切り替えてるだけだから」

「まぁまぁ、とりあえず性格がどうであれ結果的に敵さえ倒せてればいいんじゃね?」

「さっすが主サマ!分かってらっしゃる!」

「まあそれは前提ではあるんだが、純粋に紬が隊長になった場合の行動パターンと実践のデータを取りたいってのが俺としての意見だな。」


そろそろ残りのメンバー発表していいか?と苦笑した和真に、言い合いを続けていた紬と大和守は、黙って頷いた。
和真が決めた隊員はこうだった。獅子王、山姥切、次郎、五虎退、鶴丸の五振り。よって、この第一部隊の隊長を紬が務めると言うことだ。
その発表を聞いて先程まで隊長だと嬉しそうにしていた彼女の顔はというと、一変していた。とても嫌そうな表情で「はい主サマ」と手を上げる。隣に座っている沖田の刀もまた、紬までとはいかないが苦い顔を見せている。


「獅子王から五虎退までで大丈夫です。白いのは変態なのでいりません」

「酷い言い様だな君……」

「同じ太刀でも他にもっといるじゃないですか。例えば一期さんとか三日月とか小狐とか」

「それな。」


紬の言葉に加州と大和守は鶴丸を睨みながら同意する。珍しく意見が一致した。
だが結局、和真の説得によりメンバーの変更はなし。しぶしぶこの六振りで出陣することに決定する。
それから各々が準備に取り掛かり、出陣準備をして中庭に集合する六振り。そして第一部隊を見送るべく、数人の刀剣と和真も集まっていた。


「紬、気を付けてね。隊長だからって無茶はしちゃダメだよ」


心配そうな顔で紬を見るのは堀川。その後ろには長曽祢、和泉守、加州、大和守もいた。たかが出陣なのになぜ全員揃ってやっくる必要があるのか、なんて思いながら「大丈夫。堀くん心配しすぎだよ」と苦笑した。


「とか言ってボロボロで帰って来たりして」

「……。」

「清光くん……流石にそれは笑えない冗談───」

「はいはい、そうなったら精々笑い飛ばせば。別にそういうの慣れてるし」


と言うかそんな下らないこと言うためにここに来るとかどれだけ暇なんだよアンタ……と呟きながら彼らに背を向けた。だがその瞬間聞こえた「紬、」と言う声と共に、誰かに手首を掴まれる。驚きながらも振り返ってみれば、その人物は先程嫌味のような言葉を言ってきた加州だった。さっきとは違い目線を下に落として再び彼女の名前を呟いた。


「……絶対……必ず帰ってきてよ。もう、俺が知らない間に折れたりなんかしないで……」

「……。いつもそれくらい素直なら可愛いのにねアンタ。て言うか人のこと言えなくない?あと変なフラグ立っちゃったじゃんやめてよ」

「なっ……せっかく心配してやってんのに!」

「私が折れる時は、自分が犠牲になることで大切な人が守れるならって思った時だけだ。無駄死になんてするもんか」


まぁそもそもあの主サマなら、全然死ななさそうだけど。と呟きながら、紬は手首を掴んでいる加州の手に、反対の手を重ねて握った。


「……絶対帰って来る。約束する」

「……ん、帰って来なかったら探しに行くからね」

「はぁ……そんなことないから。藤堂平助の愛刀を舐めんなよ。……さてと。よーし、そろそろ敵のお姿拝見してきますかね!」

「気ィ抜くんじゃねーぞ紬」

「はいはい和泉守じゃないんだから大丈夫だって」

「初出陣で役に立たなかったら次から出陣出来なくなるかもね」

「大和守よりいい成果持って帰るから心配しなくていいよ」

「紬、お前の帰って来る場所はここだからな。必ず戻ってこい」

「そういう言葉は平助くんに言ってあげてほしかった。……ま、今更だけど」


一振りずつそう会話したところで、和真がそろそろいいかー?と叫んだ。どうやらほかの刀剣はとっくに準備出来ているようだった。彼らの元へ行くと、和真が転送の設定をする。
この中庭に設置されている転送装置は、時間と場所を設定することで各時代へ飛ぶ───つまり、ワープすることができるのだ。
和真は戦国の記憶の桶狭間、通称4−3と言われる場所へ飛べるよう設定をした。そこが、今回この第一部隊の六振りで出陣する場所という訳だ。いつものごく普通な中庭に、突然光の膜のようなものが現れる。これが設定した時代へワープする直前の合図であった。光は一瞬にして六振りを一気に包み込む。
いよいよ、彼女が待ちに待っていた出陣だ。


「それじゃあ、張り切っていこう」







「はー。気合い入れすぎてほんと損した。ここの敵雑魚すぎ……てか何そのなりは。すっごい気持ち悪んだけど」

───グサッ

「これが過去を変えようと思った刀剣の末路?ふざけんなよ……。……まって、つまり知らない内に顔見知りぶった斬ってるかも知れないってこと?うわーやるせない」

───ザシュッ

「あれ、もう終わり?肩慣らしにもならないじゃん。……よし、次進もうか」


戦国時代に来て、紬のみがうきうきしながら進んでいると、早速敵と出くわした。だが「え、あれ敵?」「ああ。遡行軍だな」「まじ?」「まじ。」という会話を獅子王と一通り済ませると「気持ち悪っ」と一言呟き、すっと刀を抜く紬。そして偵察をする間もなく戦闘が始まった。
敵は彼女によって瞬時に倒され、冒頭に戻る。


「……こいつぁ驚いた……迫力ありすぎて味方ながら怖いぜ……」

「アタシらいる意味あるのかい?って話だねぇ」

「はは……大和守の言った通りかもしれねぇな」


進んでも進んでも、太刀や大太刀の出番が来る前に紬と山姥切と五虎退によって敵が倒されていく。それと言うのも、まず手始めに遠距離戦で投石兵を持つ三振(山姥切については2つも所持)が敵3体を潰し、機動順で紬、五虎退、山姥切が斬って全滅させるため残りの三振りは何の仕事も残ってないのだ。
敵を見つけ次第に恐れることなく敵陣へと真っ先に切り込んでいく紬の姿は、前の主にそっくりだ。彼女はまるで切込隊長やさきがけ先生と呼ばれた藤堂のようだった。
しかし「危ないから偵察だけはしろ」と山姥切に怒られたため、渋々「はーい」と返し次にへと進む。だが、山姥切の言葉に従っていて良かったのかもしれない。
───どこからか発砲音が2発ほど。いきなり聞こえたと思えば、紬の左頬を何かが掠めた。言わずもがな銃の玉だ。それと同時くらいに近くで硝子が割るような音もする。そちらを見れば山姥切の刀装が1つ壊されていた。紬は頬に伝うものを右手の甲で拭えば、蝋色の手甲からでも分かるほど赤い血がべたりと付いている。
そこにいる全員が刀を抜いた。見えぬ敵の居場所を突き止めるべく気を張り巡らせる。次に飛んできたのは2本の弓だ。だがそのお蔭で敵部隊の位置を掴むことが出来た。こちらに弧を描くようにして向かってきたそれを刀で弾き折り、彼女は声を張った。


「寅の方角に敵確認!私に続け!1匹も逃すことなく排除する!」


走り出した彼女は、小さく笑っていた。
少しは楽しめそうじゃないか、と。





「新撰組の刀共ちょっと落ち着けよ」


溜息混じりにそう言い放った和真は、呆れ顔でそわそわしっぱなしの彼らを見ていた。紬たちが出陣してからまだ1時間も立っていない。それなのにまだ帰って来ないだとか、いつ帰るんだろうだとか、彼女の心配をしすぎでずっと何も手についていない状態であった。
特に心配していたのは意外にも堀川。いつもサクサクとこなしていく家事さえも全然手についておらず、ただ外でうろうろしているだけだ。
そしてその次に心配していたのは加州と大和守。彼らは「アイツなら大丈夫でしょ。心配しすぎだなー堀川は」「きっとそのうちひょこっと戻ってくるって」と笑いながら縁側でお茶をしているが、中庭がよく見える───いや、転送装置が見える縁側でお茶を飲んでいた。手を滑らせお茶の入った湯のみを落としかけたり、靴を履いていつでも外に出られるようにしていたり、そもそも場所が場所なため心配しているのは一目瞭然だった。平然を装うとしているのだろうが、全然と言うほど隠せていない。
長曽祢は内番が入っていたため今この場にはいないが新撰組刀四振り(正しくは四振り中三振り)を見るに、きっと彼もそわそわしているんだろうなと察する和真。そんな彼らを見て、和真は「取り敢えず落ち着け」ということしか出来なかった。


「そういや紬、ボロボロになるの慣れてるみたいなこと言ってたけど……何かあったの?」


和真が率直に思った疑問を投げかければ、清光は「……あー、うん……まぁ、俺はよく知らないけど……」と歯切れの悪い答え方をした。


「紬は一度、修復不可能になってるんだよ。池田屋で」

「は……?池田屋ってあの……?」

「うん、主の思ってるのであってるよ。あそこで紬は修復不可能になるほどの刃こぼれをしたんだ」


審神者にこうやって顕現される前は僕達の姿って刀身に影響されてたから……。紬はそれからずっと体中に包帯巻いて、片目も潰れて見えなくなった……一生癒えることない傷を負ったまま過ごしてたんだ。その時の姿はそりゃあもうボロボロで痛々しかったよ。
そう淡々と話していく大和守はその時のことを思い出しているのか、少し切なそうな顔を見せた。その隣に座っていた加州も、外をうろうろしていた堀川も彼の話を聞いて目を伏せる。思ってもみなかった衝撃的な過去に、和真は何て言葉を返せばいいのか分からずただ黙っていた。


「……過去は過去だろ」

「!兼さん……」

「んなこと今思い出したってどうにもならねぇよ。それに今はすげぇ腹立つくらいに元気じゃねぇか。過去のことを振り返ってしんみりするだけ時間の無駄だと思うぜ」

「…………これだから最年少は……」


はぁ、とあからさまに溜息をつく加州に「はぁ!?何だと!」と叫ぶ和泉守。それを宥めるように堀川が「まぁまぁ兼さん。確かに僕も兼さんの言う通りだと思うよ」と苦笑した。


「まー紬のことだから『人の心配する前に自分の心配したらどうなの?』とか言いそうだよね」

「うわ言いそう!そもそもアイツ弱いわけじゃないからめちゃくちゃ誉とって、へらっとしながら帰って来そうな気がする」


和泉守の言葉をきっかけに、そわそわしている様子がなくなり場が少し和んだ。その様子をずっと見ていた和真は、恐るべし最年少の刀と思いながら小さくくすりと笑ったのだった。





敵部隊を討つと刀を鞘に収め背伸びをする。また、誉をとったのは彼女だった。


「楽しめそーだと思ったのに、予想してたのより弱かった。強かったのは遠戦だけかー」

「紬、さっき銃弾が頬掠ったろ。大丈夫か?」

「お気遣いなく。傷浅いし唾でもつけときゃ治る」

「いや治んねえよ!?俺ら刀だし!」

「……刀装が少し壊されたな」


山姥切の言葉にそうだねと頷く紬。山姥切の投石兵と次郎の軽騎兵が1つ。鶴丸の軽騎兵が2つほど敵に壊されてしまった。だが彼ら自体は無傷で、1人ひとつは刀装を持っていた。
まだまだ戦えると判断する。


「どうするんだい隊長さん、判断すんのはアンタだよ……と言っても、その顔見りゃ一目瞭然だね。まだ暴れ足りないんだろう?」

「当然。私はまだまだいけるね。みんながいいなら進むけど……五虎退は大丈夫?無理してない?」

「は、はい!僕も戦えます……!」

「了解。よーし、じゃあ行こう」

「いっちょ驚きを与えるか……と言いたい所だったが、すぐそこまで来てくれてるみたいだぜ……本陣さんが」


鶴丸の指差す先には6体の敵。先程の戦いとは全く違い、真正面からやってきていた。随分余裕があるようだ。
だが余裕さならこちらも負けてはいない。


「ふはっ……アンタがボス?随分と雑魚そうな姿だねぇ」


紬は刀を抜いて、そう笑う。戦闘が開始した。
まず手始めに、真っ先に敵陣に切り込んだ紬は1番近くにいた打刀を狙ってすかさず刀を振るう。だがしかし、それは完璧に読まれてしまっていて見事に避けられてしまった。紬は小さく舌打ちし間合いを取り直すと、まるで八の字を書いているかの様に刀の先端を揺らし始める。これは北辰一刀流の一つの動きであり、相手にどう動くか悟られないためのものだった。
その間に五虎退たちが他の敵に攻撃をしていく。敵は大太刀が1、太刀が2、打刀が3の比率で編成された部隊。思った以上に手こずってしまっている。流石本陣と言うだけはあった。


「ははは!残念でした!」


敵の視界から消えるよう体勢を低くし斜め前へと走る。そして一気に相手の後へと回り込めば、ぶすりと刀を突き刺した。距離が近かったせいか、返り血が着物にベタりと付いてしまう。だが彼女はそれを気にするよりも前に、他の敵の元へ走り出した。


「おっと、そっちか」

「油断は禁物。……ふふっ、どう?痛い?」


彼女は鶴丸と戦っていた敵の大太刀を後ろから切り裂いた。1対1なんて誰も言ってないから悪く思わないでね、と倒れた敵に笑いかける紬を見て、それを目の当たりにしていた鶴丸はこいつは驚きが強すぎだぜ……と呟いた。


「鶴も油断しすぎだよ。そんなんだから怪我をするんだ」

「ははっ、赤く染まれば鶴らしくなるだろう?」

「ふーんあーそう。じゃあフラミンゴにしてあげようか?え?」

「ごめんなさい以後気を付けます」


目を見開いて刀を振り上げる紬に即謝る鶴丸。そんな彼に是非そうして、と言いながら周りを見た。全員が敵を倒していることを確認し、よし、と呟く。


「みんなお疲れ。それじゃあ帰城し───」

「紬っ!後ろ!」


彼女に大きな影がかかり、獅子王の声と共に後ろを向いた。先程紬が斬った大太刀がまだ完全にくたばっていなかったらしい。刀を鞘に収める前だったためすぐに構えることが出来たが、大きく振りかぶっている大太刀をまともに食らってしまえばいくら傷ついていない彼女でも一発で折れてしまう。
私が鶴に油断しすぎなんて言う資格、全然なかった。紬は歯を食いしばった。

───ザシュッ


「……っえ?」


敵の背後から何かが切れた音がすると、目の前の大太刀が動きを止め前のめりになった。そしてそのまま前へと倒れてくるため、紬は咄嗟に右に避ける。もう少しで大太刀の下敷きになる所だった彼女は、一体誰が敵を斬ったのか、ピクリともしなくなった倒れた大太刀の後にいた刀剣を確かめるべく、それを見た。
それは仲間の姿ではなく。敵、遡行軍と同じ形をしている異形───


「っは……?おいおい、何だこりゃ……」

「コイツらが出るなんてアタシ聞いちゃいないよ!」


───大勢の検非違使だった。


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