桜の花びら八枚


「主サマー、お客さんでーす」

「は?客って誰だ、よ………やっべ。」


紬が抱えているこんのすけと目が合い、縁側で呑気にお茶をしていた和真は顔を青くした。
紬が鍛刀されてから、こんのすけと会うのは初めてだ。実装されていない刀剣がバグで出た場合はどうするか、と言うことを妹である和音と電話で相談し、こんのすけにバレない程度に探りを入れてみようと答えが出た。それなのに、探りを入れる前から紬と接触してしまっているじゃないか。
いや、でもまだ焦るのは早い。まだバレていないかもしれない。そう思った和真は「……よぉ、こんのすけ」と挨拶をした。


「やっべ、とは何です!なぜわたくしに未実装のはずの刀剣が来たと知らせなかったのですか!しかも刀剣女士!」


残念ながら既に知られている様だった。紬の腕の中でぷんぷんと怒っている。紬はよく分からない顔をしながらも、怒らない怒らないとこんのすけを撫でていた。


「俺にも色々考えがあるんだよ!」

「てっきり和真様のご友人の審神者様かと思われましたよ!よくよく考えてみれば神気しか感じないじゃないですか!」

「うるさいなーと思ったらこんのすけじゃん。」

「うるさいとは失礼ですね加州清光!」


廊下を歩いてきながら「はいはい賑やか賑やか」と言い直したのは加州清光。その隣には大和守安定もいた。山姥切になぜ紬の羽織を被っているのかを問い詰めていた二振りだったが、それが終わったのか1本ずつお団子を加えながらこちらに向ってきた。
わたくしは彼女について知りたいと言ってるだけです!と叫んだこんのすけに対し、私のことが聞きたいの?と紬が反応した。


「私は上総介兼重で、呼び名は紬。元新撰組八番隊隊長、それから御陵衛士である藤堂平助の愛刀で、和泉守兼重の弟子によって作られた脇差。作風は虎徹や大和守安定に似てるね。私は素人が安易に扱えるような代物じゃない。決して安価な刀ではなかったから価値的にもね。扱いにくい私を使ってくれてた平助くんが、紬という名を付けてくれたんだ。……好きな人は平助くんと和さん……とまぁ優しい人かな。好きなことは平助くんの自慢にお風呂に百人一首。好きな花は平助くんと一緒で桜、特に八重桜かな。好きな言葉は、花は桜木、人は武士。あとは……」

「あ、もう結構です。」

「そう?まだいっぱい言えるんだけど……でも可愛いから許す」


そう言って和真の横に座り、膝の上に乗せたこんのすけを撫で始めた。撫でられて気持ちよさそうにするこんのすけと、可愛いと撫でまくっている紬を見て、赤と青がこんのすけを睨みながら咥えていた団子の串をボキッと折っていたことに彼女は気付く筈がない。


「紬、お八つ団子だって。燭台切のとこ行って貰って来なよ」

「あ、うん。」


大和守の言葉にそう返事してこんのすけを横に座らせると、靴を脱いでとてとてと厨へ向かって行った。彼女の姿が見えなくなると、加州が「……んで?」と呟く。


「こんのすけは知らせろって言ったけどさ、政府に知らせた所で俺たちに何か利益があるわけ?調べるために、はい紬は没収ですってなったらそれこそ俺たちからしたら利益以前の問題になるんだけど」

「清光の言う通りだ。その可能性が少しでもあったから連絡しようにも出来なかったんだよ」

「なるほど……。少なくともこちら側で2、3日の検査はあるかと思われますが、不備がない場合、その後はきちんと本丸へお返しします。ですが何らかの不備や異常なデータを発見した場合、改善されなければそのまま没収、そしてこちら側で刀解となります。彼女が原因で異常事態が発生した場合や、彼女自身に何か不備があった時はどうなされるんです?」

「何それ……。不備とか異常とか原因とか……紬の存在が悪いみたいな言い方……!」

「もしものお話です。昔一緒にいた仲間だからと大和守安定が熱くなられるのも分かりますが……本丸のことをお考え下さい」


長い沈黙が訪れた。
紬も大事だが、本丸も大事だ。2つを天秤にかけることなど出来なかった。だが、紬の話はもしもの場合。実際に何か異常事態が起こるとは限らない。
それに彼女を預けたとして、そのまま帰ってこないということになれば、せっかく仲良くなった刀剣たちが悲しんでしまう。紬のことが好きな新撰組の刀は特に。


「……こんのすけ。異常事態なんてそうそうあってほしくはないが、検査は保留にしといてくれないか。何かあった時は全て俺が責任を持つ。だから今回は俺の顔に免じて見逃してくれ」

「主……」

「…………はぁ、分かりました。政府には黙っておきます。ですが少しでも異変を感じたら、すぐにわたくしに相談してください。こちらもやれることは尽くしますので。」

「助かる。」

「では、そう言う事で。……ああ、前にお知らせした通り、明後日は審神者会議がございますのでお忘れなきように。それでは」


こんのすけは縁側から飛び降り和真にそう伝えると、駆けって姿を消した。その場に和真と加州と大和守だけになり、辺りは静けさを増す。
主……何かありがとね、と呟いた加州とその隣で頷く大和守。そんな彼らを横目で見ながら、和真は「紬の前でもそのくらい素直になればいいのにな」と笑った。
その直後に「こんのすけー」と廊下を走る音が聞こえてき、紬が姿を現す。厨へ行く時とは違い羽織を着て戻って来たため、どうやら山姥切に返してもらったようだ。
だがその場に着いた途端、先程までいた筈の狐がいないことに気が付き辺りを見回す。こんのすけなら帰ったよと言う和真の一言に彼女は肩を落とした。


「はぁ、こんのすけこんのすけ煩わしいな」

「うっさいな大和守。じゃあ何でここに居座ってんの。どっか行けば」

「紬には関係ない」

「あーそう。せっかく急いでお団子食べてきたのに。こんのすけいないならここにいてもつまんない。もう1回堀くんの所にでも行ってこよ」


そう言って縁側に脱いでいた靴を履き、紬は洗濯をしている堀川の元へ向かって行く。
すぐ近くで小さく舌打ちした大和守に、和真はやっぱり素直になれないのか……と苦笑したのだった。







「はぁ〜疲れたー!新ぱっちゃん稽古だってのにいつも本気出しすぎなんだよなー」

『お疲れ様、平助くん』


どかり、と畳の上に寝ろがった藤堂平助に、小さな神様は声をかけた。ぱっちりとした牡丹色の瞳に白い肌、濃紅色の小振袖の着物と蝋色の袴の上には隊で揃えた浅葱色の羽織を来ている。そんな小さな小さな女の子は、人の、物に対する愛から生まれてきた神様───所謂付喪神というものだった。
本体が置いてある刀掛けの傍に座って藤堂を見ていた“上総介兼重”に、彼からの返事は返ってこない。それも当然だった。藤堂平助には特別な存在は視えていなかったからだ。


「あ、いたいた藤堂くん」

「かっ、和音さん!?」


和音さんと呼ばれた女性が扉を開いて顔を覗けると、驚きつつもサッと起き上がって姿勢よく彼女の方を見る藤堂。そんな彼を見て、本当に分かり易い人だ……彼女に対する気持ちがまるで隠せていない、と上総介はくすくす笑った。


『そう言えば清光と安定は今何してるかなぁ……』

「国広や兼定と遊んでるよ」


呟いただけの言葉に、ぽつり返事が返ってくる。ふいに顔を上げるとこちらを見ていた和音と目が合った。彼女はにっこりと笑顔を返してきたため、上総介も頬を緩める。
和音はこの隊───新撰組の1番隊隊長である沖田総司の幼馴染みであり、恋人。そしてそれと同時に、藤堂平助の好いている人でもあった。そんな彼女には他の人間とは違う、不思議な目を持っていた。視えているのだ、刀に宿った魂……付喪神が。だから沖田の刀である加州清光や大守安定も、土方の刀である堀川国広や和泉守兼定も、近藤の刀である長曽祢虎徹も、そして藤堂の刀である上総介兼重も視えていた。
だから外出せずに長い時間屯所にいる時に、付喪神たちはよく和音に遊んでもらっていた。


「?和音さん?誰と遊んでるって……?」

「ああ……ごめんこっちのお話。それより綺麗な刀だなーって思って」

「おっ、こいつに興味があるなんて和音さんはやっぱ目の付け所が違う!特にこの鞘の色とか……いいでしょ、俺の宝物!」


本体を手にし、にこりと和音に笑みを向ける藤堂を見て、上総介は更に頬を緩めた。
私も賢くて優しくて強い、そんな平助くんが主で良かった……と思いながら上総介が彼を見ていると、和音が何かを思いついたように「そうだ」と呟いた。


「刀に自分だけの呼び名を付けてみたら?更に愛着がわくかもしれないよ?」

「名前か!いい案かもな!」


まさか和音がそんなことを言い出すなんて思ってもみなかったため、理解出来ていなかった上総介の頭の上には、いくつものはてなマークが浮かんでいた。
名前?呼び名?私には上総介兼重という名前があるのに?考えれば考えるほど和音の言っている意味が分からなくなる。首を傾げながら『ねぇ和さん、どういう意味?』と提案した本人を見ると、彼女はニコニコと微笑みながら人差し指を唇に当てたのだ。


「かっこいい感じがいいかな!強そうなやつとか!」

『それ完全に男っぽい名前になるやつだ……』

「ふふ、そうかなぁ。強そうなのはいいと思うけど、私は女の子みたいな名前がいいと思うな」

「女の子?何で?」

「何でって……刀の色合いからして優しい感じがするからかな。ほら、藤堂くんの好きな桜みたいなイメージで名前とか付けてみたら案外いいかも知れないよ?」


うーんと唸る藤堂。桜みたいな、と言われたら桜としか出て来なくなる。でもそれだと何の捻りもないし、いまいちしっくりこないと刀を見つめながら悩んでいた。
だが色々な名前をぶつぶつと呟いていた藤堂は、数分後に動きをピタリと止める。その間も傍でじっと様子を見ていた上総介と和音はどうかしたのかと彼の顔を伺った。


「……紬、」

「ん?」

「紬とかどうだ!?物事の糸口を見つけてたぐり出していけたらいいなって思いを込めてなんだけど。俺が死ぬまでコイツと一緒に戦っていけたらなー、なんて。女の子っぽい名前なのに強そうでしょ!」

『紬か……いい名前だね平助くん』

「ふふ、いいと思う。本人も喜んでる」

「え?本人?」

「えっ、あ、いや。刀も喜びそうな名前だねってこと!」

「ああ、なるほど。……ところで和音さん、何か用があってここに来たんじゃ?」

「あ、忘れてた。昼餉が出来てるから早く来ないとまた永倉くんに取られるよって」

「早く行ってくださいそれ!!」


思い出したように呟く和音はえへと舌を出して笑った。新ぱっちゃん俺の食べたら許さねーかんなぁぁぁああ!!!と言いながら、藤堂は慌てて昼餉を食べに部屋を出たのだった。
部屋に残される和音と上総介兼重、改め紬。彼女たちは顔を見合わせてくすりと笑った。


「紬ちゃんだって。良かったね」

『うん……こちらこそありがとう和さん。紬か……女の子の名前なのに、強そうって……えへへ、平助くんがくれた名前』

「桜を連想させる姿の紬ちゃんにぴったりな名前だよ」


そう言って微笑む和音に、ふにゃりと笑う紬。桜の小さな耳飾りがキラリと揺れた。


『平助くんの好きな桜にぴったり……ふふ、紬……うん、すっごく嬉しい』

「そうだね。清くんと安くんたちにも自慢しなきゃね」

『うん!する!今すぐ自慢してくる!行ってくるね!』

「行ってらっしゃい」


藤堂にもらった名が、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。何度も何度も「紬」と自分の名を呟いては、えへへと笑う。
ずっと大切にされてきて今まで、彼と思いが通じ合わなかったことはない。だが神様が視えない彼と会話が出来てしまうほどの力もなかった紬は、一生何も起きることがないまま、ただの刀として、彼はそれを振るう者として時が過ぎて行くだけだと思っていたのに。初めて、主である彼から贈り物が貰えた。名前と言う大きな贈り物を。
会話が出来なくても、目が合うことがなくても、姿や声を届けることが出来なくても……お互いが大切であることに違いは無い。本当は和音の様にお話できることが1番だ。お互いの目を見て会話が出来れば、どんなに楽しいだろうか。平助くんに触れられればどんなに嬉しいだろうか。想像しただけでもその先の世界が鮮やかに彩って見える気がする。


『(私も、平助くんを精一杯守ってみせるよ)』


平助くんを残して折れてたまるものか。私は平助くんと最期まで一緒にいてやるんだから。
そう意気込んだ紬は、沖田の刀である2人の元へ駆けていった。


『清光!安定!ねぇ聞いてよー平助くんがね!』


最初から最後まで平助くんの刀は私だけでいられますようにと、そう願って。







「うう、ん……ふふ、へーすけくん……んふふ」

「わっ!!!」

「ひっ、きゃぁああ!?」


夢から一気に現実世界に引きずり戻された。
大きな声と同時に体が金縛りにあう。それに驚き叫び声を上げ、声の主を見ると真っ白な髪に真っ白な召し物を身に纏ったびっくり糞ジジイが紬に馬乗りをして、笑顔で彼女を見下ろしていた。金縛りではなかったようだ。
紬の大声で、寝ていた同じ部屋の2人が「何事!?」と起きれば、紬の上に乗っている鶴丸を見て表情を変える。


「驚いただろう!朝だぜ!」

「……チッ、せっかく平助くんの夢見てたのに……まじ殺す」

「やだ紬さん怖い……」


眠そうに目を擦りながら早く退いてと呟く紬だが、当の本人は何食わぬ顔でなぜだ?と笑った。は?と鶴丸を見た瞬間、胸に変な違和感を覚える。そして、彼の視線はその違和感のある方に向けられていた。


「へぇ……デカいな」


どうやら違和感の正体はこれだったらしい。鶴丸の手が自分の胸に伸びていた。むにゅ、っと胸に触れている彼の両手の指が動いたせいで、肩をビクつかせた紬。それと同時に「ひっ」と変な声が漏れてしまった。咄嗟に片手で口を押さえ鶴丸を見る。
寝起きで思考が追い付いていなかった彼女が、彼のした行動を頭の中で整理し終わる頃には、羞恥より怒りで顔が赤くなっていた。
驚いて起きてしまった沖田組を鶴丸のしていることに驚きを隠せない状態で、呆気にとられている。


「……早くこの手を退けろ変態野郎……」

「……はあ!!?ちょ、鶴丸さん朝から何変なことしてんの首落ちて死ね!!」

「いいから早く紬から降りろよムッツリスケベ!!」


大和守と加州の蹴りを同時に食らった鶴丸は、紬から無理やり退けさせられる。もとい、蹴り飛ばされた。そして鶴丸が「いてて……」と起き上がる頃には、いつの間にか自分の刀を持って抜刀していた加州と大和守が彼を睨んでいた。加州に差し伸べられた手を取り起き上がると、彼女は本体を手にし刀を抜く。


「ははっ、前々から気になっててな……。想像以上に柔らかかったぜ……どうだ朝から驚いたか?」

「ハハハ………折る。」


流石、元の主が同じ隊に所属していただけのことはある。普段喧嘩ばかりだが、いざという時の息は驚くほどにぴったりだった。怒りの沸点をとうに越えてしまっている三振りに、刀を持っていなかった鶴丸1人が到底敵うはずもなく、機動の速い3人はあっと言う間に鶴丸を捕まえた。
朝餉に遅れてきたのは鶴丸1人だけ。顔も服もボロボロの中傷で、普通に朝餉を食べていた紬、加州、大和守以外の全員が鶴丸の姿を見て驚いたのだった。
本日、鶴丸国永は変態だということが発覚した。


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